珍客万来
冷え込みが厳しくなり、初霜が降りた朝。
森の北方にある、山岳地帯の山々の頂きには冠雪がみられる。
リュウヤは大扉の前から、それを見ている。
「雪、か。」
近々、この辺りでも降るのだろうなどと、当たり前すぎることを考える。
雪には嫌な思い出が多過ぎるんだよな、と、やや沈んだ表情になる。そういえば、向こうの世界で自分が死んだのも雪の日じゃないか!
思い出して、ますます憂鬱になる。
「どうかなされましたか?」
サクヤが背後から声をかける。
最近、ここに来るときはトモエとシズカが同行していない。気を使ってくれているのだろうか?
「山の方は、雪が降っているのですね。」
リュウヤの隣に立ち、同じ方を見る。
サクヤの吐く息も白く、指先をその息で温めている。
その様子を見て、リュウヤは自分の着けているマントをサクヤに掛ける。
「リュウヤ様、それではリュウヤ様のお身体が・・・」
冷えてしまいます、その言葉に被せるようにリュウヤは言う。
「寒いのは好きなんだ。」
嘘ではない。晩秋から初冬、もしくは初春の冷たい空気が好きで、その時期によく単騎でツーリングをしていたものだ。肌を刺すような冷気によって、研ぎ澄まされるような感覚が好きだった。
「サクヤは、雪が好きなのか?」
「はい。子供の頃は、よく雪の中を駆け回ったものです。」
サクヤが駆け回る。
「今のサクヤからは想像できないな。」
「それは、子供の頃ですから。」
クスリと笑う。
「意外かもしれませんが、お転婆だったんですよ。」
木に登ったり、野山を駆け回り泥だらけになったり。
トモエとシズカが手を焼いていたものです。
そう言って笑う。
そんなサクヤの姿、ますます想像ができない。
ふと下を見ると、リュウネがトール族を率いてどこかへ出かけるようだ。
リュウネは2〜30歳ということらしいが、どうも人間に換算すると7〜8歳くらいか。お姉さんぶりたいお年頃のようで、トール族のお姉さんになったつもりらしい。
"りゅーやさま、行ってきます!"
こちらに向けてぶんぶんと、手を振っている。リュウヤとサクヤ、二人もリュウネに手を振り返す。
「薪を集めてくる、そう言っていましたよ。」
お弁当を持って。
なるほど、サクヤが許可を出したということか。
引率の保護者よろしく、サギリがこちらに一礼する。
"気をつけて行け。なにかあればすぐに連絡せよ。"
"わかりました"
気をつけるよう、念話にて伝える。冬眠前の熊もいるだろう。闘いにまったく向かないトール族がいるのだ。注意するに越したことはない。
「心配はいりませんよ、サギリがついているのですから。」
龍人族の中でも、上位の力を持っているのだから。
元気に先頭に立つリュウネと、その後に続くトール族。暖かく見守ることにしよう。
「では、戻るとしよう。これ以上は、さすがに身体が冷える。」
「はい。」
ふたり並んで、中へと戻って行く。
サクヤの顔を見て、ふと思う。
雪の日に死んだが、そのおかげでサクヤに出会うことができた。それならば、これから雪に良いイメージを被せることができるかもしれない、と。
リュウネ達は、北へ向かって歩いている。
ただ単に薪を集めるのではなく、間伐も今回の目的となっている。
木々もある程度間引かないと、他の木々の成長に悪影響を与えることになる。また、間引いた木々を乾燥させれば薪になるし、そのままにしておいても、そこから食用となるキノコが生えてきたり、他の木々の養分となる。森に蓄えられた養分は、河川に流れ込み海を豊かにもする。
日本の森の荒廃、時々報道されることだが、それは林業従事者の高年齢化のために、こういった間伐ができなくなってきたことに大きな要因がある。そして森の荒廃は、海に十分な栄養がもたらされなくなり海の荒廃を招くのだ。
トール族は、成長の遅い木々をせっせと伐り倒し、その枝を払う。払われた枝を、リュウネがせっせと籠に入れていく。自然と成立する分業。
普段、あまりみんなと一緒に作業をすることがないリュウネは、張り切っている。みんなの役に立てる、そのことがとても嬉しいようだ。
「そろそろ、お昼にしましょう。」
サギリがみんなに告げる。
リュウネとサギリの弁当は、固めに焼かれたパンと、森で狩られた鹿肉の燻製。最近飼い始めた鶏の卵の玉子焼き。
トール族はその巨体に見合うよう、鹿肉を分厚く切って焼いたもの。パンもリュウネたちのものの3倍はあろうかという大きさ。玉子焼きは、卵がそこまで取れないため、代わりに大きな川魚の塩焼きを入れている。
山羊乳をそれぞれのコップに注ぎ、食べ始めた。
昼食が終わる頃、サギリは空を見上げる。
雲行きが怪しくなってきている。
「今日はここまでにしましょう。」
雪が降りだす前に戻ることを決断する。
リュウネは残念そうな顔をするが、そこはお姉さん。みんなのお手本にならないと。そんな気持ちでサギリの言葉に従う。
「みんな、もどるじゅんびをするよ!」
トール族に号令する。
戻る準備が整った時、物音が聞こえる。
「何者か!!」
サギリの厳しい誰何の声が、周囲に響く。
誰も出て来ようとしない。
リュウネにリュウヤへの念話をするよう、小声で指示をする。
そして、再び誰何する。
「この地が始源の龍の治むる地と知ってのことか!」
その言葉に、物音がした周辺にざわめきが広がる。
そして、姿を現した者たち。その者たちを見ると、怪我をした者が多い。その者たちの容姿。
「エルフ?いや、アールヴか?」
エルフとアールヴ、見た目にはほとんど変わりがない。最大の違いは、生み出した神の違い。古き神と呼ばれる神により生み出されたのがアールヴであり、新しき神により生み出されたのがエルフだ。
両者の関係は、よく言って武装中立。ありていに言えば敵対関係にある。
「我々はリョースアールヴ。天啓を得てこの地に参りました。」
リーダーらしきものが、サギリに向け話しかける。
リョースアールヴ?確か北の山岳地帯を越えた、こちらとは反対側にある森に住んでいる種族のはず。そして天啓とは?もしかして、リュウヤ陛下のパドヴァでの宣言のことか?
「始源の龍様と、その盟友だというリュウヤ殿にお会いしたい。」
リュウヤの名が出たことで確信する。パドヴァでの宣言、あれを天啓と受け止めたということだろう。
「わかった。案内しよう。」
サギリはそう答え、
「重傷者はいないか?いるならば、申し出てほしい。」
重傷者は20名弱。後の怪我人は軽傷なようだ。
総人数はざっと見て150名ほどか。
リュウヤに念話にて報告をいれ、リョースアールヴたちを連れて戻ることにした。
サギリからの報告を受けたリュウヤは、頭を抱えたくなる状況にあった。
巡視に出ていたミカサ班より報告があったのだ。
「デックアールヴと接触しました。彼らは庇護を求めています。」
という報告が。