我、久々の現世で土下座を経験する。
「ほほう…我を呼び出したのはお前か?慎ましやかな乙女よ、願いは何だ?」
今日も愚かな人間が我を現世に召喚する、目が眩む程の黄金が欲しい・絶世の美女達を貪りたい・王位を手に入れたい…。
悠久の時を生きる我には、人間のギラギラした下らぬ欲望は実に面白い。さて、今回呼び出したのは…平凡…半眼…平坦……この乙女の欲望はどんなものかーそして願いを叶えた代償は己の魂だと知った時の絶望に満ちた目…その目が我は欲しい。
「明日6時半に起こして。」
ー…は?
「明朝6時半に私を起こしてちょうだい。7時から朝市開催されんの、絶対に負けられない戦いがそこにはある…馬鈴薯人参玉葱豚肉に林檎と蜂蜜ランデブー。目覚まし時計壊れちゃったから困ってる、だから頼んだ。じゃっ☆」
シュタッと手刀をひとつ寄越すとゴソゴソと寝床でいい位置を探す乙女、我が呆然としてる間に寝息が聞こえてーーー。
「待て、待て待て待て待て乙女よ。」
頬を手の甲でぺちぺちと叩いて起床を促す。
「ぐー☆」
「乙女よそんな阿呆な願いがあるか、態々呼び出して目覚まし代わりだと。」
頬を両手で摘まんで左右へ引き伸ばす、起きろこのアマ。
「すかー☆」
「大体人間なんて生き物は何かしら闇を抱えて生きているんだ、その闇を解放しろ、欲望のままに願え。…冗談だろう?冗談だよな?さぁ目を開けて『嘘だぴょーん』と言え、言うんだ、言ってよバーニィ!」
胸ぐらを掴んでガックンガックン揺さぶる、顔をしかめて…を、目が開いた。さぁ女、真の願いを「ぴー☆」閉じるな寝ぇぇるぅぅなぁぁぁあ!!!!
「うるさい…これ以上騒ぐなら潰す。」
…なぁ乙女の上目遣いってこんなに殺気だったモノだったか?歴戦の勇者の前でも、大陸を征服した皇帝軍の前でも恐れなどまるでなかった我が…思わずひれ伏して頭を地につけてしまった。
静かになった事に満足したのか女はムニャムニャ言いつつ眠りについた、…呼び出された以上はこの女を朝起こさねば。
椅子に座…椅子がない。
見渡せばテーブルとしては低すぎる台にベッドではなく床に直接寝具を置いた寝床…、床は不思議な感触の草を編んだ何か。生活に最低限度必要な家具すらも揃えられぬこの女は低所得者なのか?いや、この散らばる書物は魔法書…宮廷魔術師か。
ならばそこそこに稼ぐ職業の筈なんだが…そんな事を考えつつ部屋の隅の荷物をどかして壁に背中を預けて座る。何だろう久し振りに疲れたと言う感覚が襲うー、無意識に膝を抱える形になると意識は直ぐに落ちていった。
「をーい、起きろー。」
足先をふにふにと踏まれる感覚で目を覚ます、…いつの間にか朝か…なんだ我が居ずとも起きているではないか。うっすら目を開けると視界の端にパタパタと動き回る女の脚。眠りが浅かったのか頭に鈍痛、まぁこんな所で快眠出来る訳が無いのだが。
「起きたなら…我は帰る。」
「私自分で起きたから願い叶えてなくね?それより着替えるから後ろ向いとけ。」
一瞬何を言われたか理解出来ずに顔をあげる…とぉおおおお!!!!!女ぁぁおまっ!ばっかっ!しっした下ちちちちちちちちちちち乳ちっ
「後ろを向けと言っただろうエロ魔人。」
見事な踵落としで昨夜と同じ体勢の我、…どうやら我を踏んだまま着替えるようである…おのれぃ。
「…女、なぜ椅子が無いのだ?」
「健康法。聖女様が言ってた「椅子での生活を続けると股関節と筋肉が弱る」と。座る・立ち上がるの動作が大切なんだとさ。なので実証実験中。先は長いケドね。」
「ではベッドが無いのと、この床の草を編んだ何かも?」
「聖女様の住まわれる世界の文化、草は藺草で編んだ「畳」と言う。空気清浄断熱効果、防音超湿リラックス効果があるそうだ。最近少しずつ此方の世界に浸透させようとはしてるが何分高価。」
…女よ、説明は有り難いが頼むから頭踏みながらスカート脱ぐな我の頭部がスカートに埋まってお前の香りががががががぎが(暗転)
ーこの後顔をあげると、鼻血を出していたらしく畳とやらを汚してしまいむちゃくちゃ怒られた。
「さぁいくぞー鼻血エロ魔人ー」
颯爽と扉を開けると早朝のキンと冷えた空気を感じるー、まだほの暗いが朝市の所為か人の気配は多い。着いてくるのが当然とばかりにツカツカと歩いていく女に思わず怒鳴る。
「出掛ける前に戸締りだろうが!?窓も閉めずに何処行くつもりだ女ぁぁぁあ!!」