執務室にて
通常は午前・午後と二回行われるのだが、酒宴の翌日は、会議は午後からのみである。
なぜならば、ドヴェルグとドワーフのペースで呑まされると、大半の者が翌朝に起きられなくなるためである。ドヴェルグとドワーフ、双方から言わせれば「みんな酒が弱い」となるが、リュウヤにしてみれば「あいつらのペースで呑んだら、二週間で肝臓を壊す」となる。
そのため、リュウヤは普段は呑まないのだが、今回のような機会には参加せざるを得ない。
ただ、潰される者が多いため、翌日の会議は午後からのみとなる。
毎日会議が開かれるため、「リュウヤ陛下は会議好き」などと揶揄されることもあるが、リュウヤにしてみれば、この世界の常識を知らないため、互いの認識をすり合わせるという目的もある。
そのうち、開催頻度を下げることになるだろう。
午前の会議がなくなったからといって、リュウヤの仕事が無くなるわけではない。
この日の午前の仕事、それは執務室で新人女官との面会である。
今回の出征の後、女官長ウィラがサクヤに相談して募集をかけたのだ。
リョースアールヴの一団が来て、人員が不足したこともある。また、デックアールヴたちの移住の可能性もある。今後、国としての規模が大きくなる可能性も大きくあり、それに備えるという目的もある。
春になればイストール王国の使節団が来訪することも確定しており、そのための人員確保という側面もある。
基本的に、人員の採用についてリュウヤは関与しない。
ただ、優先して雇う人員に関してだけは指示している。それは身寄りのない孤児と、身寄りのない老人である。
孤児の場合、孤児院等の施設が圧倒的に不足しているというだけでなく、放っておくと犯罪に巻き込まれるだけでなく、知らず知らずのうちに犯罪に加担してしまい、抜け出せなくなってしまうからだ。その結果、犯罪率の上昇へと繋がってしまう。
老人の場合は、持っている知識の活用にある。
ただ切り捨てるのではなく、可能な限り拾い上げたいというのが、リュウヤの意思である。
だが、孤児の王宮での雇用となると難しいものがあったりもする。
王宮という場である以上、外交使節団をはじめ、貴人と呼ばれるような人たちを相手にしなければならないケースが多い。相手をするための礼儀作法と知識が要求される。礼儀作法は叩き込むことができるが、問題は知識だ。知識を叩き込むには、その前提に文字の読み書きができなければならない。
識字率ほぼ100%の日本にいると忘れがちになってしまうのだが、現代地球上にある国々でさえ、そこに至っているのは日本くらいのものなのだ。
それが、魔法の存在があるため一概に言えないが、文化的に中世くらいのこの世界では、どれほどの識字率か想像がつくだろう。
学校の設立もしなければ、そう思う。
本格的な学校でなくてもいい。せめて江戸時代の寺子屋くらいのものは必要だ。「読み書き、算盤」とは寺子屋で教えられていたものだが、そのくらいの教育は最低でも必要だ。それができれば、大きな技術革新だってできる可能性が高くなる。事実、「世界史上の奇跡」とも言われる明治維新後の急速な発展も、江戸時代に培われた識字率の高さと和算で磨かれた計算力の高さが土台になっている。
そんなことを考えていると、サクヤと女官長ウィラが新人女官を連れてリュウヤの前に来る。
「秘書官が見えないようですが・・・?」
執務室にリュウヤしかいないことに怪訝な表情を見せるサクヤ。
「それなんだが・・・。」
執務室の場所を教えてなかったんだよなぁ。
帰ったらすぐに凱旋式典。その後すぐに酒宴に雪崩れ込み、潰されたから。
「・・・・・・はぁ。」
サクヤが気の抜けたような声を漏らす。
いないのは秘書官だけではなく、側仕え、言ってしまえば近衛的な立場であるはずのタカオらもいない。
「これは、周りに示しがつきませんね。」
サクヤの言葉にリュウヤは同意するが、
「彼奴らのことは後にして、新人女官の挨拶を受けようか。」
そう言って本来の仕事に引き戻した。
今回採用された新人女官は6名。
うちふたりがベテランで、残る4人は完全な新人だ。
ベテランのふたりは、女官長ウィラを頼ってきた、パドヴァ王国に仕えてきた女官なのだという。即戦力として期待できる。
残る4人。かろうじて読み書きができるレベルであり、最年少は13歳。そして15歳がひとりと16歳がふたり。
"日本なら、労働基準法違反だな"と、内心で感想を述べる。
「皆の働きに期待する。頼むぞ。」
リュウヤは新人女官に対し、親しく言葉をかける。
「はい!」
新人女官たちは元気よく返事をする。
「陛下。」
ウィラがリュウヤに進言する。
「新人のうち、何人かを陛下付きとさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「その理由は?」
「はい、春までに教育が間に合わなかった場合のことを考えた次第でございます。」
なるほど、と思う。
イストール王国の使節団を迎え、接待することになるのだが、それは友好関係にあるとはいえど一種の外交戦だ。体面を軽んじて、国自体を軽く見られてはならない。そのために表に立つ者たちを選別し、そのレベルにない者は裏方に回す。言葉は悪いが、出来の悪い者は隠すということだ。
そのために、見込みのある者を優先して教育したいということだろう。
「わかった。女官の教育については、ウィラに一任しよう。必要ならば、文書として出すがどうする?」
文書として出すということは、正式に命令するということを示す。選別して教育するということは、選別されなかった者たちの不満を受けることであり、優秀な者を引き抜くということでもある以上、それによって不利益を被る者も現れる。不利益を被れば、不平不満も出てくる。
文書として出すということは、そういったウィラへの不満を和らげる目的でもある。
「お願いいたします。」
ウィラも配慮を理解している。だから、文書を正式に出してもらうことにする。
ウィラたち女官はリュウヤに一礼すると退室していった。
サクヤは執務室に残ると、リュウヤの隣の席に座る。
「色々と、気を使われているのですね。」
今に始まったことではないことを、もちろんサクヤは知っている。言葉にすることで、サクヤなりにリュウヤを労っているのだ。
「それが一番の務め、だからね。」
組織を円滑に動かすため、部下への配慮を忘れてはならないのだ。
リュウヤとサクヤ、ふたりの立場上、ふたりでいることはできても、ふたりきりでいることはなかなかできない。
その貴重な時間を満喫しようとしたとき、扉を叩く音がする。
お邪魔虫の正体は、ギイと涙目になっているミーティアだった。