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リュカのお茶会 1

「何ですって!!??」


 グリーク帝国でも古い歴史を持つ侯爵家令嬢、イングリッドははしたなくも大きな声を上げ、近くにあったクッションを思い切り壁に投げつけた。普段淑女らしく体を動かすことは無いイングリッドが投げたところで壁に届くはずもなく、空中で力を失ったようにポスンと落ちたことさえも、彼女をただただ苛つかせた。


「お嬢様、どうか落ち着いてくださいませ」


「ターニャ。これが落ち着いていられると思って!?」


 イングリッドは美しい花柄の布地が使われたソファーから立ち上がると、ターニャと呼ばれたメイドが持つ手紙を奪い取るように受け取った。腹が立つほど上質なその手紙は、甘いのにスパイシー、どこが異国を感じさせる香りがした。



「リュカ? リュカって誰よ!! グラディオス様の正妃にふさわしいのはわたくしのはずなのに」


 顔を真っ赤にさせて叫ぶイングリッドはまだ15歳。淑女としての教育はされているものの、まだまだ恋や結婚に夢見るお年頃。彼女にとってその夢の相手とは、幼いころに一目惚れをしたグラディオスただ一人だった。


 グラディオスは既に妃の一人や二人娶っていてもおかしくない。それでもいまだ正妃を決めてしまわないのは、意中の女性が成人していないからでは、というのが社交界でまことしやかにささやかれている噂だ。そしてその相手はきっとイングリッドのことだと彼女は夢見ていたのだ。


 彼女には十分な美貌と素晴らしい血統、高位貴族ならではの教養に社交性もあった。その条件の良さが、彼女の妄想を悪化させていた。



「きっとこのリュカという異国の女に騙されているのだわ!」


 だからこそ、突然届いた報せは彼女を絶望に突き落とした。


 グラディオスが異国のリュカなる女を正妃と決め、帝国に連れ帰ったというのだ。その女は図々しくも、帝国の高位貴族の令嬢たちを集め、茶会を開くというではないか。婚約者の分際で、もう皇太子妃気取りかと八つ当たりのようにイングリッドは憤る。


 けれども彼女は若く、それは前向きに敵を排除しようと考えるだけの力となった。


「わたくしが化けの皮を剥いで差し上げるわ。待っていらっしゃい、泥棒猫!!」


 イングリッドは仁王立ちして、ぐっと拳を握りしめる。とはいえまだまだ15歳。リュカがこの場面を見れば目を細め、「可愛いレディだね」 とイングリッドのゆるく巻いた髪に口づけるだろう。イングリッドはまだ、敵を知らない。




***


「おや、花の妖精に会えるとは。麗しき妖精姫、あなたの名を聞く栄誉を頂けませんか?」


 茶会当日、イングリッドは燃え上がるような闘志を秘めて皇城へとやってきた。ただ燃え上がりすぎて気持ちがはやり、あまりにも早い時間だったので庭園を散策することにしたのだ。


「まあ、お上手ですこと」


 余裕ぶって答えたは良いものの、目の前の美しい青年にイングリッドは頬が赤く染まるのを止められない。一途に皇太子であるグラディオスを思ってきた彼女は男性にあまり興味が持てなかった。けれどもここまで美しい男性は、彼女にとって初めてだ。


「フロスト侯爵家のイングリッドですわ」


「まさかご令嬢とは。不躾にお声がけして申し訳ない。あまりにも愛らしかったので、僕は本当に妖精かと、いや、お恥ずかしい」


 美しい青年にひたすら褒められて、イングリッドはここに来るまでの苛立ちを全て忘れてしまった。そんな些細な怒りでこの最高の一時を汚したくなかったのだ。


「お詫びにどうか、似合う花を贈らせて欲しい」


 青年からそっと差し出されたのは黄色のフリージア。身に纏う、黄色の薄絹を何枚も重ねたドレスに合わせたような贈り物にイングリッドの頬は赤くなったまま。どれだけ時間が経とうとも、その熱はひいてはくれない。


 背の高い青年はそのまま花を結い上げた髪に飾り、「ああやっぱり。君に良く似合う」 そう言って微笑んだ。



「フロスト侯爵家のご令嬢ということは、お茶会に呼ばれたお嬢さんだね。僕が案内しよう」


 美しい青年のエスコートがあまりに自然で完璧な所作であったため、イングリッドは青年が名乗っていないこと、手を取る彼の指が意外にも華奢なこと、そしてほんの少しだけ異国を感じさせるイントネーションであることに気付かなかったのだ。

 気づく余裕が無いほどに、頭が茹っていたとも言える。




「さあ、ご令嬢。お茶会についたよ」


 青年はそう言って、イングリッドの席まで案内をした。どうやら青年と話している間に時間が経っていたようで、他の令嬢たちはあらかた揃っていた。

 彼女はぽおっとしたまま、夢見心地でふわふわとしていたので、案内が無ければたどり着くことは出来なかっただろう。しかし席についてしまえば青年は行ってしまう。なんせ今日は女性だけが招かれたお茶会なのだ。


 切なげに見上げると、その青年はくすりと笑い、彼女の手の甲に軽くキスをする。その場に揃った令嬢たちは、羨ましくもある夢のようなシチュエーションに思わず黄色い声を上げていた。


 ああ、これで本当に行ってしまう。出来れば追いかけたいけれど、今日は忌々しいリュカなる女に鉄槌を下さねばならない。けれど最早リュカという女など、どうでも良いのではないだろうか。


 イングリッドが心の中で葛藤をしている間にも、青年は少しずつ遠ざかる。



「え?」


 青年が主催者の座る席に腰かけたものだから、イングリッドの淑女の仮面はポロポロ剥がれ、はしたなくも声が漏れ出てしまった。


「麗しいご令嬢方、今日は僕のために集まってくれてありがとう。僕の名前はリュカ。新参者だから仲間に加えてくれるかい?」


 カランとカトラリーが落ちる音がする。本来であればヒソヒソと馬鹿にされるような粗忽さではあるけれど、今日は誰も責めやしないだろう。麗しいこの青年が、皇太子の妃だなんて誰が思っただろうか。



 令嬢たちが混乱状態にある中で、麗しい青年、リュカは語る。自分の生い立ち、男の装いをしている理由、そしてグラディオスの出会いまで、それは赤裸々に話した。そのどれもが波乱万丈で、最初はあっけにとられていた令嬢たちも、ついつい身を乗り出して話を聞くほど。


 リュカは世継ぎの王子だった。宮廷を牛耳る狸親父や他国の王族、そういった可愛げの

無い相手だって会話一つで篭絡する。それに比べれば華やかで可愛らしく甘やかな令嬢方を夢中にさせるなど、訳もない。



 令嬢たちは涙した。


 男として厳しく育てられた彼女の生い立ちに。



 令嬢たちは拳を握り憤怒した。


 罪無き彼女を見捨てた異国の王と、彼女の家族に。



 令嬢たちは胸を高鳴らせて頬を染めた。


 幽閉された彼女を救い出した英雄の登場に。



 それはまさに、少女たちが好む恋物語。不遇な主人公を救い上げる美青年との恋。小説や歌劇で見るような、そんな心を揺さぶる物語が現実にもあるだなんてと歓喜した。

 皇城に来るまではあれほど息巻いていたイングリッドでさえ、その流れには逆らえない。なんといっても恋に夢見る年頃だ。大好物な物語が目の前にあるのだから。


 気付けばリュカの祖国の物だという香などを土産に貰い、ウキウキとした気分で帰路に就いていた。




「お嬢様、敵のお姿を見ることは出来ましたか?」


 ターニャは主人に気を遣い、リュカを敵と表現する。家を出る前にイングリッドがどれほどリュカのことを敵視していたか知っているからだ。けれどもイングリッドはキッとターニャを睨みつけ、威圧するように立ち上がる。


「お黙りなさい、ターニャ。リュカ様はとても美しく、聡明で麗しくておまけに良い香りまでしてお優しいお方ですわ。リュカ様に無礼な口をきくなど、このわたくしが許しませんわ!」


 そう言うと、ツンと横を向く。しかし昼間のお茶会を思い返したのかイングリッドの頬は赤く染まり、どこか楽し気な様子だ。やれやれとターニャは謝罪して、いまだに思い出してはクッションに顔を埋めるイングリッドを置いて退室した。



「お嬢様も諦めがついたようで良かったわ。旦那様もお喜びになるでしょう」


 ターニャは肩をさりげなく回すと、ふうと息を吐いて侯爵邸の廊下を歩き出した。


 イングリッドがグラディオスから求められていないことは、イングリッド以外は皆知っていた。けれども中々本人は理解せず、このままイングリッドが諦めきれなければどうしようかと、娘を大事に思う侯爵も頭を悩ませていたのだ。

 侯爵家の頭痛の種が一つ減り、ターニャはまだ見ぬグラディオスの婚約者、リュカへと感謝の気持ちを捧げた。




***


「リュカ、茶会は大盛況だったらしいな」


「ああ、皆可愛らしいお嬢さんだからね。僕としても楽しかったよ」


「扱いやすかったの間違いじゃないのか?」


「君はご令嬢への敬意が足りないね。彼女たちは可愛らしいけれど、それでも大きな力を持つ。侮ってはいけないよ」


 皇太子の離宮にて、二人はゆったりとした時間を過ごしている。本来はまだ婚約者ということで、夜の時間に私室で二人というのは許されない。けれどもリュカの国では常に二人であったため、護衛や侍女たちも下がらせてしまっている。



「そうは言っても、別に友達作りがしたい訳でも無いだろう。お前は自分を悲劇のヒロインに位置づける女じゃない」


「可愛らしいご令嬢たちを傷つけず、僕が妃だと納得させるにはあれが一番だろう。対立して打ち負かすこともできるだろうけれど、せっかく愛らしいお嬢さんたちなんだ。好きになってもらいたいじゃないか」


「好かれたかったのか?」


「ああ、好かれたいね。可愛らしいお嬢さん方に嫌われるだなんて悲しいことだ。それに結局社交界なんてどんな駒を持つか、そしてその駒をどう使うかだ。そして僕は、駒は美しい方が好きなんだ」


 そう言って笑うリュカは美しい。ただ笑うのも良いが、何か策を練る時の顔はグラディオスにとってより好ましい。



「これで終わりじゃないのか? 令嬢方も心酔している様子だったと報告があがってるぞ」


 茶会に男装のまま出ること、そして彼女の生い立ちをさらけ出すことを決めたのはリュカだ。社交界では噂一つで大きく陥れられる。別の大陸のこととは言え、どこから事情が漏れるか分からない。政敵に利用されるくらいなら、最初から自分の属性として晒してしまうという賭けは、リュカの大勝と言えるだろう。

 このままでも令嬢たちはリュカを支持するように思われたが、リュカにはまだ考えがあるようだ。


「憧れだけではね、いつか熱が冷めるかもしれない。乙女というのは熱を持ちやすいものだけれど、冷めるのも意外と一瞬だったりするのだから」


「ほう、それでは次は何をする?」


「まあ見ているが良いよ。彼女たちはあと数年もしたら夫人として社交界を優雅に飛び回る蝶となる。だから僕は、大事に彼女たちを育てるのさ」



 リュカは長い脚を組み直し、ワインにゆったりと口付けた。美しいプラチナブロンドの輝きに、惹きつけられるようにグラディオスは手を伸ばす。パシンと叩かれて、馬鹿にしたような目で見られるけれど、それさえもグラディオスの心を高揚させるのだから質が悪い。


「それは楽しみだ」


「ああ、僕らの未来は安泰だ。君が馬鹿なことをしない限りはね」


 二人で過ごす皇城は息苦しさなど感じる暇もない。ただ楽しい、対等に語り合える美しい婚約者を前に、グラディオスは愉快そうに笑った。

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― 新着の感想 ―
めっちゃ面白かったです!
とても大好きな作品になりました。途中で出てくる、貴族の衣装についてそのつど調べながら想像を膨らませながら読みました。
リュカ様の駒になれるなら僥倖…! イングリッドちゃんも、読者と一緒に紫の旗を振りましょうねー(*´ω`*)
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