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「さあ、そろそろ始めよっか」
その明るい声は、無情にもララを絶望に突き落とす。
「いや、いや......嫌な…いや」
「ララ嬢だって、もうここまで来たら僕たちが止まらないこと分かってるでしょ?」
駄々をこねる子どもに優しく言い聞かせるような言葉。だからこそ苦しいほどに握りしめられている手首の痛みを、より怖ろしく感じてしまう。
「おい、なに座り込んでるんだよ!?」
怒鳴られて、ララは自分がふかふかの絨毯の上に蹲っていることにようやく気が付く。それは動きたくないという意思表示というよりは、大きくなった震えに足が体を支えきれなくなり、ストンと体が地面に着いたという表現が正しい。
「どんなに抵抗しても同じだよ。抵抗している美少女っていうのもなかなか目にすることが無いし、むしろ僕たちにとってはご褒美かもね」
朗らかに笑いながら、子息の一人が手首をぐいぐいと引っ張ってララを引き摺って行く。毛足の長い絨毯の上をすべるように引き摺られているので痛みは無い、けれども抵抗できないという事実に心がポッキリと折れてしまいそうだ。
『もし路地裏なんかに連れ込まれたら、抵抗せずに受け入れな。あんたは可愛いから、特にそんなこともあるかもしれない。けれど命だけは守るんだよ。汚されたと思うかもしれない。けどね、無理やり体を暴くようなバカはあんたを汚せない。あんたの体はあんただけのもんだ。何があっても汚れることなんて無いんだよ』
貴族社会へと足を踏み入れる少し前、近所に住むおばさんに言われた言葉。それを思い出した途端、ララの体の震えは止まった。今自分がするべきことは、泣いて震えることじゃない。助けが来る、そのほんの少しの可能性にかけて時間を引き延ばすこと。
もしこのまま純潔を散らされてしまえば、きっと彼らの言う未来が来てしまう。この部屋にいる男のうちの誰かの妾になる。こんなことがあったなら、もしかしたら共有なんてこともあり得てしまう。
だから助けが来ると信じて、ひたすら引き延ばすしかない。
「もう! 痛いよ。痕ついちゃう。みんなのことが大好きなのに、怖い顔しないで」
腹をくくってララはふんわりと顔をあげる。そして言葉に甘さをのせ、怖れなんて感じさせず微笑んだ。
骨が軋むほど手首を握りしめている子息の手を、ララは反対の手で優しく撫でる。そして今度は頬ずりをし、上目遣いで懇願してみせる。
「どうかお願い、優しくして。こんな風に男の人に触れられるの、初めてなんだから。」
大きな瞳にたっぷりと涙を溜めて見つめると、先ほどまで余裕な調子で微笑んでいた子息が頬を赤く染める。
「な、何なんだよ。怖くないのか? なんでそんな......」
狼狽える子息を涙目で見つめながら、ララはこのまま引き延ばす方法を必死で探す。彼らは元々好意を持っていてくれていたはず。だから攻めるなら相手の恋心だ。
抵抗したら力尽くで取り合えずさっさと目的を果たされてしまう。だったら思いっきり媚びて甘えて、この時間を楽しませるんだ。
そんなふうに考えていたララは、感じたことのない衝撃で吹き飛ばされた。
「結局売女なんじゃないか!!」
ジンジンと疼く頬を抑えながら顔を上げると、そこには両手を握りしめ仁王立ちしている男がいた。先ほどララに強い言葉を浴びせた、あの子息だ。
激昂している様子を見ると、拳ではなく平手を振り上げたのは彼なりのなけなしの理性なのかもしれない。
「そんな、私、そんなんじゃ......」
どうにか言葉を探そうとするけれど、頬の痛みが邪魔をして頭が働かない。こんな男たちの前で弱みなんて見せたくない。それなのにララはどうやっても自分を奮い立たせることができない。
…痛い......
......痛い…
.........怖い
…痛い.........
「ぃやーーーーーーー!!!」
悲鳴とは、出すものではなく出てしまうもの、それをララはこの時初めて知った。自分の口から絹を裂くような悲鳴がこぼれ出る。それと一緒に両の目から、目の前が霞むほど涙が溢れてしまう。
「煩い」
感情の乗らない声の主は、ララの腰を靴裏で踏み、冷たく見下ろす。
「どんなに抵抗しても、結局力の前では無駄なんだよ」
ボソリとそう呟き、怒りに狂った子息はララを再び引き摺って行く。周囲の子息たちは完全に状況に飲まれているようで、遠巻きに見守っている。
ボスン
自分の意思とは関係なく、ふかふかのベッドにララの体が沈み込む。白いシーツに散らばるストロベリーブロンドは艶やかで、こんな時でなければ誰だって夢中になっただろう。
このくそ野郎が。
心の中で呟いてみるけれど、もはや力が出ない。
「お前のせいで…、お前のせいで」
譫言のように繰り返し、怒りを瞳のなかで揺らめかせる男。手首を縫いつけるかのようにベッドに押し付けたまま、男はニヤリと下卑た笑みを浮かべる。
いくらララが貴族の礼儀を知らないからと言って、全て自分のせいだとは思えない。自分に跨り征服したかのように振舞うこの男は、結局のところ憂さ晴らしがしたいのだ。
分かっているというのに自分の体も口も、思い通りに動かない。それがただ虚しくて、悔しかった。
手首の拘束がきつすぎて、指先が冷たくなってくる。
男は自らのクラバットを乱暴に取り去ると、ララの手首をきつく縛る。そしてヘッドボードの豪奢な細工部分にひっかける。
ビリッ
ドレスのストマッカーが乱暴に取り外され、ピンクのドレスを可愛らしく演出していたリボンやレースもはじけ飛ぶ。
足をバタバタと動かしてはみるけれど、まるで水の中を蹴っているかようで空気が重たく感じられる。
膝を割られ、足の間に男が体をねじ込む。ドレスを男の膝が踏んでいて、少しも身動きすることが出来ない。
「な…、な.........」
だからララは唾を吐いた。砂糖菓子のような儚げで庇護欲をそそる顔を歪めて、さくらんぼのような小さな唇をすぼめて。
育ちの良いお坊ちゃんはあまりの展開に言葉も出ない。ほんの少し胸がすく思いだ。きっとこの後、もっと手酷く扱われる。それでもただ、組み敷く男のことを唾吐くほどに嫌がっている、その事実を伝えられただけでも達成感があった。
「おまえ、絶対に許さないからな!!」
再び怒りを取り戻した男は、真っ白なシーツで顔を拭う。そして拳を握りしめ、思いきり振り上げた。
きっとこのまま殴られる。男の怒りを煽ったのは誰でもないララなのだから。やっぱり従順に従えば良かったかも、そんな弱気な自分が顔を出し、涙が溢れて視界が霞む。見えないほうが怖くないかも、と現実逃避をした瞬間―
ガッシャーン
破裂音が響き渡り、音がした方へと注意が向く。拘束された手首はそのままに、どうにか頭を捩って見てみると、粉々に砕けたガラスに月の光が降り注いでいる。
天井から垂れ下がるビロードのカーテンが無造作に取り払われ、玉座へ導くカーペットのようにサッと敷かれる。
「ゔ…ゔゔ.........で…がッ!!殿下ぁ」
ララは可愛らしい顔をくしゃくしゃに歪め、ただ一心にバルコニーを見つめた。
「ごきげんよう」
月光を背に、すらりとしたシルエットが浮かび上がる。風が揺らす髪は漆黒。夜の女神は真っ赤な唇を少し上げ、不機嫌そうに立っていた。




