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ボスン
フカフカのベッドに勢いよく沈む自分の体は、まるで他人の持ち物のよう。このくそ野郎が。ララは砂糖菓子のように甘い顔には似合わない、下町育ちのスラングを口の中で呟きながら自分の無防備さを呪った。
***
夏季休暇前の夜会。多くの生徒たちは華やいだ装いや婚約者との甘い時間を楽しみに、その日を指折り数えている。
だがその多くの生徒たちの中にララは入らない。
甘い外見から社交好きに思われそうなララではあるものの、実はこのような場は苦手だ。何せマナーの一つも分からないものだから、どんなに着飾ったとしても丸裸で立っているような気分になってしまう。
今日身に着けているピンクのドレスは父から贈られたもの。せっかく贈ってもらったのだから喜ぶべきだとはララだって思っている。だが、フリルやレースがゴテゴテと飾られたドレスは甘ったるいケーキのようで、鏡で見ているだけで胸やけしそうだ。似合っているからこそ質が悪い。
「失礼、ジェール男爵家のご令嬢でいらっしゃいますか?」
壮年の男性が丁寧にララへと問いかける。壁の花として時間を潰していたため、突然声を掛けられてララは一瞬驚いてしまう。
「え、ええ。私はジェール男爵家のララでございます」
「皇女殿下がご令嬢とお話ししたいとおっしゃられておりまして、お時間がございましたら少しよろしいでしょうか?」
クローディアが呼んでいると聞き、ララの顔はパッと明るく輝いた。あたりを見回したところ、確かにクローディアは会場にいない。女神のような存在感だからこそ、見逃すなんてありえない。
「殿下がですか? でしたらすぐに参ります」
ララは自分の声が嬉しそうに弾むのを感じた。退屈で、居場所の無いこの空間から連れ出してくれる。やはりクローディアは自分のお姉さまなのだ、そんなことをつらつらと考えていると休憩室の前にたどり着いた。
「こちらでお待ちです」
それだけ言うと、なぜか足早に男性は立ち去って行った。今までの丁寧な仕草とその行動の差に驚くも、夜会が行われているのだから忙しいのかな? と軽く疑問をかき消してしまう。
トントン
「殿下ー! ララです。お呼びとのことで参りました。」
弾む心と声を抑えもせず、ララは扉をノックした。
ガチャリ
扉がゆっくりと開く。
あれ? 部屋が暗い―
そんな風にララが感じたその瞬間、グイっと腕を無遠慮に引っ張られ、休憩室の中へと引き込まれる。
あまりに強く引っ張られたため勢いが止まらず、室内に入って数歩、たたらを踏んでしまう。よろけて倒れそうになるも、ぐっと足に力を込めて体を支えた。
薄暗い室内、揺れる蝋燭の火、甘ったるい香りとそれに混ざり合うように感じる酒臭さ。
周りを見回さなくとも、経験のないララにだって分かってしまう。
これから私は襲われる。
そう感じた瞬間、ララは足のつま先から震えが広がっていくのを感じた。
「ララ嬢、ようこそいらっしゃいました」
「私、皇女殿下に呼ばれていると聞いたんです。どうやら部屋を間違えてしまったみたいで、失礼いたしました。退室しますね」
なけなしの意地を振り絞り、ララは窮地を逃れようともがく。クローディアの名前を出せば、あるいは―。そんな希望はすぐに打ち砕かれてしまう。
「おやおや、王城の使用人だというのにそのような伝達ミスをしてしまうとは。でもこれも良い機会、あなたと我々はずっと懇意にしてきたではないですか。一緒に今夜を楽しむとしましょう」
ね? と言いながら近寄ってくる子息の一人に、ララはギリっと奥歯を噛みしめる。
今思えば、自分の迂闊さがよくわかる。あの伝達役の男性もグルだったのだ。よく考えてみれば、クローディアからの呼び出しであればベリルを使うだろう。足早に立ち去ったのだって、後ろ暗いところがあるからだ。
「やめて! 私に触れないで!! 何かあれば、お父さまが許さないわ」
虚勢を張って叫ぶけれど、周囲の子息たちはクスクスと馬鹿にしたように笑うばかり。
「なによ! 何がおかしいっていうの!?」
ハハハと笑っていた一人が口を開く。
「本当に君の父君であるジェール男爵は許して下さらないかな? 君より上の爵位の僕たちの誰かの妾にするとでも言えば、むしろ喜んで尻尾をふるかもしれないよ?」
「そんな訳―」
「無い、とでも思ってるのかな? 男爵家、火の車だって噂でしょ。君だってそのために連れ戻されたんだろうし」
「何? 何のこと!?」
「そっかあ、知らないのか。まあ良いや。」
その言葉が合図にでもなったかのように、周囲にいた子息たちがじりじりと近寄ってくる。暗さであまり顔が分からないが、声を聞く限り彼らはみな、数週間前まではララに親切にしてくれていたはずだ。それなのに何故、こんなにも酷いことをしてくるのだろうか。
「みんな酔ってるだけでしょ? 取り返しのつかないことはお酒の失敗では許されない。だからやめて? みんなのためにお願いよ」
「もちろん酔ってるからね、多少気は大きくなっているのかも。でも僕たちは、計画して実行してるんだ。だから心配はいらないよ」
「そんなことを言ってるんじゃなくて。なんで? みんな私に優しかったのに、どうしてこんなことをするの?」
この世界の常識が分からないララにとって、相手の行動の理由が見当もつかない。無知の怖さに震えはおさまってくれない。
「どうしてだと!? ふざけるな!」
「ひっ!!」
近づいてきた子息の一人が激昂し、持っていた酒瓶をララに投げつける。思わず庇った腕に瓶はあたり、琥珀色のトロリとした酒がドレスを汚す。
あまりの事態にララは真っ白になるが、周りは「ドレス汚れちゃって可哀そー!」などと囃し立てている。その明るい様子が状況と乖離して、ララの心を強く揺さぶる。
「俺はお前のせいで将来真っ暗だ! 決まっていた婿入り先も消えてしまって、全部お前のせいだ!!」
「そんな、みんな私の態度におかしいところは無いって、そのままでいたら良いって言ってくれてたでしょう?」
「何も知らない振りして、全部計算なんだろう? だってお前、誰かの妾になるために学院に送り込まれたんだもんな? 底辺女の癖して人の将来邪魔してんじゃねえぞ!!」
怒り狂う瞳に映るのは憎悪のみ。ララの姿さえ見えないその様子に、言い返しても無駄なことを悟ってしまう。
「さあ、そろそろ始めよっか」
明るい口調で囁かれたその言葉は、ララを奈落の底に叩き落すのに十分な威力を秘めていた。




