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龍帝記  作者: 久万聖
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ヴァンザント

 リュウヤの宣告に反応したのは、リュウヤから見て右端にいるエルフだった。


「お待ちください!そればかりは!」


「そればかりは、なんだ?」


 リュウヤは冷たく言い放つ。


「我らの命にて、他の者の助命を!」


 食い下がるエルフに、


「ドルアといったな?」


 リュウヤと直接対峙したエルフだ。降伏した際に名をきいている。


「殊勝な覚悟はあるようだ。だが、遅かったな。」


 その覚悟を見せるならもっと早くするべきだし、なによりもこちらの質問になにも答えずして、なんの要求ができるのか?

 そう切り返され、沈黙するエルフたち。

 だが、その時リュウヤは見逃さなかった。ドルアというエルフの隣にいる者の顔に、微かな笑みが浮かんだことを。


「楽しそうだな、そこの者。」


「?!」


 その場にいるすべての者の視線がそのエルフに集まる。


「ヴァンザント、お前が!!」


 ここにいるエルフたちのなかでも、リーダー格らしい者が詰め寄ろうとする。


「ナルディル様、それは誤解です!」


 リュウヤはエルフたちのやりとりを、冷ややかに見つめている。そしてイコマを呼ぶと、なにかを命じた。



 話はエルフたちの降伏直前まで遡る。


「白の教団?」


「はい。白の教団と名乗る狂信者の集団が、今回の件の裏で暗躍していた形跡があります。」


 エストレイシアの説明によると、エルフたちの中にその狂信者集団に加入している者がいるのだという。そして、その者が扇動、もしくはなんらかの手段を用いて戦闘に駆り立てた、と。


 その原因を取り除かない限り、同様のことが繰り返される可能性が高い。


 そのために、"罠"にかけるか。虜囚となったエルフの監視を不審に思われない程度に緩め、中に潜んでいるであろう者たちが逃げ出しやすいようにする。逃げ出した者が外部にいるだろう仲間に接触するのを待ち、一網打尽にする。全てを討ち取れるとは思わないが、弱体化はできるだろう。弱体化している間に、エルフたちに対策を取らせればいい。


 かくしてリュウヤとエストレイシアは画策する。


 脱走する者たちを、デックアールヴとヒサメ班の混成隊で追跡し、アジトを特定する。その後、連絡を受けたらエストレイシアがわざとらしく席を外して出撃。リュウヤはここに残り、監視役として残るであろう者たちを炙り出す。

 その監視者は、必ず代表者たちの中に紛れている。そうでなければ、代表者たちの中に内情を教える"裏切り者"が現れるかもしれないのだ。

 そして、目論見通りに"ヴァンザント"という魚が網にかかった。



 ヴァンザントはナルディルやドルアら、この場にいる他のエルフたちに必死に弁明をしている。


 その姿を見ながらリュウヤは考える。エルフというのは、自分たちの世界においてはかなり優秀な種族とされているが、以外と単純なのかもしれない。いや、違うか。


 魔法という便利な代物があるため、魔法による尋問、特に精神系魔法による自白をさせることを第一に考える。エストレイシアでさえその思考が第一であり、それが通じなければ拷問にかけることを提案していたのだ。地球のように心理学のようなものは存在せず、当然ながらその発達もない。


 一概に言えることではないが、科学・学術的なものは地球の方が遥かに発達しているだろう。


 弁明をしているヴァンザントにリュウヤが追い打ちをかける。


「どおりで、お前だけ精神系魔法対策がやたらとされていたわけだな。」


 完全なカマかけである。リュウヤはエルフたちに精神系魔法を仕掛けていないのだから。

 だが、当のエルフたちにはそんなことはわからない。なにせ、ナルディルにより圧倒的な力を持つことが伝わっている。自分たちには理解できない魔法によって、石人形(ストーンゴーレム)を完全に破壊されたことを。

 だから、自分たちには理解できない、感知できない精神系魔法を使用されたと思い込んでしまっている。

 ヴァンザントは絶句していたが、すぐに狂ったように笑い出す。


「ああ、そうだ。俺が白の教団の命で、エルフたちを扇動し、戦いに追い込んだのさ。」


 どうして三下というのは、こうも簡単に開き直るのだろう?まともに相手をするのがバカらしくなってくる。


「扇動しただけじゃないだろう?子供らを人質にして、

 戦いに駆り立てたんだろうが。」


 リュウヤが吐き捨てるように言う。


「なぜそれを?」


 ナルディルが問い、ヴァンザントは


「その子供らも、今頃は・・・」


 殺されている、そう言おうとするがそこにリュウヤが言葉を被せる。


「エストレイシアから報告が入った。全員救出したと、な。」


 さらっと言われたためか、ヴァンザントはその言葉の意味を理解できないでいた。


「ほ、本当ですか?」


 ナルディルは信じられないと言ったように口にする。


「ミーティアといったかな?有力部族の姫とのことだが、無事であるとの報告がある。」


 その言葉にナルディルの隣にいる女エルフは嬉しさに泣き崩れる。


「ミーティアは、私の娘です!」


 ヴァンザントは信じられないという顔をしている。


「そんな報告、いつ受けたのだ?!」


 伝言(メッセージ)魔法でも使ったのか?だが、送信・受信ともに魔力の発動が必要なはず。魔力の発動は感じられなかった。


「龍人族には、"念話"という固有能力がある。」


 あっさりと疑問に答える。


「それから、ヴァンザントとやら。お前が教団を裏切ったと、そう広報させてもらったよ。」


 おかげで虜囚となったエルフたちの中から、白の教団関係者と思しき者たちを多数、捕らえることができた。その者たちは、皆死罪とする。そう付け加える。


 愕然とするヴァンザントに、さらに追い討ちをかける。


「ここでお前を殺すことはしない。これからお前は、同胞たるエルフを裏切り、自らの命を守るために教団を売った背教者として生きていくのだ。」


 裏切り者として、背教者として全ての者たちから蔑まれて生きていかねばならない。

 そしてリュウヤはヴァンザントの前まで歩を進め、剣を振るう。

 ヴァンザントが声にならぬ悲鳴をあげる。

 エルフの象徴ともいえる長い両耳を切り落とし、額に×印の切り傷をつける。


「丁度いい目印になるな。」


 そう嘯く。そして、


「この者を放り出せ!」

 その言葉にイコマがヴァンザントを引き立てて行く。



 ヴァンザントの姿がこの部屋より消え、バトゥがリュウヤに疑問を投げかける。


「なぜ殺さなかったのだ?」


 ドゥーマとルーディも同じ疑問を持ったのだろう。皆、リュウヤを見る。


「ここで殺したら、奴は殉教者になる。」


 自分が信じたことへの殉教。それは、白の教団の結束を固めることになりかねない。

 彼らは必ずやこう喧伝するだろう。「ヴァンザントは虜囚の身となっても、我らのことを一切語らずに死んだ。まさに教団の鑑である」と。


 たが、ここで放逐されればどうなるのか?


 彼に付き従ったエルフの教団員たちは全て殺されたにもかかわらず、当のヴァンザントは生きている。事実がどうであれ、"奴は自分の命可愛さに仲間を売った"と見られる。こちらでも、そう喧伝するが。


 さらに同族を滅亡の危機に追いやった張本人として、エルフたちからも蔑まれ、受け入れられることも無くなるだろう。


「死ぬよりも、生きることの方が遥かに辛いことになるだろうよ、あの男には。」


 エルフであるからには、プライドも高いだろうが、それなりに優秀であり、また、自分でも優秀だと思っているだろうからな、とも続けてエルフたちをみる。

 その視線を受けて、ナルディルは苦い表情を浮かべて


「たしかに、ヴァンザントはそれなりに優秀でした。自分でも、それを理解しておりました。」


「優秀は優秀でも、際立った優秀さではなかっただろうな。」


 この場にいるエルフたち、全員が苦虫を噛み潰したような顔をする。


「なぜ、そこまでわかるのですか?」


 ドゥーマが心底不思議そうに尋ねる。

 "カルト"という言葉こそ使わないが(使用しても理解できないだろう)、説明する。

 ああいう教団に入り、幹部になるような者には特徴がある。まず、プライドが高い。そして、ある程度優秀ではあるが、その優秀なグループの中では下位にある。優秀なグループの中で下位にあることを認められれば良いのだが、プライドの高さが邪魔をしてそれができない。いわば"承認欲求"が強く、それを刺激されることで、その場所を自分の"居るべき場所"だと思い込み、やがて自分自身に刷り込んでしまう。「自分はここに必要とされており、自分にとってもここは必要な場所なのだ」と。

 1994年、1995年と立て続けに起きた「オウム真理教によるサリン事件」。1978年、ガイアナで集団自殺を起こした「人民寺院事件」。1993年、アメリカ・テキサスで銃撃戦を繰り広げた「ブランチ・ダビディアン事件」。

 これらの事件は不思議なほど共通点が多く、それに参加し、幹部になった人間たちも不思議なほどに似通っている。

 地球で起きたことを話しはしない。だが、ああいう教団にある共通点を示し、説明することで、この場にいる者たちは理解する。


「ああなる前に、抜け出すことはできなかったのかね?」


 バトゥが呟く。


「それは無理だろうな。」


 一度入り込んでしまうと、"心理的・思考的"に自ら外部との接触を絶ってしまう。他者の言葉を受け付けなくなり、自分を説得しようとする者を"敵"として認識するのだ。それを解除しようとすると、相当な時間と労力が必要になる。また、なまじ優秀なだけに、説得しようとする者を逆に論破してしまうことすらある。論破された者が取り込まれてしまうということも、実際にあるのだ。


「身内にしてみれば、優秀なのだからそのうちに間違いに気づくだろうという思いも、悪化させる要因になる。」


「変なものが入り込まぬようにするのが一番、ということか。」


 バトゥは疲れたように言う。

 重い沈黙が場を包む。



 エストレイシアが戻って来たのは、そんな重い沈黙に包まれていた頃合いだった。


「人質は全員解放。衰弱している者はおりますが、死者はおりません。」


 一緒に出ていたアカギが報告する。

 ただ、その場にいた白の教団関係者と思われる者たちは、降伏しなかったため討ち取ったことも、合わせて報告された。

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