布教の条件と、新たな動き
リュウヤは、五大神の聖女とその筆頭補佐と言うべき者たちを集め、改めてこの龍帝国における布教のあり方と、政治との関わり方についての協議を行う。
基本的なものは大地母神神殿、ユーリャとアリフレートとの間で交わした覚書と変わらない。
それを新しくやってきた、至高神の聖女ビオラとともに参加している神官長エウァリストゥスへの説明を行う。
・布教・信者獲得のために武力や暴力を使用してはならない。
・固有の武力保持を認めない。
この二つが基本となる。
「一つ目はわかりますが、二つ目は軍神神殿の方々も認められたのですかな?」
当然の疑問だろう。
「認めた。」
コルネリアの単純明解な返答。
「ですが、軍神となれば武の鍛錬もありましょう?」
「鍛錬のための武器は、神殿が貸し出す。」
要領を得ない様子のエゥアリストゥスに、リュウヤがその言葉の意味を確認する。
「各神殿において、信者を守るためにも武力が必要だと言いたいのだろう?」
「はい。それが、特に武力というものへの比重が高い軍神神殿が認めたというのが、私には理解し辛く感じられまして。」
「龍帝国相手に戦っても、犠牲者が増えるだけ。」
コルネリアの言葉は短い。
それに苦笑しながらリュウヤが説明する。
「各神殿に配備されている兵は、名目上は龍帝国所属となっている。」
「名目上?」
「その実態は、各神殿の信徒によって構成されているということだ。」
当然だが給料も龍帝国が支払っており、武器も支給されている。
ただ、その権限についてはかなり制限をされてもいる。
その権限は、神殿とその周囲の治安維持と、神殿関係者の護衛。
また、有事の際には神殿は住民の避難場所として扱われるため、その警護が任務となる。
「役割に制限をつけないと、危ないことをしでかそうとする馬鹿が現れんとも限らんからな。」
リュウヤの言葉は、自分のいた世界の歴史の中の出来事を指している。
加賀一向一揆や越中一向一揆の際、蓮如は一揆に参加した信徒を諌めていたがその甲斐もなく、信徒たちはその守護を討ち果たしている。
その原因は領主の悪政にあるのだが、それでもその後の両国の混乱は一向一揆の指導者となった一向宗に帰せられるだろう。
だが、エゥアリストゥスはリュウヤの言葉に、神聖帝国とその帝都にある至高神神殿配下の神殿騎士団の関係を思い浮かべる。
自分が神殿を捨てて、ビオラの元へと向かう決心をした時には、帝国側は継戦を止めようとしていたが、神殿騎士団はなおも継戦を叫び、また国軍兵士に対しても継戦を呼びかけていた。
だからこそ、捨てる決心ができたとも言えるのだが。
「本来なら三つ目があったのだが、それを廃止してもいるのだがな。」
三つ目とは、聖職者による政治への表立った参加の禁止。
固有の武力を取り上げた代わりに、各神殿代表者とそれに準ずる立場の者が、リュウヤに対して直言する権利を与えている。
代表者とは基本的には聖女を指すのだが、聖女不在の時はそれに代わる代表者を選任することになる。
準ずる者とは、聖女、もしくは選任された代表者が任命した者となる。
「直言する内容は、どのようなものでもよろしいのでしょうか?」
「内容をどうこういうことはない。
無論、常識的に考えてのものならばだが。」
ただ、リュウヤ個人として言うのならば、一番有り難いのは領民の暮らしについてのものだ。
飢えや貧困、役人の汚職などは特に有り難い。
また、それぞれの地域における産業振興の提案などもあると嬉しい。
「あと、どうしても俺が参加しなければならない祭祀がある、などというのもあるな。」
リュウヤとしては、龍帝国を宗教国家にしたくはない。
だが、五大神の聖女がこの地に集まっている以上、ある程度は受け入れざるを得ない。
「それで、至高神神殿の建設予定地だが、ビオラとともに選定させていた場所がここになる。」
地図を広げ、指し示しながらエウァリストゥスに説明する。
「実際に見て見なければはっきりとは返答できませんが、地図上の立地は良さそうですな。」
「なら、明日にでも視察するといい。
建設責任者として、ドワーフのキヤトを付けるから一緒に行くといい。」
「陛下のお言葉通りにさせていただきます。」
エゥアリストゥスが返答したあと、それに続くようにビオラが許可を求めてきた。
「陛下、私も同行してもよろしいでしょうか?」
「かまわない。だが、ビオラも行くとなると護衛を増やさねばならんな。」
ビオラに返事をしながら考え、後方に控えるウッザマーニに、
「キュテリアとカシアに伝えてくれ。
明日、ビオラたちの護衛に着くようにと。
護衛の人員の選定は任せるともな。」
そう指示を出し、ウッザマーニもそれを受けてすぐに動き出す。
そして、それが合図であったかのように解散する。
☆ ☆ ☆
聖女らとの話が終わると、リュウヤはふと思い立ってシヴァがいるはずの大扉まで足を運ぶ。
実のところ、なぜここに足を運ぶ気になったのかわからない。
「珍しいの。お主がここに来るとはな。」
リュウヤの背後から声がする。
誰かを問う必要などない。
「そうだな。ここに来るのは雪祭りの時以来か。」
人型の姿になったシヴァが、リュウヤの横に並ぶ。
「なぜか、ここに来なくてはならないような気がしてな。」
「それは奇遇じゃな。わしもお前を呼ぼうと思っておったところじゃ。」
「なにか用があったのか?」
「いや、四色の竜に呼ばれての。しばしの間じゃが、留守にする。
遅くとも、主らの結婚式には戻ってくる。」
「そうか。」
「たいして長い期間ではないから心配なぞいらぬのだが、"食い意地の張った古き神"が来ると言って聞かぬでな。
そちらの世話もお主に頼もうかと思うてな。」
食い意地の張った古き神、かつてリュウヤ自身が言った言葉だが、言われた本人は、
「誰が"食い意地の張った古き神"じゃ!!」
そう反発していたものだ。
「姉上も、そこの無礼者と同じ言い回しをするなど、ひどいというものじゃ!」
いつの間にやってきたのか、その食い意地の張った古き神は抗議の声をあげている。
「まったく、ひどい物言いを覚えたものじゃ、姉上も!」
食い意地の張った古き神ことハーディは、ジト目でシヴァを睨む。
「わかった。ハーディの胃袋の世話は任せておけ。」
「なっ!お前はまたそういうことを!」
リュウヤに詰め寄るハーディを見て大笑いするシヴァ。
「では、わしは行くゆえ、後は任せるぞ。」
シヴァは本来の姿へと戻ると、悠然と天へと登りその姿は瞬く間に見えなくなる。
シヴァを見送ると、
「リュウヤよ。妾と姉上、いや古き神の全ては今代で全てを終わらせるつもりでおる。
すでに気づいておるじゃろうがな。」
「安心しろ。俺とて、自分の代で終わらせるために色々としている。
悲劇なんてのは、三度も続けばもう十分だからな。」
「そうじゃな。」
リュウヤは仕事に戻るために執務室へと向かい、やることのないハーディもまた、その後をついて行っていた。