算盤
「申し訳ありません、陛下!」
ミーティアにしてみれば、秘書官として大抜擢されたにもかかわらず、初日から遅刻という大失態をしてしまったことになる。
文字通り、平身低頭になっているミーティアを見ると、可哀想になってくる。そもそも、遅刻の原因の大きなひとつは、リュウヤが執務室の場所を教えていなかったことにあるのだから。
「よい。この失態の原因は、場所を教えていなかった私にある。だから、今日のところは気にするな。」
「は、はい。」
消え入りそうな声でミーティアは返事をする。
「ギイはどうしたんだ?」
「おう、頼まれていた物ができたからな、持って来たんじゃ。」
そう言ってリュウヤの前に出された物。それを見て、サクヤとミーティアは不思議そうな顔をしている。
「陛下、これは一体?」
サクヤが尋ねる。
「これは算盤という、計算器だよ。」
リュウヤは答えながら、珠の感覚を確かめるように触れている。懐かしい感触。母が駆け落ちするまでは珠算教室に通っており、段こそ取れなかったが、そこそこに得意だったものだ。
「それが計算器、なあ?」
ギイが不思議そうに言う。他のふたりも、同じ気持ちなのは顔を見ればわかる。
そこで、その疑問を解消させるために3人に問題を出してもらうことにした。
10分後。
サクヤ、ギイ、ミーティア、三者三様に驚いた顔をしている。
「たいしたものじゃな、算盤とかいうのは。」
「本当に、速く正確に計算できるのですね。」
「本当に、びっくりしました。」
それぞれの表現で感心している。
「この計算器は、誰でも使えるようになるのでしょうか?」
サクヤが問いかける。
「一月あれば、それなりに使えるようになる。」
「一月!?」
それは速い。
「算盤と同時に、数字も取り入れたい。」
数字、アラビア数字を取り入れる。日常的に使用していると、それがいかに便利なものか気づかないが、桁が増えるほどにアラビア数字の利便性を理解できる。
漢数字やギリシア数字では、書くのに手間がかかり過ぎるし、スペースを使い過ぎる。
「それらを含めて、子供達に教える施設を作りたい。」
リュウヤはそう言って笑う。
「隠す気はない、そういうことじゃな?」
ギイが確認するように問う。
リュウヤは頷き、説明する。
子供達が教育を受けることにより、仕事に就きやすくなること。それによる犯罪率の減少が見込めること。学力をつけることにより、人材の質の向上を図れること。それによる国力を増強が見込める等々の、メリットを説明する。
それらの説明に、3人は大きく頷く。
「ただ、ヴィティージェらの意見も聞く必要があるだろうけどね。」
サクヤとギイは、リュウヤの言葉に満足そうに笑みを浮かべる。
ミーティアは、自分の判断が間違っていなかったことを確信する。絶対にこの国は発展する。そこに自分は中心の一端として関わることができる。その事に興奮を抑えられずにいた。
そんなところに、まさしくノコノコとタカオらが執務室にやって来たのだった。
これを書きながら思ったのですが、本作のような異世界転生もので「算盤」って出てこないんですよね。
転生先の材料でも作成できる、とても有用な道具だと思うのですが、なぜなのでしょうね?




