水浴び
「ここがわしの家じゃ」
訓練所からも王城からも遠く町の中心から離れ、街中ではなく小さな草原を木々が囲みその中に英雄のわりにポツンと1家だけ小さく佇んでいた。
「国王からはもっと大きな家を勧められたのじゃが、わしはこういう家のほうが落ち着くのじゃ。外からは小さく見えるが、地下にいくつか部屋があって4人が寝泊まりするぐらいはできる。姫には不相応の場所かもしれんがな」
「そんなことありません。素敵な場所だと思います」
「ならよかった。風呂は露天風呂じゃ。この家の後ろに道ができていて、そこの木々を出てすぐのところにある。先に女性陣が入ってくるといい」
「わかりました。コモナ行きましょう」
「うん」
エリシスがコモナの手を引き露天風呂に向かった。
「2人は行ったか。和樹よ。茶でも飲みながらちょっと話そう」
「わかった」
トイドに着いていくように和樹は家に入った。
コモナの家と違い、木でできているのではなくレンガのような土を固めた物で壁を作り、中には暖炉や木でできた机や椅子。
確かに英雄とは思えないほど貧相な家に見えた。
トイドは茶を作り、2つ机に置いた。
先にトイドが椅子に腰かけ、遅れて和樹も椅子に座った。
「和樹よ。わしはお主ならマナの遺志を継ぐにあたいすると思っている。しかし、それは身勝手ではあるが自分の身を滅ぼす可能性がある。このような役割をまだ若い和樹のような青年に託すことになってしまうしかないことを許してくれ。わしのような老いぼれにできる事なら代わりにマナの遺志を継ぎたいのじゃが……」
「マナの本から教わった。他の皆やトイドですら奴を倒すことはできないってことは聞いた。俺はマナの孫であるコモナに救われ前世では味わえなかった気持ちを教えてもらった。今度は俺の手でコモナやこの世界の皆を救いたいんだ。まずは目の前の問題である強化された魔族を何とかしなくちゃいけない。だからもっと俺が強くならないと……」
「本当なら転生者の和樹ではなく、この世界の者の問題なのに和樹に頼らざるおえないことをこの世界の1人の人間として詫びさせてくれ」
「それは違う。すべてあの神が悪い! あの神がよりにもよって魔族の所になんて召喚したのが悪い」
「お主も神に会ったのか。マナも会ったと言っていた。しかしマナの話では最初は村の近くの森の中に召喚されたと言っていた。なぜ和樹をそんなところに神は召喚したのじゃろうか」
「……魔族の仕業かもしれない」
「どういうことじゃ?」
「マナが村の近くの森で召喚したというなら神は俺もある程度安全なところに召喚しようとしたんだろう。しかし俺が召喚されたのは神の意志とは別に魔族が召喚の儀式のようなことをしていた。おそらくその影響で魔族側に召喚されてしまった」
「しかし、神ほどの力ある者が魔族の儀式に負けるというのか?」
「これは憶測だが、任意の場所に神は送る力はあるが送り付けるわずかな時間に魔族の儀式が介入してきて俺はそちらに引き付けられた。魔族は幾度となく儀式をやっていたようなことを言っていた」
「魔族は召喚などして何を企んでいるのじゃろうな」
「おそらく兵器や魔族の強化だろう。だからこそ俺をまた実験体にしようと狙ってくる」
「なるほどな。和樹はなかなか頭がいいのう」
「頭がいいんじゃない。考え悩むことが得意なだけだ。その結果、悩み苦しみこっちに来ちゃったんだけどな」
すると、ドアが開いた。
「トイド様。お風呂ありがとうございました。コモナ気持ちよかったね」
「うん。さっぱりした。和樹も入らせてもらいなよ」
「そうだな」
和樹とトイドは長話を終わらせたが、まだお互い話し合いたい気持ちがありながら立ち上がった。
「わしは、夕食の準備でもするかのう。2人とも手伝ってくれるか?」
「もちろんです」
「わかったわ」
「じゃあ俺も風呂に行ってくる」
和樹は正面ドアからまた外に出て家の後ろ側に回った。
話の通り、家を囲むように生えている木々に向かって道ができていた。
月の光を頼りに道沿いに歩いていく。
木々の中に入ると水が流れる音が聞こえてきて足元は暗くなり見えづらくなったが、すぐに木々の場所から抜け出せた。
そこには小さな滝があった。
やはり、和樹の想像する露天風呂とは違っていた。
露天風呂というより水浴び場にしか見えない。
コモナの村でも同じようなところで体を洗っていた。
和樹は少しの段差があるので、ジャンプして降りると滝から流れる水しぶきが肌に触れてヒンヤリと冷たく感じた。
元の世界の暖かい風呂ではなく、水風呂にもすでに慣れた和樹は服を脱ぎその上にザキが変化したネックレスを置いた。
滝の近くまで水にゆっくりと浸かりながら上から流れてくる水に頭を入れた。
心地よく打ち付ける水で頭を洗う。
次は胸のあたりまで水に浸かるところで座り、手で全身を撫でるように洗っていく。
洗い終えるとしばらくそのまま水に浸かった。
心が静まる気分でいると、ネックレスになっていたザキが元の姿に戻った。
「さっき話していた奴って誰の事?」
「今は誰にも言わないと約束できるか?」
「それはどうかしらね」
「なら言わない。周りに混乱を招くだけだ」
「冗談よ。言ってみなさい」
「……魔王だ」
「魔王? まだあんな奴いるの?」
「とある場所に封印されているらしい。いつ封印が解けるかわからないから、封印が解ける前に絶大な力で滅ぼしたいんだ。それがマナというコモナの祖母でもありトイドと同じ英雄に頼まれた」
「今は封印されているのか。それで黒魔術なんだ」
「今の俺で魔王を滅ぼすほどの強い力を使えるか?」
「んー無理ね。私たち悪魔は願いに対しての対価を感じ取ってそれを要求する。今のあなたからはそれに相応しい対価を感じない。例えば、弱いものが世界構築変えたいと願ったとする。しかし、そんな神にしかできないような願いを叶えられるほどの対価を弱者が用意できるわけがない」
「俺じゃ無理なのか……」
「けど、対価はその者の成長で変わる場合がある。特に力に関しては。例えば魔王と和樹の力の差がわずかだったとしたら対価は軽くなる。今はあまりにも力の差がありすぎる。だから対価を感じ取れない」
「なるほど。俺が強くなれば可能性が出てくるわけだな。おそらく英雄と言われるくらいだからトイドはこの世界でも最強クラスだろう。しかし、転生者であるマナには勝てなかった。だからマナは転生者に賭けたのか」
「まー和樹の場合、私は食べることで力を与えるタイプだけど、大体の人間は臓器を食べられたら死ぬのと一緒だから1回きり他の悪魔よりすごい力を与えられたけど、和樹はそれがやりたい放題の体だから私との相性は抜群ね」
「例えば、心臓を食わせたらどの程度の力をもらえる?」
「そうねー。国1つを一撃で破滅させることくらいは容易いわね」
「そんなにすごいのか。けどそれですら魔王は倒せないか……」
「あの強さは別次元だからね。私もよく召喚されて魔王を倒せるように頼まれた時があったけど、その時の魔王の戦闘のすさまじさは異常だった。確かにそのマナっていうのが封印だけでは落ち着かないのは納得いく。もしあれが封印が解けて暴れだしたら今度こそ世界の終わりかもしれないわね」
「1つ疑問なんだがいいか?」
「なにかしら?」
「悪魔はそれほどの力を与えられるのになぜ魔族のように好き勝手暴れない?」
「私達、悪魔は与える力はあっても自分自身に力はたいしてないのよ」
「なるほどな。それじゃあそろそろ戻るか。絶対にこの話はトイド以外に話すなよ」
「わかってるわよ」