姫様と僕
ベリル視点の過去です。
コツコツ
窓に二回。それが僕たちの合図。
城で居場所のない姫様と、館でひとりぼっちの僕。
「ベリル、本を持ってきてあげたわ」
幼い声と高飛車な話し方。そのアンバランスさが絶妙に可愛らしい。
「ありがとう」
「頭が良いのに学ぶ機会が無いなんて、不幸だものね」
「そんな人間、たくさんいるよ」
「だからといって無視していても、何も変わらなくてよ。ベリルの知識が増えれば、わたくしは話し合う楽しさを知れるもの」
頬を赤く染め、ずいと本を押し付ける、彼女の優しさは僕にとって少し眩しい。
昼下がり、特に会話を交わすことなく本を読む。彼女は哲学や経済学、海外の歴史に宗教史。
僕は冒険譚や物語。
まだまだスカスカな僕の頭を気づかって、彼女は優しい文体のものを選んで来てくれる。
だけど足りない。もっと貪欲に知識を求め、彼女を理解できる人に、僕はなりたいのだ。
それでも渡された本を読む。
姫君のために世界中駆け回り、守り抜く騎士の冒険譚。だから僕は、ふと気になって、彼女に聞く。
「姫様」
「ふたりの時はそれではないわ」
「…ディー」
「聞いてあげる」
名前を呼ぶなんてきっと失礼なことなのに、姫様は必ず命令する。ディーという言葉には、何か魔法がかかってるはずだ。だってそう呼ぶと、何故だか頬が熱くなり、手はじんわりと汗をかく。
「ディーもこの姫君に憧れる? 英雄を好きになる?」
「んー、私は物語の英雄は好きにならないわ!」
「なぜ?」
「だって、英雄って頼られたら色々な女の子を助けるでしょ? なんだかそれは、楽しくないもの」
「でも英雄って格好いいんじゃない?」
「どこかで誰かを助けてる英雄より、私はそばにいてくれる人が格好いいと思うけれど」
そう言うと、姫様は小さくて可愛い唇に人差し指をあて、むうと唸る。
「でもそれだと英雄がいなくて困る人もいるのね。そうだ! ならわたくしが英雄になって、みんなを救ってあげても良くてよ!」
「それだと姫君がいないね」
「守られてるだけのお姫様なんて、いらないわ!」
「英雄と、その隣にずっといる人の物語?」
「あら、そっちの方がずっと面白そうね」
ケラケラと笑う姫様を見て、確かになと深く頷く。
高飛車で美しい英雄と、平凡だけどずっと隣にいる人。
そんな未来があれば良い。
そう思ったから僕は言う。
「ディー、経済学の初歩の本、次に持ってきて」
「すごいわ、ベリル。きっとすぐに共に勉強出来るようになる」
少し背伸びをする僕に、姫様は「楽しみね」と笑い、素直に期待する。同じ歩幅で歩けるように、同じ先を見られるように、僕はスカスカの頭を埋めていく。
これは僕たちがまだ、何でもなかった頃。
姫様と従者でもなく、王族と臣下でもない。
ディーとベリルだった頃の大切な記憶




