疑問
リョースアールヴ、地球においては北欧神話に登場する種族であり、「美しく輝く光のエルフ」という意味だったか。J・R・R・トールキンの「指輪物語」の登場人物"ガラドリエル"をイメージするとわかりやすいかもしれない。
そしてデックアールヴ。これもまた北欧神話に登場する種族だ。「暗き闇のエルフ」という意味だったな。両者は仲が悪いというのが定番ではあるが・・・。
サクヤとギイを呼び、アールヴという種族に関するレクチャーを簡単に受ける。リュウヤが異世界からの転生者であることを知っているのは、龍人族とドヴェルグたちだけなのだ。そのため、他の者たちの前で頓珍漢なことにならないよう、特に重要案件の前では、このようにレクチャーを受けることにしている。
シヴァとの魂の融合で、この世界の知識を有しているとはいえ、リュウヤ自身は地球、日本で過ごした期間が長く、どうしてもそちらに引きずられてしまう。それを防ぐという意味でも、必要なことだと思っている。
そのレクチャーでホッとしたのは、リョースアールヴ、デックアールヴの仲は悪くないということ。また、ドヴェルグとの関係も悪くないらしい。ならば、この地で諍いは起こらずに済む、かな?微妙に不安は残る・・・。
サクヤとギイを伴い、会議室へと向かう。
リュウヤが会議室に入ると、中にいた者たちは一斉に立ち上がる。
リュウヤが着席した後、皆も着席する。
こういったことにリュウヤはこだわらないのだが、最近移転してきた魔術師学校の校長兼宮廷魔術師となったヴィティージェが、「公的な場においては最低限の儀礼は必要です」と主張、ユリウスらも同調したため、取り入れられるようになった。
会議の進行役を務めるのも、ヴィティージェである。
参加しているのは、龍人族からはサクヤとふたりの従者、巡視隊の隊長となったアカギと副長のオボロ。
ドヴェルグからはギイとドゥーマに、マドゥライという若手が新たに加わる。
人間族からは、ユリウスとそのサポート役兼軍司令官となったグィード。
イストールからの客人として、ジゼルとアトスが参加している。このふたりはオブザーバーといったところである。
「陛下。」
ヴィティージェに促され、リュウヤは喫緊の課題となったアールヴのことを話し始める。
「確実にわかっているのは、ともに庇護を求めていること。リョースアールヴには重傷者を含む怪我人が多数いること。それだけだ。」
後は、本人たちから聞くより他にない。こちらとして出来ることは、最悪を想定して準備すること。
「リョースアールヴには重傷者がいる。デックアールヴの方は、怪我人はいないのでしょうか?」
グィードより疑問が呈される。
「軽傷者はいるかも知れんが、そういった報告がない。気にせねばならぬような怪我人はいない、そう判断している。」
ギイやグィードらのように、魔力を扱うことのできない者には念話を受信することはできても、発信ができない。そのため、どうしても一次情報が欠落してしまう。
情報の格差は、疎外感を生みかねない。
そして、一度でも組織に属したことがあればわかるのだが、必要な情報が下に降りて来ないと、部下の立場からすると非常に困ったことになる。時には何もできなくなることさえある。そういったことを防ぐため、リュウヤは自分の知り得た情報は、なるべく公開することにしている。
「アールヴたちは庇護を求めている。そうなりますと、戦闘になる可能性があります。オボロとヒサメの班とで、援護に向かわせます。」
アカギが発言する。妥当な判断だろう。
「陛下、今回の出撃に関しましては、敵の正体、規模が
不明です。もしもの場合に備え、力の解放の許可をいただきたいのですが。」
"力の解放"か。そこまで必要となるとは思えないが、オボロの懸念は理解できる。敵の正体、規模がわからない以上、奥の手は用意しておくものだ。
「許可する。ただ、使い所を間違えるなよ。」
「はっ!」
出撃のため、オボロは退室する。
「サクヤ。」
リョースアールヴの治療のための準備を、そう言いかけるが、
「はい。怪我人の治療体制は整えてございます。」
早いね、準備が。
「アカギはシズクらとともに待機。いつでも出られるようにしておけ。」
「はっ!」
「ギイ、山岳地帯での戦闘も考えられる。ドヴェルグも出られるように準備をしておいてくれ。」
「了解した。」
「ユリウス。森林地帯や山岳地帯では、表立った出番は少ないだろうが、グィードとともに準備を整えろ。」
「はい!」
ユリウスは返事を返すと、すぐに隣に座っているグィードに相談している。今回の場合、どのような状況が考えられ、どう想定して準備を整えるのか。
ここで、会議は一時解散となった。
会議室に残っているのは、リュウヤとサクヤ。ギイとヴィティージェ、ジゼルである。
アトスは本国に知らせるために早馬を立てるため、席を外している。
「グィード卿が怪我人について指摘されていましたが、陛下はどのようにお考えでしょうか?」
ヴィティージェがリュウヤに問いかける。
これに関して、リョースアールヴのケースはわかりやすい。敵との戦いで形勢が悪くなり、一部の部隊をこちらへの援軍要請のために振り向けた。その際、追撃を受けたために重傷者が増えた。そう考えるのが妥当なところだ。
いまいちわからないのが、怪我人がほとんどいないデックアールヴの方だ。
「敵の動きを察知していたのでしょうか?」
ジゼルの問いだが、ならばなぜ今なのか?
敵の動きを察知できるだけの情報収集力があるならば、敵の戦力もわかっていただろうし、自分ならばもっと早い段階で龍人族と関係を持つだろう。庇護下に入らずとも、同盟を結ぶという形でもいい。その動きが無かったのはなぜ?
敵戦力が想定以上だったのか?
「わからん。」
考えれば考えるほど、袋小路に入る気がする。
「双方から話を聞かないことには、判断できん。」
いつものことだが、情報が少なすぎる。
情報収集のための組織を作る必要がある、そう考えていたとき、会議室の扉を叩く音がする。
「シグレ(時雨)です。」
それにリュウヤが返事をする。
「入れ。」
報告内容は予測できる。サギリたちが戻ったか。
「サギリたちが戻りました。」
予想通り。
「そうか。で、様子はどうだ?」
「重傷者はおりますが、命に関わるような怪我人はおりません。それから・・・。」
「それから、どうした?」
「面会を求めていますが、こちらにお通ししてよろしいでしょうか?」
「かまわない。丁重に、な。」
「わかりました。」
面会を求めてきたリョースアールヴが、会議室に現れたのは、30分ほどという予想外の時間が経ってからだった。