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「皇太子妃殿下ってどんな方なんですか?」
「とてもサバサバとして女傑といった雰囲気ですね。ですが好みはどちらかというと可愛らしいものがお好きだったように思います」
「ほう。可愛らしいもの」
ララはベリル先生のお悩み相談室でスッキリした後、街中で贈り物の包装のアイデアを探している。
「どんなふうなものにするか、少しでも決まっているんですか?」
「やっぱり色は白をベースにビビットな青だと思ってるんですよね。この島に来た時に、初めて目に入って印象深かったのはそれですし」
「確かに、この島を見たことが無い人でも、水を連想する色なので良いのではないでしょうか?」
「白の布で贈り物の箱を包んで、大きめの青いリボンで飾り付けるのが良いと思うんですが、それだけでは寂しいじゃないですか」
ララはせっかくクローディアから任されたのだからと張り切っている。出来ることなら開ける前からワクワクさせるような贈り物にしたいのだ。
「リボンと一緒に何かチャームをつけられたらと思うんですけど、それがイメージつかなくて。オリーブのドライフラワーも考えたんですが、色が白と青、緑だと華やかさに欠けるかなあと」
「確かに女性に贈るイメージではないかもしれませんね」
二人は話しながらもきょろきょろと目を動かし、目ぼしいものを探している。
「え!? なにあれ?」
そんな声が聞こえてベリルが振り向くと、横にはもうすでにララはいない。あたりを見回すと、露天の土産屋が商品を広げている前にしゃがみこんでいた。
「キレイ! おじさん、これって何?」
「お嬢ちゃんは観光で来たのかい?」
「そんな感じです」
「それじゃあ見たことないだろうね。これは貝だよ。桜貝という二枚貝で、こういった可愛らしいピンク色をしてるんだ。それを綺麗に洗って磨くと、装飾品に使えるほど美しくなるんだよ」
露天商は実物の桜貝を見せて、加工方法を教えてくれる。桜貝のイヤリングは子どもでも頑張れば買える程度の価格設定だが、目を引く色合いと形だ。
「ベリルさん、貝ってすっごく海っぽいですよね!」
「なんだかとても馬鹿そうな感想ですが、残念ながらその通りですね」
「ふふっ、悔しがらずに良いものを見つける私の力を褒めてくれてもよいのですよ」
ララが胸をそらしてそう言うと、ベリルはただ冷たい目で見つめ返してくる。ブルっと震える冷気を感じ、ララは再び露天商に話しかける。
「これはおじさんが加工してるんですか?」
「ああ、子どもたちが小遣い稼ぎで桜貝を拾ってきてくれるからね。それを加工してるんだよ」
「ほうほう。これをアクセサリーにする前の状態で頂きたいと依頼することも可能ですか?」
「ああ、そりゃあ手間がかからなくて良いけどね」
「ご主人。これはたくさん注文しても大丈夫なほど在庫があるものなのでしょうか?」
「なんだい、兄ちゃん。そんな真面目そうな顔して配る相手がいっぱいいるのか?」
「私が桜貝でも命でも、どんなものでも捧げたいと思うのはただ一人なんですよ」
「お、おう…、揶揄ってすまないね。子どもたちに頼めば喜んで山のように持ってくるからな。ある程度の量であれば確保できると思うよ」
ベリルを面倒な相手と認定した露天商は、質問にただ正確に応えることにした。
「おじさん、他にも珍しい、島らしいものってある?」
露天商はうんうんと考え、しばらくしてアッと呟いた。
「うちみたいな店では扱えない品物だけど、貝染めなんてのもあるぞ。貝のワタで染める染色方法なんだが、見事に鮮やかな紫色になるんだ。まあ大量の貝がいるから今ではあまり作られてないが」
ふむふむとララは真剣な顔で情報収集をする。
「ベリルさん、ジジに貝染めの糸の話を伝えるのも良いかもしれませんね」
「確かに。何かに使えるかもしれませんからね。詳しいことはヴェータ様にお伺いするのも良いかと」
「ですね!!」
露天商はいつも同じ位置で商品を売っているとのことだったので、サンプルとして桜貝を数枚購入し、ララとベリルは挨拶を告げてその場から離れた。
「いやあ、思ったよりも良いものが見つかって良かったですね!」
「包装のイメージはつきましたか?」
「それはもう!! 今度イメージがつきやすいように試作品を作ります」
ララは既にイメージが出来上がっているようで、ホクホク顔になってしまっている。
「早く領主館に帰って色々試してみたいなあ。この島はとっても綺麗だから、イメージが湧きやすいです。たのし―」
「なにそれ!? あたしそんなの聞いて無いわ!!」
ベリルとララの間に珍しく漂う穏やかな空気を切り裂いたのは、甲高く響く声だった。
「ダフネ。あんたは確かに領主様とは幼馴染だろうけどね、一々報告する必要はないだろうよ」
「だってアイツはずっと一人だったじゃない!」
「そうだよ。だからめでたいって言ってるんじゃないか。さっきから金切り声をあげて煩いよ」
ダフネと呼ばれた女性は周りに咎められてはいるものの、いまだにキイキイと声高に主張を続けている。豊かなブルネットの巻き毛を揺らしているダフネは、自分に強く自信を持っているようだ。
「でもどうせ15歳の花嫁なんてお飾りなんでしょう!? それとも何? アイツは幼女趣味だったってわけ?」
「お止め! いくら昔馴染みのあんただって皇女殿下の悪口はいけないよ。それに花嫁様は本当に気さくで良い方なんだから」
「あっそう! そんなお子さまにもうみんな懐柔されてるって訳!? 情けなっ」
周囲が咎めるのも気にせず、フンと鼻で笑うように言い捨ててダフネは走り去っていった。
「ベリルさん、なんだか強烈な女性ですねえ」
「ええ。私の横にいる強烈な女性が霞むほどに」
「印象深くて照れちゃいますね」
「前向きなところは尊敬していますよ」
目の前で突然繰り広げられた騒動をぼんやりと見守ったベリルとララは、一日の疲れが一気に襲ってきたような気分になる。
「とりあえず帰りましょう」
「ですね。これは報告した方が良いですかね?」
「私の方から姫様へと伝えておきます」
疲れてしまってしばらく会話をしたくない。そんな風に珍しく通じ合えた二人は、ただ黙って領主館へと向かうのだった。




