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クローディアは緑の瞳をキラキラと輝かせて従者を見つめる。
「わたくしの優秀な従者はミリアーナ様の敵の居場所も把握しているのではなくて?」
試すような彼女にベリルは蕩けるような笑みを向ける。
「もちろんでございます、姫様。グロウ侯爵家令息は放課後は泥棒猫様と一緒にサロンで過ごされているようでございます。」
「完璧すぎて可愛げが無くてよ。」
「姫様をお支えするにはまだ足りないかと。」
「では励みなさい。サロンでは二人の表情をしっかりと見ておいて。」
「承りました。」
ブラシオ王国王立学院には生徒たちが自由にお茶や雑談が楽しめるサロンがある。日当たりが良く開放的な作りで、学院といえど男女の密会は醜聞になってしまう貴族の子息令嬢たちに人気の場所だ。
ミリアーナの婚約者であるユージーンと泥棒猫ことライラは、窓際のテーブルで堂々とお茶を楽しんでいる。二人は外を眺めるように横に座り、距離感がどうにも近すぎるように感じる。
「あれでなぜ醜聞にならないのか理解に苦しむわ。」
木の透かし彫りの扇子で歪んでしまう顔を隠しながら、クローディアは呟く。
「ライラ嬢の演技力やグロウ侯爵家の力というのも勿論のことですが、つい一週間前まで第三王子殿下も頻繁に砂糖菓子令嬢と様々な場所で逢引なさっていたということも理由としては大きいようです。」
「あの馬鹿殿下は碌でもない空気まで作り上げていたのね。陛下や王太子殿下にもっと締め上げておくように伝えておきましょう。では、行くわよ。」
クローディアはゆったりと窓際のテーブルへと近づいていく。ユージーンの視界にぼんやりと黒髪の美しい少女の姿が入り、すれ違う、その瞬間、体の力を意識的に抜いたクローディアはその場に崩れ落ちる。
床に膝がつく、その前にふわりと安定感のある体に抱きかかえられた。
「皇女殿下、大丈夫ですか?」
望んだとおりの男の声が聞こえたため、俯いているクローディアは唇の端をニヤリと上げる。そうしてゆったりと顔を上げ、まるで清純な乙女のように頬を染めてみせた。
「ご迷惑をおかけいたしました。少しふらついただけですわ。心配なさらないで。」
目は潤み、ぼんやりと自分を見つめる絶世の美少女を前にして、ユージーンの顔はしっかりと赤く色づく。
「グロウ侯爵家の御令息ですわね。あなたが居なければわたくし怪我をしていたかもしれないわ。どうお礼を言えば良いか。」
まだ抱きかかえて離れる気配のないユージーンの手にそっとクローディアも手を重ねる。そのとき我慢の限界とばかりに甲高い少女の声が響いた。
「ジーン、いつまでそうやっているつもり?」
「あ、ああ。皇女殿下、申し訳ない。こちらの椅子でお休みになられますか?」
まだクローディアから視線を外すことが出来ないユージーンは、ようやく体を離した。
「いいえ、結構よ。それにしてもあなたのご婚約者様はお元気な方ですわね?」
「いえ、婚約者という訳では。」
「あら、愛称を許すほどの仲ですのに?」
「え、ええ。」
口ごもるユージーンに代わり、泥棒猫が口を開く。
「あたしの姉がジーンの婚約者なのです。」
いくら王立学院内であっても、話しかけてもいないのにいきなり口を挟む、その不躾な態度にクローディアは一度心の中で赤毛の泥棒猫を斬り捨てる。
「助けていただいてありがとう。あなたのことはよく覚えておくわ。」
これ以上話しても得ることは無いと考えたクローディアは、ライラの発言を丸ごと無視して颯爽とテラスから立ち去った。
クローディアと従順な従者は馬車でゆったりと帰路に就く。
「ねえベリル、あなた怒っているのでしょう?」
コロコロと笑うクローディアに従者はちらりと視線をやり、そうしてすぐにまた顔をそらしてしまう。
「あんな男に抱き着かねばなりませんでしたか?」
「咄嗟の表情や行動を知りたかったのだもの。でもわたくしの従者を嫌な気持ちにさせたかった訳じゃないわ。許してくれる?」
「いいや、姫様は私の反応まで楽しんでいらっしゃる。」
普段感情を表さない従者の心の動きを感じ、満足げにニンマリとクローディアは笑う。
「そうね、反応を楽しみたかったし、実際楽しめた。満足だわ。でもわたくしの従者はやきもちを焼いてほしいと考える、わたくしの気持ちを喜んではくれないの?」
その言葉の意味を理解し、ベリルは俯き両手で顔を覆ってしまう。それでも隠せない耳の色だけが、彼の気持ちを表していた。
「ミリアーナ様の婚約者は、ただ欲に流されやすい俗物ね。」
「姫様が目の前にいる時、あれだけ愛しげにされていた泥棒猫のことは忘れてしまっていたようですからね。」
「ええ、あれくらいでひっかかるなら今後も女性のトラブルは付き纏うわ。ミリアーナ様も結婚までいかず良かったというものね。」
「まあ姫様の攻撃力が高すぎるという気もしますけれどね。」
「わたくしがまるで破壊兵器のようではないの。」
似たようなものですと毒舌を言うベリルをクローディアはクスリと笑う。
「泥棒猫を婚約者とわたくしが言った時、目はぱっと見開いて、口は引きつっていた。自然と足を閉じて守りに入っていた感じね。だからあの婚約者殿はまだライラ嬢に本気で乗り換えるつもりは無いのではない?あの反応は、驚きとか怖れという雰囲気だったもの。あれだけのことをしていても、まだ浮気は知られたくないという感じね。」
「それは愚者の極みですね。」
「辛辣ね。」
切れ味の良い従者の言葉にクローディアは目を細める。
「泥棒猫様の方は自信があるご様子でした。婚約者の話が出た時、わずかに口の端が上がっておりました。義姉への優越感といったところではないでしょうか?」
「それはまた、趣味が悪いわね。」
「ええ、全く。また、姫様が倒れたときにライラ嬢は咄嗟に腹部に手を当てていらっしゃいました。やはり妊娠の可能性はあるかと。」
「あら、それは見えていなかったわ。咄嗟の時にそこを庇うということは、信憑性が増すというものね。」
そう言ったきり、クローディアはぼんやりと景色を眺めている。何かを見ているようで、見ていない、そんな時はクローディアが頭の中で計画を組み立てている時だ。従者は声がかかるまで、存在を消してただ待っていた。
「ベリル、とりあえず王太子殿下に言って、王城のお仕着せを数枚借りておいて。」
突然の指示に従者は何も問わず、ただ頷いた。




