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第2話 公開霊言

 尊氏が旅立ち三日が経過していた。


 だが、約束された復活は起こらなかった。当たり前だ。


 警察庁上層部の間では、三日目の復活を半ば真面目に危惧した上官もいたらしい。宗教とは時にあたりかまわず人の理性を麻痺させる。現に、我が警察においても、潜入捜査官のひとりが尊氏に洗脳され、国松警察庁長官を狙撃するという事件が発生している。

 一応、殺人未遂罪としては時効を迎え、未解決事件になったが、警察関係者でその内実を知らない者はいない。万が一、刑事が警察庁長官を射殺したなんてことが発覚してしまえば、日本警察の権威と信頼は地の底に落ちることだろう。


 事件当時は小学生だった俺も、30歳を迎える今、そんな社会の裏側を知るようになったのだ。何時の時代も人の世は陰謀と隠蔽の坩堝だ。その頂点に君臨するのが、まさにこの警察庁という牙城だ。そして、俺のような掃いて捨てるほどいる若手の刑事は上からの命令を押し黙って遂行し、陰謀と隠蔽に加担する。

 二〇或いは三〇年後に目にするであろう玉座を、重役の階級を目指し、文字通り警察の犬としてドブを走り回るのだ。メディアや国民に知られぬよう細心の注意を払いながら。


「ヤマト、これ見てみろ」


 隣のデスクから、井之頭上官が一冊の本を手渡しながら言った。

 俺はノートパソコンから目を離し、左手でそれを受け取った。


「なんですこの本?」


 井之頭上官は薄くなり始めている頭頂部を隠す様に、頭髪を書きあげながら言った。


「もしかしたら、聖灰戦争に関わるかもしれない本だ。まぁ、黙って読んでみろ」

「はぁ……聖灰戦争ですか……」


 俺は訝しむ様にそう返す。

 尊氏の刑執行から三日経った今、警察の関心は、尊氏の遺灰を巡る抗争の抑止にあった。

 仏教ではなにやら聖人の遺灰や遺骨を仏舎利と呼び、宗教的有価物として奉る慣習があるらしい。あのお釈迦さんの場合だって、世界各地にその骨を収めたストゥーパという仏塔が建てられ、聖地化している。死んだ聖者ほど取り扱いの難しいものはないのだ。仏舎利のせいで、教団が求心力を増してしまう、とか、なんのことはない住宅地が聖地化してしまうなどという可能性を警察は恐れているのだ。


「井之頭上官。私としては、聖灰戦争なんて危ない呼称を警察が使うのはどうかと思います」

「いいんだよ。庁内にマスコミはいない。職場ではこれくらい緩い方が仕事は回るんだよ。……まぁいいから読んでみろって」

「……」


 俺は井之頭上官の適当さに呆れつつ、手渡されたその本の表紙に目を向けた。


『公開霊言~尊氏の告白~』


「公開霊言?」


 俺は初めて聞くその言葉の意味を井之頭上官に尋ねるように言った。


「お前、知らないのか?」

「はい。何のことやら」

「……しょうがないな。教えといてやる。光福の化学って教団って聞いたことないか?」

「聞いたことはあります」

「一時期、尊氏教団と信者獲得を巡って競争してた団体だ。相当に仲が悪かったらしく、教祖同士が釈迦かイエスかの転生権を争ってた始末だ。――なんだが、今月、7月6日に尊氏の刑の執行が行われた訳だが、翌日の7月7日に光福の化学の教祖の誕生祭が被っちまったんだ。それで、今、光福側では大勝利だの教祖の神通力だの大盛り上がりな訳なんだが、そんな中で昨日公開されたのが、この本なんだ」

 

 井之頭上官は俺の手から『後悔霊言~尊氏の告白~』を取り上げて、数ページめくったところに掲載されたある写真を見せた。

 そこには、背が低めの中性的な顔立ちの中年の男が椅子に座って目を伏せる姿が写っていた。


「この人が教祖だ。太川教祖。またの名を、エラ・カンターレ」

「――カンターレ? なんですかそれ?」

「ホーリーネームみたいなもんだろ。……なんにせよ、このエラ・カンターレにはイタコする能力があるらしく、信者も仰天、尊氏の霊をイタコしたんだと。そのテキストがこの本なんだよ」


 そう言うと井之頭上官は腹を抱えて笑い出した。

 俺は溜息を吐いて、井之頭上官を一瞥した。またいつもの冗談だ。この人はよく下らない類のものをさも真剣な捜査資料のように俺に紹介しはじめては、最後にネタ明かしして笑い出す。悪い癖だ。


「しかも、最高なのが、霊言で異界から呼び出された尊氏がやたらめったらに光福の化学の悪口を言うんだよ。一体何のためにやってるのか」


 俺はまだ笑っている井之頭上官を無視して、また、ノートパソコンに視線を戻した。

 ――公開霊言。くだらない。死者の霊を異界から呼び出し話させる……如何にも宗教者らしい発想だ。


 だが、そう思った後、ふと、こんなことも思った。


 ――だが、光福側に都合の良いヤラセのパフォーマンスなのだから、どうせなら光福に益ある内容語らせればいいのに。……ありえないが、もし、万が一にも、公開霊言なるワザが本物であれば、この世を去った尊氏の声をメッセージを聞くことは可能なのだろうか?


 俺は不思議な違和感を胸に残したまま、その日の業務を終え、帰路についた。


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