自殺転生
「これで死ねるか」
天野和樹は今まさに自殺をしようとしていた。
自宅の部屋でロープの先を適当に結び、ドアで挟みロープが引っ張られても抜けないように固定した。
そして椅子の上に立ち、首にロープを巻き付けた。
中学校を卒業してすぐに仕事に就き、5年の月日が流れ20歳になったが休みもろくにない仕事ばかりの生活。
目つきが悪いことから何かと上司に態度が悪いと怒られストレスが溜まる毎日。
給料も安く、お金は生活費で賄うだけで精一杯。
遊ぶ金がたとえあったとしても遊ぶ気力もしたいこともない。
両親は小さいころに和樹を捨て行方知れず。
将来のことを考えても、ろくな未来を思い浮かべることもできなかった。
そしてそんな人生に嫌気がさして、ついに自殺を決意した。
すべての準備が整うと、いよいよというところで少し怖くも感じたが死にたいという想いが勝っていた。
ふっと一息つき立っている椅子を前に倒した。
和樹は気が付くと真っ暗な空間にいた。
「ここはどこだ?」
周りを見渡しても真っ暗で何も見えない。
自分の声以外に音もせず、空気の流れも感じない。
手探りで周りを触れようとしても何もない。
床の感触すらなかった。
和樹はこんな状況下でも恐怖心すら感じずただ困惑していた。
「もしかして、死後の世界か! 暗くて何もない世界! あんな世界よりこっちの方がいい! やったー!」
『呆れた奴だ』
どこからともなく男の声が頭に直接、聞こえてきた。
若すぎる声ではなくどちらかというと年老いた声に聞こえる。
右や左でもなく頭の中に直接響いているように不思議な感覚だった。
「誰だ? ……神か何かか?」
『そのように言われることもある。しかし正確にはお前たちが理解できる概念を超えた存在だ』
和樹は聞くだけ聞いたがまさか本当に神様が存在していることに驚いた。
そしてこの状況より、これからどうなるかを知りたくなった。
「そ、それで俺はこれからどうなるんだ? 神がいてこんな世界があるならやっぱ地獄とかにでも行かされるのか?」
『通常であれば元の世界に記憶を無くし赤ん坊に生まれ変わる』
「またあんな世界に俺を送るのか? 送られてもきっとまた自殺するぞ。あんな世界で暮らすぐらいならここに居るか地獄のほうがいい」
『行ったこともない地獄に、そっちの方がいいと申すか。本当に愚かだ。お前には地球に戻すのではなく異世界に行かせるべきかもしれないな……』
「は? 異世界なんて言うのがあるのか? きっとあの世界よりはいい所だろう! 是非送ってくれ! あの世界と同じようならまた自殺すればいい事だ」
頭の中で笑い声が聞こえてくる。
『だからこその異世界。異世界は地球にはない魔術や特異体質な存在や変わった生物や種族もいる。そこにお前には死にたくても死ねない不死身の体で送ろう。では精々頑張って改心するといい』
すると徐々に暗闇の世界が白く明るい世界に変わりつつあった。
「ふざけるな! そんな呪いのような体にするな!」
それだけ言い残し光に包まれた。
しかし、神にも想定外の出来事がいきなり起こってしまった。
最初は安全な村の近くに転移させたつもりで安心していると、異世界側の干渉により和樹はまさかの場所に転移させられてしまった。
神は異世界にあまりにも強大な力故、直接干渉することが出来なくなってしまい手遅れだった。
和樹はゆっくりと重い瞼を開け、目を覚ました。
「ここはどこだ……」
周りを見渡すと薄暗い洞窟のような場所に、2足で立っているが人間とは似ても似つかないほど醜い姿で角や大きな牙が生えている者。
大きな目玉が1つだけある者。
手足が複数本あるものなど色々な種類の化け物らしいのがいた。
そこに奥のほうから周りのやつとは違う、異様な感じがする人間の姿に近いが眉間に3つ目の瞳と翼が生えて褐色肌の化け物が歩いてきた。
周りを囲んでいた化け物はその者に道を譲り和樹の前に立った。
目を合わすと和樹は恐怖を感じ喋ることすらできなくなった。
「こいつの適性能力はどうだ?」
この異世界の言葉を和樹は理解できるようだった。
タコのような姿をした化け物が触手で和樹の手足を掴み、和樹は抵抗するように手足を激しく動かすが触手を振りほどくことはできなかった。
触手の1本を額に当てた。すると余った触手の1本から青白い見たこともない文字やグラフのような映像が出てきた。
「魔力適性無。身体能力最低レベル。失敗のようです」
「数百回やってようやく成功した古代の召喚魔術がこの程度とは呆れる。殺せ」
「了解しました」
すると和樹の胸に触手の一本が貫いた。
和樹は一瞬の出来事で声すら出なかった。
すぐに触手は引き抜かれて、和樹の胸には大きな穴が空いた。
しかし、その胸に空いた穴から出る血が徐々に穴を埋めて体を再生させていく。
周りの化け物も驚いていたが和樹はその光景を見終えると気を失ってしまった。
「なに? ……これは面白い。実験室まで連れていけ。拘束して、普通の者では体が耐えきれない身体強化や魔力強化などの薬による実験に使い、我々でも耐えられるような薬の開発に使え」
目を覚ますとまた同じように周りに化け物が囲んでいた。
手足には太い鎖で拘束されて身動きが取れない。
両腕には採血用の注射針が針が刺さっておりパイプで採血し続けていた。
すでに和樹の体を使った薬や毒の投与を和樹の体を使い実験が始まっていた。
体には拒絶反応で痺れや痛みを感じるが和樹の体は耐え続けた。
日に日に和樹の感情は薄れ、肉体の痛みは一切感じなくなった。
数ヶ月が経ち、実験員の些細な一言に和樹の感情を呼び覚ました。
「こんなにいい実験体を送り付けてくれた神には感謝しなくちゃいけないな」
和樹は神という一言が耳に入った途端、朦朧とした意識が怒りで一杯になった。
和樹は意識があった最初の実験のころ、ずっと神を憎み続けていた。
しばらくして考える事すら放棄していた和樹だが、魔族は口にしてはならない事を言ってしまった。
手足に繋がれていた大きな鎖を引っ張り、手足の部分の鎖が壊れた。
動き出す和樹を止めに来る者を手で薙ぎ払い壁に打ち付けて倒していく。。
数多の実験により和樹の身体能力は以前とは比べ物にならないほど強化されていた。
腕を掴む者は投げ飛ばし壁にめり込むほど叩きつけた。
すぐに周りを囲うよう数十体、武装した者や何かを唱えながら遠距離攻撃され和樹の体はボロボロに傷だらけになったが元の体に再生した。
再生を終えると地面を殴り、床を崩しその一撃の攻撃で衝撃波を発生させ周りを蹴散らした。
衝撃波は床を崩したが天井も崩してしまい皆瓦礫に埋まった。
和樹も瓦礫に埋まってしまい普通の人間なら重傷の傷だがすぐに再生して体に乗った瓦礫を右腕で吹き飛ばした。
立ち上がると岩に挟まったボロボロの布を引っ張り出し、体を覆った。
和樹はこの不死者の体と人ならざる力で、いずれ神に不死者と実験された力で恨みを晴らすことだけを考え動き出した。
瓦礫から出て洞窟を進み続けると外に出ることができた。
今まで薄暗かった場所から日差しの強い、荒れ果て草木が枯れた大地が広がっていた。