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「あら、ミリアーナ様はチョコレートがお好きなの?」
「はい。お恥ずかしながら家ではほとんど口に出来なかったもので。なかなか口に出来ないとなると余計に。」
好みのものをいくつも口にしたことを気付かれ、恥ずかしそうにミリアーナは微笑む。
ここは王都で借りているタウンハウス。
庭に面した日当たりの良いサロンで、大きな窓から温かい日差しが降り注いでいる。ミントグリーンの壁とアイボリーの腰壁が爽やかで、居心地の良い空間を作り出している。
伯爵家から出たミリアーナは、今は一時的にクローディアと共に暮らしている。皇女が後ろ盾についているというアピールと、ライラの悪い噂が広がることで厄介なことに巻き込まれないようにするためだ。
ただクローディアとミリアーナはそんな周囲の慌ただしさなどどこ吹く風で、上質な紅茶とお菓子を堪能している。
「わたくしの親しい人はみんなチョコレートが好きみたい。うちのベリルも好きなのよ。」
「まあ、そうなのですか?」
「ミリアーナ様がチョコレートが好きなのなら、辺境領にも帝国から輸出できるように働きかけてみようかしら。」
「私、そんな我儘を言うつもりは。」
「我儘ではないわ。これはわたくしの商売チャンス。それに帝国と辺境領で貿易が増えれば、今よりも辺境領だって潤うのだから悪い話ではなくてよ。」
「確かに。婚約の話が出てから少し調べましたが、ライゼンブルグ辺境伯の領地は穀物類を育てる農地なども少なく、他の農村地帯から仕入れているのですものね。そういったものも帝国から仕入れることが出来ればより豊かになりそうですね。」
ほんわかとして見えるミリアーナだが、領地経営のことなどをしっかりと学んでいる才女でもある。経営する立場で物事が見られるのもミリアーナの魅力の一つと言える。
「さすがミリアーナ様ね。フィリップは見かけに寄らず頭脳派なのだけれど、辺境騎士団で忙しくて領地経営もかなり大変みたいなの。だからミリアーナ様がそこは助けてあげてさしあげて。」
「私の知識が役に立つのであれば、これ以上の嬉しさはありません。」
「ミリアーナ様が領地経営に関わるのなら、わたくしとも今後長い付き合いになる。それはとっても嬉しいことだわ。」
妖艶に笑うクローディアがあまりにも艶やかで、ミリアーナは思わず頬を染めた。
「ベリル。」
主の呼ぶ声で、部屋の壁際で控えていた従者のベリルはスッとソファーまで歩み寄る。
「あの噂、どうなっているかしら?」
「今ここでご報告しても?」
「ええ、勿論よ。ミリアーナ様には詳細を知っておいてもらいたい。だからここで報告しなさい。」
その声でミリアーナも顔を引き締め、ベリルを見つめる。
「では、ご報告いたします。第一段階の噂は既に浸透したようなので、スピーカー役に第二段の噂を流させました。今では噂好きのメイドだけではなく、勤務態度が真面目なメイドや使用人たちもライラ嬢の噂を口にしていると影から報告が来ております。」
「あら、まあ。それは十分な成果ね。自分の口で話すと余計にそれが真実だと思えてくるものだもの。」
クローディアは満足そうに微笑み、チョコレートを指先で一つ摘み、口に入れる。
「また、先日ライラ嬢とグロウ侯爵ご子息の婚約が発表されたことで、より一層噂が本当だったと印象付けたようです。」
「それも計算通りね。想定外のことは起こっていて?」
「いえ、特には。今のところは全て計画通りと言えるはずです。」
報告を聞き、クローディアは満足そうにニヤリと笑う。
「そうそう、ミリアーナ様にはこれからラドル公爵家の養女になってもらうことになったわ。」
「ラドル公爵家、王弟殿下のところですね。たしかご令嬢が学院に通っていらっしゃいましたよね?」
ラドル公爵家の令嬢であるクリスティーナは、先日砂糖菓子のような男爵令嬢と騒動を起こした第三王子の婚約者だ。今回の婚姻についてかなり乗り気の様子で、養子先を考えた時に真っ先に手を挙げたのだとか。
「ラドル公爵閣下にもご迷惑をおかけしてしまいますね。」
ミリアーナは眉尻を下げ、困ったように微笑む。
「いえ、これは王弟殿下からの要望らしくてよ。もともと辺境とのつながりをつけたかったらしいのだけれど、ラドル家のご令嬢はみな華やかなものが好きでね、辺境へは嫁ぎたくないのですって。あなたに感謝していると言っていたから、持参金を弾むように言っておいたわ。」
「え!?そんな、養子というだけで迷惑をかけているのにそこまでは。」
慎ましく遠慮をするミリアーナに、クローディアは厳しい目を向ける。
「よく聞いて、ミリアーナ様。お優しく慎み深いのはあなたの魅力。でもそれだけだとこの社会では侮られ、あなただけではなく大事な人まで搾取される対象となってよ。」
子どもの頃から搾取される対象であったミリアーナは、優しく慎み深い。ただ自己評価が低く、卑屈に見える態度をとってしまう。貴族家へ嫁入りし、領民たちを守る立場になるのであれば、そこは大きな欠点となってしまうだろう。
「今まで奪い取られるのはあなただけだった。でもこれからは、あなたが貴族らしく強欲に、誇り高く居なければ守るべき領民たちが被害を受けることもあり得る。わたくしたちは、得られる利益はしっかりと受け、民に還元する必要があるわ。」
ふっと張り詰めていた緊張感を緩め、クローディアは続ける。
「それにね、そもそも公爵閣下はあなたとちょっとでも繋がりを持っておきたいのよ。公爵閣下だって慈善ではない。突き返したら、今後のお付き合いは控えたいとでも言ってるみたいではない?だからこそ貰っておいて、領地のため、結婚生活のために使いなさいな。安心して、恩を感じるほどの額ではなくてよ。」
ミリアーナはその言葉に耳を傾け、しっかりと自分の中に落とし込んだようでゆっくりと頷いた。
「そうそう、ミリアーナ様。あなた、自分が養子に出るという意味、正しく理解しているかしら?」
普段よりは装飾が控えめな部屋用の扇子を口元にあて、クローディアは窺うように微笑む。
「養子の話を聞いたときから、伯爵家の未来は覚悟が出来ております。領民たちさえ守れるのなら、どのような未来でも受け入れます。」
はっきりとしたその言葉を聞き、満足そうに黒髪の美少女は頷いた。