過去
その夜、フェミリンスはエストレイシアの部屋に来ていた。
ふたりの美女。その美しさ対称的だ。
艶やかな美しさのフェミリンスと、ネコ科の猛獣を連想させるしなやかさを持つ美女エストレイシア。
そして、小型化しているシヴァもここに来ていた。
「貴女は、リュウヤという人物をどのように見ているのですか?」
フェミリンスが問いかける。
「私の上に立つに相応しい人物。そう見ている。」
エストレイシアは即答する。
だがそれはフェミリンスの問いに対しての答えではないようだ。
「私が聞きたいのは・・・」
「わかっている。」
エストレイシアがフェミリンスの言葉を遮る。
「貴女が聞きたいのは、過去のふたりと同じ過ちをしないか、ということだろう?」
フェミリンスは頷く。
始源の龍を復活させた後、なおもこの世界に存在し続けたふたり。リュウヤ同様に絶大な力を持ち、行使してきたふたり。前半は、ともに龍人族をまとめ上げて勢力を拡大。その統治は善政を布き、その国は富み栄えたという。
それだけならば名君誕生というところで、問題はなにもない。
問題はその後半である。
なにが原因なのかは知らぬが、急速に暴君へと変貌した。その絶大な力を暴走させ、周辺の地形すら変えた。
特にふたりめの時は人的な被害も凄まじく、世界の人口を半減させたとまで言われる。
それを止めるため、四色の竜とその眷属、両アールヴ、ドヴェルグ、龍人族は多大な被害を被りながら、倒すことに成功する。
「しばらくは善政を布くかもしれません。ですが、過去のふたりのようにならないとは限らないのではありませんか?」
当然の懸念である。
「フェミリンス、貴女はリュウヤ殿とどれくらい接してきた?」
援軍を要請した時の、2時間ほどだろうか?
「私も、たいして長い時間ではないが、リュウヤ殿の言動を見てきた。」
フェミリンスは黙って聞いている。
「過去の伝え聞くふたりとは、まったく違うものであったぞ。」
戦いにおいて、自ら先陣に立つのは変わらない。だが、それ以外の部分が大きく違う。
他者の意見に耳を貸し、良案とみれば積極的に受け容れる。自らの意見を押し付けるようなことはしない。接し方も違う。状況によって変えることはあるだろうが、腰が低く、人当たりも柔らかい。
過去のふたりは独善性が強く、高圧的だったというのだから、正反対だ。
「それに、シヴァ殿はどうみておられるのだ?」
一番身近にいて、わかっているのはシヴァだろう。そのシヴァはどうみているのか?
"私も、戦巫女と同じ見立てなのだがな。"
だが、フェミリンスは納得していない。
「シヴァ殿、貴方の言う違いを教えていただけないだろうか?」
エストレイシアの問いにシヴァが答える。
リュウヤには帰郷願望が無い。ゼロではないだろうが、極めて少ない。むしろ、この地に根を張ろうとしているようにさえ見える。そして、肉体の有無。リュウヤは魂のみがこの世界に召喚された。これは、相当に力が衰えていた龍人族では肉体ごと召喚できなかったこともあるが、リュウヤ自身に言わせれば、確実に死んでいた状況だったというのだから、それも影響していたのかもしれない。
「なるほど。私としては、益々リュウヤ殿を信じられる材料になるな。」
エストレイシアの感想に対し、フェミリンスは別の問いをシヴァに投げる。
「リュウヤ様は、過去のふたりのことはご存知なのでしょうか?」
"知っている。我の魂とあやつの魂は融合しておるからな。"
シヴァは即答する。そして、
"過去のふたりとあやつの最大の違いは、我と交わした盟約にある。"
「「盟約?」」
エストレイシアとフェミリンス、ふたりが同時に口にする。
"他のことにはたいして言及しなかったが、これだけははっきりと要求して来おった。"
シヴァはここで言葉を切る。そして続ける。
"暴走することがあれば、我の手で躊躇うことなく殺せ、とな。"
エストレイシアは大きく頷き、フェミリンスは怪訝な表情を浮かべている。
「エストレイシアは信用されたようですが、私にはまだ
信用できません。今少し、様子を見てから決めさせていただきます。」
そう言うと、フェミリンスは部屋を出て行く。
その様子を見ながら、
「リョースアールヴたちには、まだまだ癒されぬ痛手となっているということか。」
エストレイシアは呟き、シヴァはその呟きに頷いていた。