若い才能
翌日。
部下たちは休息であっても、リュウヤに休息はない。
面会希望が殺到していたのだ。
ドワーフの有力者たちに、デックアールヴの族長をはじめとする有力者。リョースアールヴの場合は、負傷者への見舞いも必要だ。
さらにエルフたちの部族長らとも、個別に面会する。
帰国準備は各班長に任せているとはいえ、元々は一般市民でしかないリュウヤにとっては、なかなかに厳しいスケジュールである。
「秘書が必要かなあ?」
一応、今はエストレイシアが一時的に秘書的な役割をしているが、威圧感があり過ぎるのが困りものだ。有能な将軍なのだから、仕方ないことではあるが。それにエストレイシアには、軍務に専念できるようにしたい。
そのためには秘書として有用な人材を確保しないと。
リュウヤの思う秘書の条件。有能であることはもちろんだが、
一、私利私欲が少ない。
二、伝えるべき情報の取捨選択ができる。
三、会わせる人間の選別ができる。
四、相手が有力者であっても、その権力に屈しない。
そんなところかな?
他人が知れば、そのひとつでも条件に合う者がいかに希少か指摘したに違いない。
リュウヤ自身、、江戸幕府でもそんな人間、側用人時代の柳沢吉保(注1.か大岡忠光(注2.くらいしかいなかったような?などと思い返したくらいだ。
何人かの面会の後、エルフの女部族長が訪れる。
昨日、ナルディルの横にいた、娘が助けられたことを聞き、泣き崩れたエルフだ。名前はたしかラティエと言ったか。そしてもうひとり、まだ少女の面影を色濃く残したエルフ、それが助けられたエルフなのだろう。
「昨日は、娘を助けていただきありがとうございます。」
「それならば、私ではなくエストレイシアに言うべきだろう。」
ラティエは改めてエストレイシアに礼を述べる。そして隣にいる少女が、
「ミーティアと申します。昨日はありがとうございました。」
明るく、ハキハキとした印象を与える。
「無事でなによりだ。だが・・・」
「はい。エストレイシア様、昨日はろくにお礼も言えず、申し訳ありませんでした。」
深々と頭をさげる。
エストレイシアも表情を緩めると、
「陛下の言葉ではないが、無事であったことがなによりだ。」
言葉を返す。
そしてラティエとの話は実務的なものになる。
賠償としての労働力の提供、それが終わったら部族をあげて移住したいとの申し出。現在のところ、移住を申し出てきたのはラティエの部族のみ。
その理由もわからないではない。エルフは元々保守的な種族。まだ誰も行っていないため、不安が大きいのだろう。こういう時、女性の方が思い切りがいいのはエルフも同じようだ。
そして、先行して何人かの者を送りたいとのこと。
それらの申し出を受けいれる。
「先行する者の人員は決まっているのか?」
「はい。ここにいるミーティアをはじめ、若い者を20名ほど。」
「なるほど。」
「そして、ひとつお願いがございます。」
「願い?」
なにか嫌な予感がする。
「はい。ミーティアをお側に仕えさせていただきたいのです。」
側に仕えるって?一瞬、良からぬ予想が浮かぶが、流石にそれはない、よな?
「この娘にはそれに相応しい能力がある、親の贔屓目ではございますが、そう確信しております。」
能力の売り込みか。嫌いじゃないな、それは。
「わかった、受け入れよう。」
リュウヤの返答にミーティアは喜び、ラティエはホッとする。退室しようとするその二人に、
「先程の提案は、どなたが?」
リュウヤが問いかける。ラティエが振り返り、
「娘、ミーティアでございます。」
「わかった、ありがとう。」
そう言って二人を見送る。
二人が退室すると、
「秘書は決まったかな。」
リュウヤは呟く。
「若いに似合わず、相当な才の持ち主のようですね。」
エストレイシアも感心したように言う。
ミーティアを側に置かせる。それは言葉を変えれば人質として差し出すようなもの。ラティエもそれはわかっているはず。それを説き伏せたのが、提案したミーティアなのだろう。それだけではない。いち早く移住を申し出ることで、自分たちの部族を粗略に扱わせない。最初に移住する部族であり、その移住を成功させなければ続く部族は現れないのだ。当然、それらを読み切った上での提案だろう。
少なくとも能力はある。秘書としての能力は未知数だが、手元に置いておきたい才能なのは間違いない。ただ、
「女の子かあ・・・。」
秘書となればその職務の性質上、常に自分の側にいることになる。
"サクヤがどういう反応をするか"。
頭が痛い問題が発生したような気がしてしょうがない。
リュウヤの内心を知ってか知らずか、エストレイシアが
「ふむ。たしかに王ならば妃がひとりだけなどという法はないな。」
などと言う。
「?!」
いや、それってどういう意味?
内心の動揺を隠すべく、手元にある水差しからコップに水を注ぎ、飲み干す。
エストレイシアは一礼すると、
「私も休息をとらせていただきます。」
そう言って退室する。そして、扉を開けると、
「私であれば、いつでも閨に呼んでくれてかまわぬぞ。」
水を飲み干していなければ、リュウヤは噴き出していたに違いない。
注1.犬公方こと徳川綱吉に仕えた人物。時代劇では悪役として登場することが多いが、とても有能な人物。
注2.第9代将軍徳川家重に仕えた人物。大岡越前こと大岡忠相とは親族。
言語障害を持っていた家重の言葉を唯一理解でき、そのために側用人として重用される。一般に、そういう立場にあると「上様の言葉を正しく伝えていない」などと言われることがあるのが通常だが、そういった記録が一切ない潔癖人物。