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龍帝記  作者: 久万聖
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国名と名前と。

 雪。


 たまに降るぶんにはよいのだが、あまり降り続くの気分的に良くない。


 一番つらいのは、軍関係だろう。


 リュウヤがエストレイシアに「カマクラ」なるものを教えたせいで、雪中訓練に一夜を明かすという項目が追加されたのだ。

 更に雪中行軍訓練など、とても厳しい訓練が待っている。


 ただ、雪中行軍訓練に関してはリュウヤより、安全を第一に考えるように指示が出されている。これは映画「八甲田山」の題材となった「八甲田雪中行軍遭難事件(注、」のような悲劇を出さないためである。


 さらにエストレイシアは、リュウヤが子供たちに与えていたスキー板を使えないか、研究を始めているらしい。

 敵はこちらの都合など考えてはくれないのだ。雪が降ってるからといって、攻めてこないとは限らない。


「いつまで降り続くものかな。」


 リュウヤは呟いたつもりだったが、思ったよりも声が大きかったらしい。フェミリンスが、


「雪はお嫌いですか?」


 そう言う。

 どこかで聞いた言葉だ。あれは、サクヤとの会話だった。


「嫌いというよりも、嫌な思い出が強く印象づいているだけだ。」


 ただ、最近は少しづつではあるが払拭され始めている。

 フェミリンスは見えぬ瞳をリュウヤに向けている。まるで、リュウヤの内心を見るかのように。


「ただ、この降り積もる雪がこの地に、大いなる恵みをもたらしてくれるのも確かなんだけどな。」


「雪が、ですか?」


 側に控えるミーティアが驚いたように声を上げる。


 雪解け水は大地に染み込み、その水は豊富な地下水となる。それが長い年月を経て湧水となる。その湧水には大地の養分が含まれており、流れることによりその養分は広範囲に行き渡り、海に至る。海に至る養分はプランクトンなどの微生物の餌となり、豊かな海を育てる。


 そう説明されるが、ミーティアには俄かには理解できない。


 理解できないだろうなぁ、とはリュウヤも思う。地球においてもそのことを知らない人間の方が多いだろう。


「どうするかな。」


 イストールから来る使節団に対し、返礼の使節を送る必要がある。その使節の正使を誰にするか。


 当初はユリウスを送ろうかと思っていたのだが、年齢的に若すぎる。フィリップ、ウリエの両王子は気にしないだろうが、廷臣たちはそうはいかないだろう。イストールを軽んじている、そうとられてしまう。


 デックアールヴのヴォルンドルでは、武人臭が強すぎるかもしれない。そうなると、リョースアールヴのラムスンドか。


「フェミリンスはどう思う?」


「ラムスンドで良いかと思います。ですがその間、サクヤ様の補佐ができなくなってしまいますが。」


「そこには、ギイとルドラをあてよう。互いに別の仕事があるが、ふたりで手分けすればよかろう。」


「ならば、それでよろしいかと。」


 そして副使にユリウスをあてる。ユリウスには他国を見ることで、見聞を広めてもらいたい。


 そして、もうひとつ難題が。

 この国の名前をどうするか。

 いまだに決まっていない国名。


 龍となると一番最初に考えつくのが「ドラゴン」だろう。それをもじった名前。だが、竜人族(ドラゴノイド)がいるとなると、使えない。となれば、


「シヴァ、しかないか。」


 リュウヤはフェミリンスに意見を求める。


「国名、シヴァですか?」


 フェミリンスは首を捻る。


「シヴァの名の下に集まった者たちの国でもあるからな。」


 だから"シヴァ"。


「どうかな?」


「たしかに、私たちはシヴァ様の名の下に集いました。そう考えるならば、その名が最も相応しいかもしれません。」


「後は会議に諮って、決めるとしよう。」


 ここで一息入れ、机の上に置いてあるベルを鳴らす。

 リュウヤ付きの女官が一礼して入ってくる。

 最近雇い入れた、あどけなさの残る少女。新人女官アルテアだ。


「お呼びでしょうか、陛下。」


 まだ慣れていないためか、口調も表情も硬い。


「飲み物を頼む。コップは3つ。」


「は、はい、わかりました。」


「慌てなくていいから。」


 急いで行こうとするアルテアに声をかける。

 駆け出そうとしたアルテアは、その声で落ち着き歩きだす。

 リュウヤは椅子に座り、天井を見る。


「まだ、何か懸案がおありでしょうか?」


「個人的なものがひとつ、な。」


「よろしければ、お話いただけますか?」


 極めて個人的な懸案。それは、


「私の名前をどうするか、だよ。」


 この世界で生きていくことを決めている。だが、そのための名をどうするか。


 リュウヤという名は浸透しているから、捨てるわけにはいかない。だが、"イイジマ"という姓は捨ててもいいと考えている。いや、少し違うか。イイジマという姓を残していると、元の世界に未練があるのではないか、そう思われるのではないか。それは、皆に不安を与えることになるのではないだろうか?


 だから、この世界での名前が欲しい。


「なるほど、それならば皆に意見を求めてみてはいかがでしょう?」


 皆でリュウヤの名をつける。それは多種族国家であるこの国の民の結束の象徴となり得るかもしれない。

 アルテアが持ってきた飲み物に口をつけながら、そう考えていた。

注、八甲田雪中行軍遭難事件・・・1902年1月に起きた、近代山岳遭難事件としては世界最大級の事件。

訓練への参加者210名中199名が死亡(うち6名は救出後死亡)。


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