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一会誘魄死神結社の日常

番外編 「調野ゆめ」の物語 1

作者: 弔野ゆめ

これはもしもの世界の物語。

死神「調野ゆめ」が、誘魄を続けていた未来の物語……。


※この番外編は3部作です


これは、「もしもの世界」の物語。



「さてと、今日はお迎えに行く数が少ないので、のんびり現世観光ができそうですね」


茜色の輝きを帯びた、背丈ほどの大鎌を携えた少女は、楽しそうに笑いながら眼前にそびえる巨大な門を見上げた。


歩を進めると、門の前には巨体の鬼が立っている。


「一会誘魄42の977、調野ゆめでーす」


「はい、受付は済ませてあるわ。今日もお勤め、行ってらっしゃい!」


逞しい体躯とは裏腹に、鬼は優しい声で調野を送り出す。


「はーい。行って参りまーす」


門の外は、断崖。

底の見えない闇に向かって、調野は大鎌を軽々と振りながら、笑顔を崩さずに飛び込んだ。



闇とはいえ、存在は有限。


つかの間の暗中下降が終わると、闇が引くと共に手にした鎌が輝きを帯びる。


「無事に現世突入っと……。

ええっと、最初の魂魄さんはどっちかなー」

独り言に応えるように、握りしめた鎌の輝きが地上の一点を指す。


「あっちね、おっけーです!」


緩やかに(くう)を下降しながら、指し示された方向に軌道を修正する。


やがて見えてきた建物は、大きな病院のようだ。


「えっと、最初の魂魄さんは……」


光が指し示す部屋の窓から、中の様子を覗き込む。


小学生位の少年がふたり。

男性がひとり。

女性がふたり。

初老の白衣を纏った男性医師がひとり。


見つめる先には、老齢の女性が、白いベッドに横たわっている。


「あのおばあちゃんですかね。見たところ、老衰?いや、何かのご病気かなー。病院だし。

……っとと、失礼しまーす」


鎌が放つ光を身に纏い、調野は閉ざされた窓をすり抜ける。

誘魄業務の遂行時のみ、死神は現世の障害物を乗り越えるという特権を得る。


おかげで、密室でも深海でも、どこにでも魂魄を迎えに行けるというわけだ。


「そろそろかなー、まだかな」


目の前の人間の命が尽きる正確な時間を、死神は知らされていない。


僅かな魂魄のゆらめきを見極めて、的確に、鎌を振り下ろす。

それが、誘魄の最初の仕事だ。


ひとり任務は、独り言を言い続けてもなお暇だ。

魂の刈り取りの瞬間を見逃さないように目を光らせながらも、独り言は口からこぼれ続ける。


「これだけ家族が看取ってくれるなんて、このおばあちゃん多分すごく幸せ者なんだなー。

……さて、と!」



魂がゆらめいた、その刹那、両手で大鎌を振りかぶる。

老婆を現世に留めていた糸を、


ぷつり


と、静かに断ち切った。




「……ご臨終です」



白衣の男が静かに告げる。


老婆を取り巻く家族たちは、思い思いに声をあげ涙を流す。


「……ご終生、おめでとうございます」


病室の喧騒を他所に、調野は目の前に浮かぶ白い光の塊に向かって、淡々と告げた。


「私は死神の、調野ゆめと申します。

ここから地獄までの、案内を努めさせていただきます。

地獄に着きましたら、閻魔様がお待ちです。そこで貴女は裁かれ、新たな門出を迎えることでしょう」



「ああ、ついにお迎えが来たんだねえ」


白い光から発された(おもい)は、家族には届かない。


「こんなにみんな、泣いちゃって……。ありがとうね、私は幸せだったよ」


「お別れは、済みましたか」


「ええ、ええ……」


「現世に、やり残したことは、ありませんか」


「大丈夫ですよ。

……あの人が待っていると思えば、死ぬことも怖くはないものねえ」


老婆だった白い光は、静かに微笑むように明滅する。


「……では、いきましょうか」


調野は、老婆の言にはなにも答えず、身を翻した。


先立った者が、現世の生者を待っていることは、極めて稀であることを調野は知っている。

だから、老婆の指した「あの人」が、今でも間世に留まっているとは考えにくかった。



窓をすり抜け、空を駆け。


道中、ふたりは言葉を交わさなかった。

迷いなく空を進む調野の後を、光は辺りを見回りながらもはぐれないように追従する。


「ここから先は、地獄……。閻魔様がまします場所。決して、粗相のないよう、お気をつけください。

怖くはありません。裁きが下されるまでの間、貴女は客人ですから、周りの者が貴女を傷つけることもありません」


立ち込める暗闇の前で、調野は一旦留まると、隣に浮かぶ光に告げた。


「ああ、本当にあったんだね。随分、恐ろしげな場所……」


弔野が現世に降りる際に通過した暗闇は、地獄の一部である。

かつては、現世とはかなり厳密に一線を画していたが、誘魄の効率化のためと、数百年前に境界がかなり有耶無耶にされ、現世と直結したそうだ。

現世の感覚に例えるならば、欧州の国境を自由に往き来できるような。


「しばらくは暗闇が続きますから、くれぐれもはぐれないようにしてください」



調野の言葉に応えるように、光は淡く光を増し、ピタリと寄り添った。


「……とはいえ、人間は本能的に暗がりを恐れると言いますから、スピード出して、なるべくすぐに通過しきります。着いてきて下さい」


鎌を軽く振り下ろし、空を蹴り、調野は光を連れ立って弾丸の如く暗闇を突き抜ける。


逡巡の間を与えることなく、大きな門の前にたどり着く。

調野がくぐってきた門よりも、幾ばくか大きく、荘厳な構えである。

両脇には鬼の隊列が控え、大きな目で来訪者を見据えている。


「お疲れさまでした。

ここから先が閻魔宮、貴女が閻魔様の裁きを受ける場です。

私の案内はここまで。……開門を、お願いします」


調野の言葉に、隊列のリーダーらしき鬼が頷き、声を張り上げる。


「開門!」


門扉は軋みながら、ゆっくりと開く。


白い光は躊躇うように揺らめき、門の前へ進み出る。


光は生前の姿を取り戻し、腰の曲がった老婆が一歩、門へと踏み出す……。


「ああ」


歩みを止めて、老婆はゆっくりと振り返る。


「私としたことが、お礼を言っていなかったよ。

案内してくれて、ありがとうねえ、調野さん」


「いえ。仕事ですから。

……ご終生、おめでとうございます。どうか、貴女の新たな門出に幸多からんことを」


調野は深々と頭を下げて、老婆を送り出す。



「幸多からんことを、か」


先ほど声を張り上げた鬼が、顔をあげた調野に歩み寄る。


「大丈夫だろう。

……今日、待ち人が来ると喜んでいた青年が居た。恐らく先程の老婆を、ずっと待っていたのだろう」


「……魂魄が、間世でひとを待つには、相当大変な労働が課される、と聞いているのですが。

それでも、耐えて、そうまでして、会いたいと、願うなんて。……私には、うつけ者の考えにしか思えません」


死神には理解しがたい想いに、調野はため息をこぼした。


「……貴殿も知っておろう。先の大戦(おおいくさ)、数多の人間の、人間を想う心が断ち切られたことを。

想い人と永遠に会えない苦しみに比べたら、ここでの労働など苦でもないのだろう」


「んーだったら、もっとたくさん、人待ちで残ってる魂魄さんが多くても良いと思うんですけど。

人間同士の殺し合いは、愛する人を想う気持ちすら疲弊させちゃうって事なんでしょうかね」


「それは……。人間たりえない我らには解りかねるな」


人間ではないふたりが、いくら人間の想いについて論じたところで、結論など出ない。


「まあ、死神の立場から言わせてもらうと、

現世で殺し合いなんてされると、私たちの人手が足りなくなって過剰労働もいいところなので、是非このまま平和であってほしい、くらいですかね。

他のエリア担当の死神なんて、毎日no more warってぼやいてますし」


「それは鬼の立場とて同じことよ。あの時は当時の隊長が喉を枯らしてな。ひよっこの我にまで、号令係がまわってきたな。

懐かしいが、出来ることなら人間には、同じ過ちはおかさないで欲しいものだ」


笑いあうふたり。

ひとりは、鈴を転がすように。

ひとりは、雷鳴のように。


「さてと。この後少し時間があるので、私は現世でのんびりしてこようかと。

今日はあと何回か来ると思うので、よろしくお願いしますねー。

喉、枯らさないように!」


心得た、ご苦労ご苦労、という鬼の労いの声を背に、調野は再び暗闇の中へと飛び込んだ。



to be continue...

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