周囲の思い
リュウヤら援軍として出撃していた者たちが帰国する。
その報せを受け、サクヤとギイは迎えいれるための準備を指示する。
誰に言われるわけでもないというのに、ギイは酒宴の準備を第一に指示していた。
サクヤはその様子を半ば呆れて見ている。
そのサクヤ自身も、トモエから
「たった5日だけでしたのに。」
と、からかわれている。
そう、たった5日。されど5日!なのだ。
シズクからも、
「やっとリュウヤ様にお会い出来ますね。」
などと言われて、頬を赤らめてしまう。
客人として残っているイストール王国のジゼルは、リュウヤがわずかな期間で事を治めた事に驚愕し、感心しきりである。
その様子を見るのも、サクヤには我が事のように誇らしい。
その様子を見ているトモエとシズカも、互いに顔を見合わせて微笑を浮かべていた。
リョースアールヴの盲目の巫女、フェミリンスは周囲の浮かれた雰囲気を感じ、ある程度の事を察する。
それを補強するように、共に残ったリョースアールヴから、
「リュウヤ殿らが戻られるそうです。」
と報告を受ける。
往復日数に、事後処理の時間を考慮すれば、実質的に1日しか戦闘に要していない。デックアールヴの戦巫女の存在があるとはいえ、あまりに速い。
「エストレイシア、彼女とも話をしなければなりませんね。」
そう呟いていた。
ユリウスとグィードは、リュウヤたちの帰国の報せに驚愕している。パドヴァの他の王族、貴族の子弟がいる前だが、それでも驚かざるを得ない。
参加したのはわずか321名。それで実質1日で事を治めたのだ。
「どんな魔法を使ったのやら。」
ユリウスは呆れるように言う。この場合の魔法とは、あくまでも比喩的表現であり、実際に行使したものではない。
「個人の武技も、相当なものがあるとジゼル殿が仰られておりましたな。」
グィードの言葉に、ユリウスも頷く。
「知らなかったとはいえ、アガーノもよく喧嘩を売ったものだ。」
今は亡き次席宮廷魔術師の名前を出す。あの愚かな行動が無ければどうなっていただろうか?パドヴァ王宮にて、己の傲慢さに気づくことなく成長し、やがて破滅していたのではないか?
「色々と知りたいものだな。」
かつてはパドヴァ王宮だけが自分の世界だった。
望んだ事ではなかったが、龍人族の森に来たことで民の暮らしを知り、知己となったジゼルからイストール王国の事を知る。
「グィード、私はここに来て世界の広さの一端を知った。まだまだ知らねばならぬことの多さも、今ならわかる。」
真っ直ぐに空を見上げる。
目指す頂きはまだ見えない。
「ひとつひとつ、登っていくとしましょう、殿下。」
一足飛びには成長できない。
グィードの言葉に強く頷くと、
「我らも、リュウヤ陛下を迎える準備をしなければならない。」
周りの者たちに声をかける。
「パドヴァ王国の正装にて迎えようぞ。」
それくらいのこと、リュウヤ陛下であれば怒ることもないだろう。むしろ、その心意気をこそ評価してくれよう。ユリウスが短い時間で気づいたリュウヤの気質。
「そうですな。それでは、我らのパドヴァ王国の心意気を見せるといたしましょう。」
ユリウスの考えに気づいたグィードが、賛意を示して言う。
この場にいる、パドヴァ王族、貴族の子弟は熱い視線をふたりに送っていた。
援軍として出征したのは321名。
それが1000名以上になって戻って来た。
最も多いのがデックアールヴたち500名。
次いでリョースアールヴの100名。
エルフの先遣隊として30名あまりに、ドワーフの使節団30名。
他にも移住希望者が100名あまりいる。
基本的にこの者たちは、後発組みのための環境作りという任務を持っている。
まだ、まともに切り開かれていない道ではあったが、途中からは見事に木々が切り開かれていた。むろん、トール族の活躍である。おかげで、往路に比べて復路は随分と楽になったものだ。
後は、移住希望者のドワーフやドヴェルグたちと相談の上で、舗装していくことになるだろう。
「いつの間に、ここまで切り拓かれたのでしょうか?」
スティールは驚き、思わず口にする。
わずか5日間で、馬車がすれ違えるほどの幅の道ができているのだ。驚かない方がおかしい。
突如、エストレイシアが険しい表情をして弓を構えようとする。が、リュウヤがそれを制する。
「トール族だ。」
木に隠れるようにしているが、その巨体は隠れきれていない。
「かくれんぼのつもりかもしれないな。」
リュウヤは笑みを浮かべる。
トール族がここにいるのなら、その"お姉さん"を自認しているリュウネも居るはず。右側の茂みを見て、
「そこに居るのだろう、リュウネ。出て来なさい。」
その茂みがゴソゴソと動き出し、少女が現れる。もちろん、リュウネだ。
「お帰りなさい、リュウヤさま。」
そう言ってリュウヤに飛びつく。
「なんでわかったのかなあ?」
リュウヤに抱きつきながらも、首を傾げて言う。
リュウネが依代となったことにより、その魂の一部が融合しており、リュウヤにはリュウネの気配は誰のものよりもよくわかる。また、逆も然りだ。だが、リュウヤはそんなことは言わない。教えても、まだ理解できないのだから。だからリュウヤはこう言う。
「リュウネなら、どこに隠れていてもよくわかるよ。」
と。
その言葉にリュウネは"えへへ"と笑い、リュウヤに強く抱きつく。
「リュウヤさま、だいすき!」
と。
リュウヤとリュウネのやりとりの間に、トール族は姿を現して、跪く。トール族の前にはサギリもいる。
「申し訳ありません、陛下。」
この"申し訳ありません"にはふたつの意味がある。
ひとつはリュウネの悪戯を止められなかったこと。
ふたつめは、リュウヤが休養を命じていたトール族を働かせてしまったことだ。
「どうしても、陛下がお帰りになるまでに道を作りたいと聞かず、止めることができませんでした。」
その言葉にエストレイシアは軽い衝撃を受ける。
トール族はその怪力ゆえに、労働力として使われることはある。だが、それは騙されたり強要されて行われることが多く、自主的に働くなどとは聞いたことがない。
リュウヤはリュウネを降ろすと、トール族、ひとりひとりの頭に軽く手を乗せていく。そして、
「困ったものだな、お前たちは。」
トール族は皆、リュウヤを見る。
「休めと言っておいたのに、休まぬとは。」
トール族はシュンとなる。怒られると思ったのかもしれない。
「だが、よくここまで切り拓いてくれたな。感謝する。」
労いの言葉をかけられ、トール族は嬉しそうな表情を見せている。
「なるほどな。」
エストレイシアが呟く。トール族が自主的に働くのは、リュウヤがその仕事ぶりを認め、直接労いの言葉をかけているからか。
トール族はその知能の低さから、複雑な作業は出来ず、またその動きも巨体ゆえに遅くみられてしまう。そのため"ウスノロ"やら、"グズ"やら罵倒されながらの作業を強いられている。そんな環境で、誰が自主的に働くだろうか?
リュウヤは知ってか知らずか、トール族の働きを認め、労う。それを当たり前のように行えるリュウヤのために、トール族は一層の働きをみせる。
「サギリ、トール族に先導を申付ける。その指揮をとれ。」
そして名誉も与える、か。
エストレイシアは側に控えるスティールに言う。
「リュウヤ殿の麾下に入るという選択は、間違っていないようだな。」
「はい。私もそう確信いたしました。」
スティールの返事に、エストレイシアは大きく頷く。
もっとも、こういう人物の下で働くとなると、相当にこき使われることになりそうでもある。そう考えると、不敵な笑みを浮かべる。それは、言いかえれば自分たちの能力を存分に発揮できるということだ。そんなに楽しいことはない、そう理解した笑みだった。
リュウヤの見せた姿勢に、ミーティアも緊張した顔をみせる。彼女は既に、リュウヤの秘書となることを伝えられている。
今はちいさなこの国も、間違いなくリュウヤの元で大きくなる、そう確信を抱く。自分のやるべきこと、やらなければならないことの多さに身震いしていた。
そんな周囲の思いなど露知らず、リュウヤは凱旋を果たした。