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実は
異母妹が泥棒猫事件 9
こちらを丸々投稿し忘れておりました。たまたま話がつながっていたので気が付かず。このままでも良いかとも思ったのですが、せっかく書いたものなのでこそっと割り込み投稿しております。
お時間があれば読んでいただけたらありがたいです。
「陛下。召喚状に従い御前に参りました。」
王城の荘厳な謁見の間には、王と宰相、王太子に最小限の近衛騎士のみで普段と違い人が少ない。
「ご苦労。要件は分かるか?」
「はい。覚悟は出来ております。」
「そうか。......ところでトワイデル伯爵はいつまですました顔でいるのだ?」
黄金に輝く髪を持つブラシオ王国の国王は、玉座に肘をつき気だるげにそう問う。
「ああ、王家も気が付かなかった故、同罪だとでも思っているのか?」
片眉をピクリと上げ、問いかける王にトワイデル伯爵は何と言えば良いのか頭の中で様々な言葉を探す。
「なあ、覚悟とはなんだ?」
「つ、罪を償う覚悟でー。」
「黙れ。」
「ヒッ!!」
真剣な顔でトワイデル伯爵が懺悔をした瞬間、謁見の間が凍り付くのではないかと思うほどの冷気が漂う。
「陛下、魔力が漏れ出ております。」
顔色一つ変えない宰相に指摘され、国王はああすまん、と気を取り直した。
「トワイデル伯爵は勝手に重税を課し、さらに税収を国にごまかしたのだったな。相違ないか?」
「はい。その通りでございます。」
「それで、お前が勝手に増やした税によって何が起きたか知っているのか?」
「え?」
「領地は見たか?」
「いえ、管理は代理の者に任せております。」
トワイデル伯爵の身勝手な言葉に再び空気が凍り付いていく。
「見てもないのに、償う......そう言うのか。お前やその家族らにとってドレス一枚、宝石の一つなんて大したことが無いのだろうな。それを買う金を得ることで、領民がどうなるのかも理解していなかったのか。」
国王からの当たり前のその問いかけにも、トワイデル伯爵は何も言葉を返すことが出来ない。
「お前が好きな女やその子どもにせっせと貢いでいる間、領地の子どもらは飢え、娘たちは家族の為に己を売り、老人たちは枷にはならぬと自害した。なあ、楽しかったか?自分の幸せな世界を守るため、殺し、奪い、見捨てて楽しかったか?」
気付けばトワイデル伯爵は自分が震えているのに気が付いた。それは謁見の間に漂う冷気のせいか、自分が犯した愚かな行為のせいなのか。
「それで、覚悟が出来ているって何だ?不正の罪を償う覚悟か?」
国王はため息を深くつき、再び尋ねる。
「トワイデル伯爵家の元令嬢、ミリアーナと言ったな。彼女は昔から領地の孤児院に多額の寄付をしていたようだな。仕立てたドレスなども着れなくなったものは換金し、全て送金していたという記録がある。この寄付が学院入学後、途絶えている理由は知っているか?」
伯爵は全く知らなかった。それどころか昔から寄付していたのも知らなかったのだ。ただ残念ながら予想することは出来てしまった。
今の妻は慈善活動などを偽善と言って嫌う。だからおそらくミリアーナが使用人たちに送金するよう頼んだものを、学院に行って不在なことを良いことに着服していたのだろう。
ただ予想は出来てもこの場でそんなことを言えるはずもない。
「言わぬか。まあ良い。予想はこちらでもついている。」
国王はようやく玉座のひじ掛けから体を起こし、真正面からトワイデル伯爵を見つめる。
「欲の為に幼子や老人を殺させて、若い娘には身売りをさせて、貴殿が不正の罪を償ったところで誰が矛を収めるのだろうな。」
重圧に耐えきれず崩れ落ちる伯爵を、助け起こそうとする者は誰もいない。
「とはいえ、不正の罪でしかないのだから、首を刎ねろとは言わん。」
その言葉を聞いて、項垂れていたトワイデル伯爵はゆっくりと顔を上げる。
「5年もの間領民に課していた重税、さらに国へと過少申告していた税、まずこれは全額返金いただきます。国に返金後、領地へは正しく返還されます。不正に関しての罪は爵位の降格ですが、課税の重さや期間の長さが悪質とみなされるので男爵位まで降格することとなります。」
事務的な口調で王の横に立つ宰相が説明を始める。
「ただ、事前に調査したトワイデル伯爵家の財政状況では、おそらくは税金の返済が出来ない状態かと思われます。よって領地を全て国へ返還、王都のタウンハウスや領主館の家財にドレスや宝飾品まで全て差し押さえいたします。」
思った以上に悪い状況に、トワイデル伯爵も呆然としている。
「宰相、説明ご苦労。と、言うわけだ。お前やその家族は本日をもって平民となる。」
どんな気分だとでも言うように、口の端を吊り上げて国王が見つめる。
「そうそう、私からも一つ、平民となる貴殿へ指示を言い渡す。国を欺き領民を虐げた重罪犯を野放しにしておくわけにはいかない。お前たち家族が暮らすことができる家を餞別としてくれてやる。そこから転居することは許さん。家を離れた場合は即座に重罪の逃亡犯として投獄するので覚悟せよ。」
「陛下、どこに住むことになるのか教えて差し上げたらいかがですか?」
沈黙を貫いていた王太子が、愉快そうに忠告する。
「そうか、忘れていた。トワイデル伯爵、貴殿がこれから住まうのは貴殿が荒らし、搾取し続けた領地だ。」
冷気を纏う微笑でそう告げると、国王は玉座からおもむろに立ち上がる。一歩一歩ゆっくりと、国王が近づくにつれてトワイデル伯爵の体の震えは大きくなるばかりだ。
「どうか忘れてくれるな。幼子は飢えて死に、娘が己を売る、老人は枷にならぬようにと自害した。その元凶が貴様であることを。きっと領地のみなも忘れはしまい。夜、心安らかに眠れると思うな。お前や家族の笑い声がどう響くか考えろ。なあ、トワイデル伯爵。覚悟は出来ているのだろう?」
跪く伯爵の肩に手を置き、耳元で国王は呪いのような言葉を告げる。それはまさに呪いとなり、伯爵はその場で気を失った。
「陛下、失神したようですよ。」
宰相が無表情で報告する。
「そうだな。何が覚悟だ、虫唾が走る。衛兵にこれを外に放り出しておくように言っておけ。」
足に縋り付くように気を失った伯爵を、国王は足蹴にして振り払う。ゆったりと玉座に戻り、ため息をついた。
「父上、荒れているようですね。」
「まあな。皇女殿下に言われなければ、不正に気付くこともできなんだ。伯爵のことばかり責めたが、私は自分のことも情けなく思っているよ。」
先ほどまでの冷気を感じる怒りは収まり、国王は自分が許せないといった風に眉を下げる。
「領地のことはどうしても貴族任せになりますからね。王家が監視するとなると反発も大きいでしょうし、改善策を考えるにしても慎重にいかなければなりません。」
「しかし皇女殿下には頭が上がらんな。不正のことから辺境伯の婚姻、さらに領地を富ませる方法まで。」
「こうしてみると、モスリンという生地の関税の撤廃だけで良かったのかと不安になるほどの成果です。」
王太子のエリックは不安そうに呟く。
「まあ、皇女殿下の狙いは関税というよりも辺境伯領なんだろう。」
「辺境伯領?確かに帝国との国境ではありますが、皇女殿下がなぜ辺境伯領との繋がりを持とうとするのですか?」
「まあ、私の予想でしかないから言わんよ。外れたら嫌だしな。あとお前、皇女殿下を嫁にもらうのはまず無理だから諦めなさい。他の可愛いお嫁さん候補たちをしっかりと見ること。」
国王のその言葉に王太子は笑顔が引き攣ってしまう。見目も良く、地位もあり才能まで持つエリックは昔から良く女性に囲まれている。だがなまじ幼いころから黒髪の美しい少女と過ごしてきたため、ただ美しい令嬢には食指が動かない。
美しく、聡明で、腹黒く、気高い。
さらには艶やかな黒髪でエメラルドの瞳を持っていればなお良い。
そう思ってしまうからか、婚約者候補すら選ぶことが出来ずにいる。そんな息子の姿を見て、やれやれと国王はため息をつく。
「皇女殿下をくれなんてグリーク帝国に言ってみろ。それならうちの国を寄こせとでも言われてしまうぞ。それくらい、皇女殿下は今力を持っている。帝国もその力を認めているからこそ、他国へ出そうとは思わんだろうな。」
誰が見ても分かる理屈だが、理解したくないとでも言うように顔を顰める息子を国王は憐れむのだった。