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真昼の光が、海を照らし、水晶のような輝きを発していた。海は透き通り、珊瑚礁には、小魚たちの群れが遊弋している。
水平線まで、つづく海面は鏡のように凪いでいた。
どこまでも美しい海の中、アルフォンスの絶叫が響いていた。
「あばぶぅぅううううう! 死ぬ! 溺れるぅううううううう!」
「死なぬ。アルよ、落ち着け、足が着くところでどうして溺れるのじゃ?」
悲鳴をあげるアルフォンスをミストルーンが諭して、彼の手を握る。アルフォンスはミストルーンの腰に手をまわして、顔を海面から出した。
ミストルーンのお腹に耳を押し当てるようにして強く抱き締め、ガクガクと身体を震えさせる。3秒後、アルフォンスは海水を口から吐き出して、咳き込むと、青ざめた顔で銀髪の皇女に訴えた。
「……もう無理です。これ以上やったら死にます……」
「死なぬと言うておろうに……。妾の太ももまでしか海水がないのじゃぞ?」
「いいえ、そもそも僕は海が嫌いです。しょっぱいし、ベトベトするし、波があるし、魚が足をつついてくる。海辺には汚らしい虫が百万匹もいる。こんな所は人間のいる所ではないのです!」
「分かった、分かった。……そんな拷問されたような顔をせんでくれい。妾が悪かった……。よしよし、大丈夫じゃ。大丈夫じゃ……」
ミストルーンはアルフォンスの頭を優しくなでた。
◆◆◆
アルフォンスの提案で釣りに変更した。岩場に腰掛けて釣り糸を垂らす。ここらは釣り糸を垂らすだけで、魚が山のように釣れる。ちなみにアルフォンスは虫に触れるのも嫌なので、虫を取るのも、釣り針に虫をさすのも、ミストルーンの仕事である。
「アルは、戦場を離れると、本当に何もできんのう」
ミストルーンは、アルフォンスの釣り針に虫をとおした。
「ええ、自慢ではありませんが、僕は闘うこと以外は何もできません」
アルフォンスは、微笑を湛えた。
「カッコイイ台詞じゃが、何故、格好悪く見えるのじゃろう?」
ミストルーンは首をひねった。
「それはミスティが男の格好良さを、まだ理解できていないからです」
「男の格好良さと、もっとも無縁なのがアルだということだけは分かる」
ミストルーンは虫を刺した釣り糸を海にほおった。
「酷いことを言いますね。僕はパミーナに子供の頃から、
『何も出来なくても、お兄様は素敵です。カッコイイです。
いざとなったら、パミーナが何もかも全部世話して、食べさせてあげるから、自信をもってダラダラして下さい』と、こっそりと毎日、言われてきました。よって、僕は素敵でカッコイイ人間なのです」
「……なぜか分からぬが、パミーナが凄く怖い……」
「美しい兄妹愛を怖がらないで下さい」
「……すまぬ。しかし、何か歪んでおるような気がするのじゃ……」
「ミスティの気のせいですよ。あっ! 釣れた!」
「おお! デカイ魚じゃの! クロダイじゃ!」
「やった。ほら、ミスティ、早く僕の釣り竿から取って下さい」
「うむ! まかせよ!」
ミストルーンは、アルフォンスの釣り竿からクロダイを取って両手でかかげた。
「凄いぞアル!」
「そうでしょう! 僕は凄いのです!」
ふとミストルーンは、手の中でビチビチと勢いよく暴れるクロダイを見ながら思う。
(アルと仲直り出来て良かった)
この島に来た当初、アルフォンスとミストルーンの関係はぎこちなかった。それは、一方的にミストルーンが、アルフォンスにたいして、罪悪感をもちアルフォンスを避けていたからだが。
ミストルーンは、アルフォンスを無理矢理、気絶させて、この島まで亡命させてしまった。自分の判断が絶対に正しいとは確信できず、また、アルフォンスに嫌われたのではないかという思い込みがあり、ミストルーンはアルフォンスから逃げていた。
アルフォンスはそれに気付き、ミストルーンに深々と謝罪して、自分の不明を詫び、そしてミストルーンに感謝した。
「もし、ミスティが止めてくれなければ、僕は死んでいたでしょう。いえ、それだけでなく、無辜の民を巻き添えにして無意味な死を強制する所でした。ミスティ、ありがとうございます」
その刹那、2人の関係は元に戻った。いや、前よりも心の交流が深まった。
ミストルーンがクロダイを籠にいれた直後、アルフォンスがまた魚を釣り上げた。
◆◆◆
アルフォンスとミストルーンが、こうして釣りを楽しんでいる頃。
遠く海を隔てたバルハーム大陸において、異変が生じていた。




