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北部総督シルヴァン皇子の本城は、大陸北部・アークトゥルス領にある。アークトゥルス領は、帝国領の最北端に位置し、冬は長く厳しい。
そのアークトゥルス領の広漠とした大地に、3万の騎馬軍団が疾駆していた。剣と槍が陽光に反射し、光りの帯となって大地を流れていく。
北部総督シルヴァンは、丘の上で自軍の演習を眺めやっていた。
シルヴァンは、24歳。氷の彫像をおもわす美貌と、赤い髪に青銅色の瞳の所有者で、均整のとれた長身を黒い鎧でつつんでいた。
「皇帝の書状は、予想外だったな、クラウディア」
シルヴァンが、横で馬をならべる女性に語りかけた。
「まさに天佑にございます。神々が殿下に与えられた恩寵にございましょう」
青灰色の髪と水色の瞳の美女ーークラウディアが薄い笑みを浮かべた。クラウディアは、シルヴァンの情婦であると同時に謀臣である。
「恩寵か。ならば最大限に利用することこそ神意に沿うことになるであろうな」
シルヴァンは、青銅色の瞳を細めた。
皇帝ラスローの書状は、大陸制覇を目論むシルヴァンに、これ以上ない大義名分を与えた。
何年も前から、シルヴァンは、謀臣クラウディアとともに玉座を簒奪するべく策謀を練ってきた。その基本計画は、南部総督イリアシュ皇子を挑発し、激発させて大乱を引き起こす。そして、イリアシュ皇子を討ち取って、大陸の支配権を奪取するというものだった。
この計画を現実のものとするために、巨費を投じて、南部に賊徒を横行させた。またイリアシュ皇子の正室・クリスティーネ夫人に暗殺者を差し向けたのも、全てはイリアシュと南部諸侯を激昂させて、戦乱を誘発させるためだった。
だが、皇帝ラスローの書状で、もはや謀略をめぐらす必要性させなくなった。あとはただ戦争に勝利し、イリアシュとその一族を悉く根絶やしにするのみだ。
(それにしても、ラスローがこれ程の愚挙に出るとは予想外だったな)
シルヴァンは胸中で独語した。どうやら脳に腫物ができて余命幾ばくもないという情報は事実だったようだ。皇帝は、病によって精神の均衡が崩れているのであろう。そうでなければ、あのような書状を大陸全土にばらまいたりはすまい。
シルヴァンは、クラウディアに視線を投じた。
「北部の全諸侯に通達せよ。南部の弱兵どもに北部人の勇武を見せる時が来た。剣と槍をたずさえて我が元へ参集せよ、とな!」




