戦後処理
人質となっていたエルフの子どもたちは、ドワーフとデックアールヴの混成隊が保護に急行することになった。
リュウヤ、バトゥ、ルーディ、エストレイシアの4人は、今後についてやらねばならないことがある。
第一にエルフたちの処分である。
如何な理由があろうと、侵略行為には処罰が必要だろう。この場にいるエルフの代表者たちも、それは理解している。
リュウヤ自身は、龍人族にもドヴェルグにも被害がなかったため、実費、言ってしまえば遠征にかかった食料相当分で十分ではある。だが、相当な被害を受けているリョースアールヴはそれでは済まないだろうし、すでに予測して対応していたとはいえ、デックアールヴも被害を受けている。ドワーフにしても、軽微とはいえ損害は出ている。
それだけではない。エルフたちをこの地に置いておいてもよいのか、そういう問題もある。これだけの争乱を起こした以上、わだかまりもあるだろう。それでも残る、そういうエルフもいるだろうし、その対応も必要だ。
「で、どうしたい?」
なぜか議長兼進行役にされてしまっているリュウヤは、この場にいる者たちに、かなり投げやりに問いかける。
この地にいる数千のエルフたち。その処分だ。エルフの代表者たちはもちろん、他の者たちの口も重い。
はっきりしているのは、これ以上の"死"は要らないということ。それだけは勝者側の共通認識となっている。そうでなければ、人質の存在など無視すれば良かったのだから。
奴隷化は、リュウヤ自身が拒否する。なにせパドヴァ宣言で否定している。
すると、取れるものは・・・。
金と食料だが、これから冬を迎えるというのに取っていいものなのか?
エストレイシアが発言する。
「我々デックアールヴは、この戦いが終わった後、リュウヤ殿の配下に加わることを決定している。」
そういえば、"庇護下に入るから援軍を出してくれ"だったっけ。かなり意訳したけど、とリュウヤは思い出す。
「エルフたちには、その移転のための労働力を提供してもらいたい。それをもって賠償としたい。」
労働力の提供か。それはいいアイデアだな。そう考えていると、
「これは私の一存ではなく、族長との協議のうえでの結論である。」
えっ!と驚く。族長、いたのか?いや、たしかにエストレイシアは"巫女"であって族長ではなかったな。帰る前に族長にも会わないといかんよなあ?
当たり前すぎる感想を抱く。
「我らとしても、被害は比較的軽微だ。施設修復の際の労働力を提供していただこう。」
バトゥもデックアールヴの提案に乗る。
ドワーフの施設修復となると、城門などの石造建築か。それならばゴーレムあたりを作成して働かせれば、人員は少なくて済むだろう。ゴーレムなら、管理する者は必要だろうが不眠不休で働けるし。エルフたちの現状に配慮したものといえるのではないか?
「うちとしては、何かをしてもらう気はない。」
実際、被害なんて受けてはおらず、負傷も軽微な者しかいない。援軍の費用は、それを要請してきた者たちからもらえばよく、エルフから搾り取る必要はない。
「移住を希望するなら、それも受け入れる。」
土地はたくさんある割に、人がいないからな。そう付け加える。エルフたちなら、あの広大な森の管理もできるだろう。
「狡いですね、皆さんは。」
リョースアールヴの代表者ルーディがぼやく。
「皆さんがそれでは、私どもが要求できないではないですか。」
いや、それが狙いなんですが。あまりに過剰な要求をして、エルフが第一次大戦後のドイツになられても困りますから。それに、ドイツにならなくても、貧困に喘ぐようになられてはこの地の治安にも多大な悪影響が出てしまう。それは新たな敵を呼び込むことになりかねない。一番目はともかく、二番目、三番目の懸念はリョースアールヴも理解できるはずだ。
「わかりました。我々も皆さんと同じ方向で検討させていただきます。ですが・・・」
ここで一息つき、
「内容に関しては、一旦持ち帰って検討いたします。」
被害が大きいため、即答できないのだろう。
ルーディには、紛糾するであろうリョースアールヴたちを宥め、要求をまとめるという、リュウヤならばサクヤやギイに丸投げするだろう難題が待ち構えることになる。
"タイヘンだろうなあ"と、完全に他人事のような感想をリュウヤは抱く。
そのやりとりを見ていたエルフたちは、ホッとした安堵の表情を見せる。リュウヤが懸念していたような事態を、彼らは想定していたのだ。自分たちの行動が原因とはいえ、自分たちの子や孫にまでその負担を継続させたくはない。勝手な言い分だとはわかっている。それだけのことをやらかしてしまったのだ、自分たちエルフ族は。
だが、その懸念も解消される。リョースアールヴの要求はまだわからないが、あの口ぶりでは、そこまで大きな負担にはならないだろう。また、今回の争乱を引き起こしたことで、この地に居辛さを感じている者たちへの移住先まで提示されている。その寛容さに感謝する。
「これでひとつ片付いたな。」
リュウヤは大きく息をつく。最大の課題が片付いた安堵感に、場の緊張感が緩む。
続く課題、この場にいる者たちの関係の調整。
デックアールヴは庇護下に入るとのことだが、他者はどうなる?
リョースアールヴは、デックアールヴ同様に庇護下に入るとのこと。こちらは、損害もかなり出ているし、回復するにも時間がかかる。そんなことも理由のひとつなのだろう。
ドワーフとは、改めて同盟を結ぶことに。リュウヤとしてもその方が有難い。北方に緩衝地帯があることは、防衛上とても都合が良いし、それはドワーフたちにとっても同様だろう。さらには交易を行うと同時に、技術交流も行う。また、互いに窓口となるいわば大使に相当する者を置くことを決める。
デックアールヴは大半が龍人族の森に移住するが、北方諸国の動静を探るために一部は残るとのこと。それならばと、残る者たちの一部を大使としてドワーフの国に置くことを決定する。
残るはエルフたちだが、これがまた頭を悩ませることに。仮に庇護下に置くとしても、間にドワーフの国があり、緊急時の即応性に問題がある。
「では自治を認めてはいかがでしょうか?」
エストレイシアが提案する。基本的に自治区とし、緊急時にはこの地に残るデックアールヴの指揮下に置く。また、その際にはドワーフと協力してあたり、リュウヤらの龍人族が後詰として対応する。
色々と問題はあるだろうが、現状においてはそれが最善だと思われる。
他に良案がないこともあり、エストレイシアの提案を採用する。
エルフたちに確認するが、異存はないようだ。
移住にしても、すぐに本格的なな冬が来ることを考えれば、開始は春からになるだろう。
戦後処理の大枠は定まった。
外はすでに陽が傾いている。明日は休息にあてるとして、帰国は明後日と決定された。