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従者のベリルはクローディアとのやり取りで崩していた顔を再度引き締め、報告を続ける。
「さらに調査を行ったのですが、ライラ嬢は妊娠している可能性があります。」
その言葉にクローディアは片眉をあげる。
「トワイデル伯爵家の出入りの商人によると、ピクの実を煎じた薬を数か月分納品しております。キッチンメイドはライラ嬢が最近急に、いつでもつまめる軽食を多く用意させるようになったと言っておりました。」
「あら、妊娠の可能性、高いのね。」
ピクの実とは妊娠中の女性に必要な栄養素がとれる植物だ。それを購入しているということはトワイデル伯爵家の誰かが妊娠しているということだろう。
「またライラ嬢が好むブランドでフラットシューズを数足作らせているとか。ライラ嬢は普段ヒールがある靴を好まれるとのことです。」
「いつもながら素晴らしい調査力ね。」
「お褒めいただきありがとうございます。」
「でもちょっとガードが緩すぎではなくて?仮にも伯爵家。偽の情報を流しているということは無い?」
「我々も怪しんだのですが、どうやらトワイデル伯爵家はミリアーナ嬢の味方となる使用人をすぐに解雇するということで、入れ替わりが激しいようです。また労働環境も悪いため、不満が出やすいようで。」
「あらあら、赤毛の泥棒猫は敵が家の中にしか居ないなんて思っているのかしら?悪さをしている癖に怠惰だなんて、許されなくてよ。」
「全くでございます。」
クローディアは透かし彫りの木の扇子をポンと手のひらに軽く打ち付ける。
「ああ、わたくし、ライラ嬢のやり方は好まないわ。欲しいものを手に入れるため、なりふり構わない姿勢は大好きよ。でもそこに他の誰か、特に子どもを巻き込むのはいただけない。好きではないわ。」
「もう少し探ってみましょうか?」
「いえ、後で直接様子を見に行ってみましょう。でもまずは、わたくしが気になる不幸で可愛い彼女に声をかけましょう。」
そう言って立ち上がると、美しい黒髪を揺らしながら図書館から去っていく。その様子を皆、食い入るように見つめるのであった。
「あら、先客がいらっしゃるなんて気付かずにごめんなさいね。」
中庭の奥、人目につかない東屋に座るミリアーナにクローディアは話しかけた。
「っ皇女殿下!私の方こそ気付かずに大変申し訳ございません。どうぞお使いになって下さい。」
慌てた様子で東屋から去ろうとするミリアーナを、クローディアは引き止める。
「お待ちになって。お名前をお聞きしてもよろしくて?わたくし最近留学してきたばかりで、お友達もあまりおりませんの。」
少し寂し気な雰囲気を装ってそう告げると、ミリアーナはふわっと笑う。春のような柔らかく温かい笑顔、これが赤毛の泥棒猫のせいで見られないのはもったいないとクローディアに思わせた。
「お友達など恐れ多いことでございます。ですがとても嬉しく思います。私はトワイデル伯爵家の長女、ミリアーナと申します。」
「ミリアーナ様とお呼びしても?わたくしのことはどうかクローディアとお呼びになって。」
「皇女殿下をお名前でお呼びするなど出来ません。」
しっかりと礼儀作法を身につけているミリアーナに及第点をつけ、思わずにやけそうになる口元を扇子で隠す。
「わたくしが良いと言っているのにミリアーナ様は叶えてくださらないの?」
強気でクローディアの希望であることを念押しすると、ようやく名前で呼ぶことを了承したようだった。
「ミリアーナ様はよくこちらにいらっしゃるの?」
一週間監視していたとは思えない、自然な雰囲気でクローディアは問いかける。
「ええ。ここは静かで落ち着くんです。」
「ではまたここに来るわ。」
クローディアはミリアーナの手の甲にそっと手を重ね、はちみつ色の瞳を覗き込む。そしてふわりと自然に笑うと、そのままその場を静かに立ち去った。
クローディアの美しさ、そして久しぶりに感じた人の温かみ、それらにのぼせてしまい、頬を赤く染めていた。
「姫様、せっかくトワイデル伯爵令嬢にお会いしたのにあれだけでよろしかったのですか?」
従者の問いにクローディアは満面の笑みで答える。
「ええ、初めての出会い、あれで良かったのではなくて?人は何度も会うことで、相手に親近感を覚えるもの。最初は物足らないくらいがあとを引くわ。」
「ではご令嬢は姫様のご期待に沿えましたか?」
「もちろんよ。礼儀正しくしっかりしたお嬢さん。はちみつ色の瞳は味見したくなる可愛さね。」
「姫様。」
「あら、やきもち?」
冷ややかな目で見てくる従者を、いたずらを楽しむ猫のような目でクローディアは見つめる。答えを言わない従者を心から楽しそうにクスクスと笑い、クローディアは話しを続ける。
「揶揄い過ぎね。ごめんなさい。彼女はわたくしの見込み通りのご令嬢だわ。出来れば本当にお友達になりたいくらい。だから、次はミリアーナ様の敵を見に行きましょう。」
踊るように軽やかに進むクローディアを、ベリルは静かに追うのだった。