尋常ならざる者
リュウヤとハーディの戦闘訓練。
だが、それを見ている者たちにとって、それは訓練などといえるようなものではなかった。
当たれば、少なくとも自分たちならば即死する破壊力の魔法の応酬。
「とんでもないものを見ている、それだけはたしかだな。」
トモエの呟きに、皆一様に頷く。
「カルミラ、お前ならあの一撃を防げるか?」
モミジの問いかけに、
「無理ね。よくて四割くらい、威力を減殺するのがやっと。
その上で、重傷は間違いないわ。
下手すればそのまま死ぬわね。」
そう答える。
「でも、それ以前に身体が動かないでしょうね。」
「動かない?」
「言わなかったかしら?
私は人型のままのハーディ様と相対して、身体を動かすのがやっとの有様。
本来の御姿のハーディ様と相対したことなんてない。」
「貴女でさえそれなのに、陛下ときたら、なんてとてつもない力の持ち主なのでしょう。」
夢魔ライラは、唇を妖艶に歪めながら戦いを見つめる。
ハーディが作り上げた巨大な火球が、リュウヤを襲う。
それを巨大な氷壁を目の前に作ることで対抗する。
火球は氷壁を破壊し、リュウヤに襲いかかるがそこにリュウヤの姿はない。
氷壁が破壊されることを計算にいれ、破壊されると同時に移動する。
それだけでなく、砕けた氷壁の破片に光の魔法を照射させて乱反射させる。
その光の乱反射に、
「目眩しか!?」
ハーディがそう口にした瞬間、膨大な魔力の込められた光の矢がハーディに向け放たれる。
それを直前で展開した魔法障壁により防ぐ。
「なかなかのものじゃな。」
絶対的な強者たるハーディの感想。
感想を述べ、魔力障壁が緩んだ瞬間を狙ったように、無数の雷撃がハーディを襲う。
「二撃目があったか!」
雷撃はハーディに届いているはずだが、ダメージを与えたという手応えは感じられない。
「発動を早めることを考えるあまりに、威力が疎かにになったようじゃな。」
「それはどうかな?」
リュウヤの言葉とともに発動される魔法。
それは巨大な竜巻として顕現する。
その竜巻は、ハーディを巻き込んでいく。
竜巻に巻き上げられたハーディは、竜巻が消えるとともに地面に叩きつけられる。
「今のはなかなか効いたぞ。」
竜巻に巻き込まれたことにより、平衡感覚を失う空間識失調を引き起こしたため、態勢を立て直すことができず地面に叩きつけられたのだ。
「効いた、その程度かよ。」
脳震盪くらい起こしてくれることを期待していたのだが、リュウヤの思惑は思いっきり外れたようだ。
「これほどまでの攻撃を見せてくれたのじゃ。
妾の方も、それなりのものを見せてやらねばの。」
その言葉を発した次の瞬間、リュウヤの足元がいきなり割れる。
いきなりのことで態勢を崩すリュウヤに、容赦ない無数の光弾が襲いかかる。
流石にリュウヤといえどもかわしきれない、誰しもがそう思っただろう。
無数の光弾がリュウヤのいる一点に一斉に到達。
一際大きな光を発し、その光が消えていく。
倒れたリュウヤがいる、そう思われたそこにリュウヤの姿はない。
リュウヤはどこに?
そう思い、皆が周囲を探す。
その時、無数の光弾が、今度はハーディに向けて降り注ぐ。
その全てを防ぎきると、
「飛びおったか。」
そう呟く。
その呟きに反応して、一斉にハーディの上に視線が集中する。
そこにリュウヤはいた。
「ほう?その姿とはな。」
背中に無数の翼を生やして。
「あれは翼人族?」
アルテアが思わず口にする。
「違う。神人と呼ばれる者でも、その翼は四枚。
でも陛下は、明らかに多い。」
アルテミシアが即座に否定する。
「光の翼を生み出す魔法、たしかに過去には使える者がいたと聞く。」
エストレイシアが口にする。
「ええ。でも、その光の翼は多くても四枚だったはず。」
ライラの反応。
「それが神人と呼ばれた者。或いは神の御使いと。」
アルテミシアが補足する。
ならば、今のリュウヤの姿はどう呼べばよいのか?
無数の翼を広げて宙に浮いている。
「混ざっておるとは思うていたが、妾の想像以上だったようじゃ。」
ハーディが笑う。
「少しばかり、本気になるとしよう。」
そう口にするやいなや、ハーディの魔力はより増大していく。
その魔力を持って放たれる光弾は、その数も威力も先ほどのものとは桁違いである。
それが一斉にリュウヤへと襲いかかる。
「リュウヤ様!」
「陛下!」
サクヤと、そして部下たちが悲鳴ともつかぬ声をあげる。
ハーディの放った光弾。
それはリュウヤの元に着弾することなく消滅する。
「ほう。そこまで力を振るえるようになった・・・、いや使うだけの覚悟はできたのかや?」
再びハーディの魔力が増大していく。
だが、今度はリュウヤの方もその魔力を増大させていく。
リュウヤとハーディ。
両者が魔法を発動させようとした時、
「そこまでにしてもらえぬかの?
わしの寝床を、これ以上荒らされるのは勘弁じゃぞ?」
両者を止める声がかかる。
「シヴァ!」
「姉上!」
驚く二人をよそに、
「よくもまあ、ここまで暴れてくれたものよな。」
呆れたような口ぶり。
「わしは長旅で疲れておる。
続きはまた明日にするがよい。」
有無を言わせず、この場を納めるシヴァに二人は従い、この神域を出る。
すでに空は明るくなりかけており、あの訓練とはとても呼べぬ戦いが、どれほどの時間を費やしていたかを知る。
リュウヤらが皇宮へと入って行くと、人型へと姿を変えたハーディは、側に控えるカルミラに話しかける。
「あの仕合、お前にはどう映った?」
「恐るべき戦いと。
もし、神域でなければどれほどの被害がもたらされたのか、考えたくもありません。」
「ふふふ、たしかにそうじゃの。
じゃが、あのリュウヤめが本気ではなかったと聞いたら、主はどう思う?」
「なっ!?まさか?!」
「本当じゃ。全力を出すのを躊躇っておるというのが、正解じゃろうがな。」
「・・・」
「彼奴が見せた最後の姿、翼を何枚広げていたか知っておるか?」
「光が強すぎて、はっきりとは見えておりません。」
「主らの目にはそうじゃろうな。
三十二枚じゃ。」
「三十二枚!?」
「そうじゃ。新しき神どもが十六枚。
ならば三十二枚は、どのような者たちが持つのじゃろうな。」
ハーディはそう言うと歩き出す。
そして残されたカルミラは呟く。
「三十二枚・・・。それは古き神と同じ?
だけど、翼を持つ古き神って・・・」
カルミラはここで気づく。
ハーディが混ざっていると言ったことに。
「混ざっているというのは、まさか・・・」
カルミラは、その先を言葉にすることができずにいた。