捕縛
3人は夜明けとともに行動を開始した。
飛行魔術で飛び立つとエリシスの言う通り、すぐに景色が変わり荒野の色合いが茶色から紫がかった薄気味悪い雰囲気をかもし出す色合いに変わった。
そして目で見える高範囲に一筋に大きな亀裂が入ったような谷が現れた。
和樹はそっと着陸した。
「エリシス、ここが深遠の谷か?」
「そうです。ここからは慎重に行きましょう」
3人はそっと谷の底を覗き込んだ。
しかし、あまりにも深く上からでは何も見えなかった。
「エリシス、この谷はどこも底が見えないほど深いのか? なぜ王都の騎士は魔族が集まっているのが見えた?」
「全箇所が深いわけではありません。東の谷の端はなだらかな斜面になっており、そこから騎士は魔族が谷の中に入って行くのを騎士は見たのだと思います」
するとウェルマが和樹の頭の中に直接話しかけてきた。
『確かに、数えきれないほどの魔族を感じます。どの個体も以前より強い魔力を感じます。そして、その中でも飛びぬけて強い魔族も数体混ざっているようです。お気をつけてください』
『わかった』
「確かに魔族が大量に居るみたいだ。ウェルマが教えてくれた」
「でもどうする? 情報を手に入れるにしてもどうやってする?」
確かにコモナが言うように難しい調査であった。
魔族を尋問したところで簡単に情報を教えるとも思えない。
かといって潜入するにも魔族の数が多いらしいので見つからずに情報を手に入れるのも難しい。
しかし、和樹には考えがあった。
「試したい魔術がある。まずは俺が1人で東に向かい、単独で谷に居る、もしくは入ろうとしている魔族を俺の毒属性の睡眠ガスで眠らせて森属性の魔術で捕縛し転移魔術で昨日夜を越したところまで転移させる。そこに現れた魔族をコモナとエリシスに俺が戻るまで見張ってもらいたい。俺もすぐに転移魔術でそちらに向かう。そしたら、毒属性の催眠ガスを使い魔族から情報を聞き出す」
「和樹はもう何でもやりたい放題だね」
「そうね」
2人は呆れた顔をしていた。
「2人ともいいか?」
「うん」
「わかりました」
作戦が開始された。
まずコモナとエリシスを転移魔術で移動させた後、和樹は1人で東に向かった。
魔族に見つからないように最初は高い高度を取りつつ東に向かう。
すぐに東に到着すると、そこにはすでに何十もの魔族が谷に入っているのが見えた。
しばらく様子を見ると、少し群れから遅れて谷に入ろうとする他の魔族と比べて小さめな二足歩行で歩く魔族が見えた。
和樹はその魔族に狙いを定めた。
まず風属性の魔術で砂ぼこりが立つ程度の風を起こし、他の魔族の視界を一瞬遮らせた。
そして和樹の手から催眠ガスを発生させ転移魔術で狙いの魔族の近くに漂わせ眠らせた。
魔族がクラっと倒れないように森属性で地面から静かに蔓を出して魔族を捕縛した。
すかさず、転移魔術を2人の所に繋ぎ引魔術で魔族を転移させた。
和樹も転移魔術で2人に合流すると無事に魔族は寝た状態で捕縛されていた。
「成功のようだな。目が覚める前に催眠ガスを出す」
和樹は催眠ガスを作り出し、魔族の周辺に漂わせるとすぐに魔力障壁で魔族を囲いガスを拡散させないようにした。
和樹は聞き出し始めた。
「聞こえるか?」
魔族は目を覚ましたが虚ろな目をしていた。
「……聞こえます」
無事に催眠にかかったようだった。
「魔族はなぜ谷に集まっている」
「……魔族の幹部の中の1人がこの周辺国家に潜んでいる魔族すべてに呼びかけ、大作戦をするので深遠の谷に集まるように言われた」
「大作戦とはなんだ?」
「……魔王を復活させる作戦」
「なに! どういう作戦だ?」
「……それ以上のことは聞かされていない」
「詳しい内容は谷の中に入った魔族か、その幹部から聞くしかないがどのみち危険だな。いったん王都に戻ろう。深遠の谷にはもう来たからまた転移魔術ですぐ来れる」
和樹はその魔族を土属性の魔術で地中奥深くに埋めた。
「よし戻ろう」
3人は転移魔術ですぐに王城に到着した。
すぐに王のもとに参り、トイドもすぐに呼んだ。
「3人とも早く戻ったな。それでどうだった?」
「話す前に一度護衛兵を外してもらえないか?」
「……なるほど。わかった。みな下がれ」
ぞくぞくと騎士達が王広間から扉から出ていく。
騎士たちと入れ替わりでトイドもやってきた。
「この様子じゃと、最悪の報告のようじゃな」
「……1体の魔族を捕縛し催眠状態にして情報を聞き出したのだが王の言っていた通り、魔王復活を企む魔族の幹部がいるらしい。その幹部の呼びかけで魔族を大量に集めていると言っていた。作戦などの詳しい情報はまだ教えてられてなく聞き出せなかった……」
「幹部の中に魔王の居所まで知っている奴がいるということか。そうでなければそんな作戦出来るはずがない。あのマナとトイドの魔王との戦闘を見ていた幹部がいたということか。トイドどう思う?」
「確かにあの時魔王を含め多少の魔族はいたがあまりにもマナとわしと魔王の力の前にその他の魔族は攻撃の巻き添えで何体も倒れていた。その中に戦いに混ざるのではなく遠くから見ていたものがいたのかもしれない」
「なるほど。これは早急に動かなければならない」
和樹が2人の会話に割って入った。
「俺がまだ深遠の谷に魔族が居る間に黒魔術を使って広範囲魔術を使って攻撃とともに谷を崩壊させるのはどうだろうか」
「なるほど。王都に攻め込まれる前に先手を打つというわけか。それはいい作戦だ」
「確かにいい作戦じゃが、対価はどのくらいじゃ?」
「前にザキが言っていた。心臓を対価にすれば国1つを一撃で破滅させることができるらしい」
「不死の和樹なら大丈夫な対価じゃな。和樹。頼めるか?」
「やってみる。黒魔術の威力がどの程度かわからないから俺1人で行く」
「和樹、1人で大丈夫なの?」
「逆に1人じゃないと他の人に巻き添えを与えてしまうかもしれない」
「そうだよね…… じゃあコモナと待っているね」
いつものようにコモナは和樹を心配そうな視線で見つめる。
和樹はコモナの頭に手を当てた。
「安心しろ。すぐに戻ってくる」
「待ってる……」
和樹は転移魔術で深遠の谷に向かった。