飲み過ぎ注意、そして
軍神神殿建設地にて、リュウヤがコルネリアやシニシャたちの前で魔法を見せた夜。
シニシャは自身に与えられた部屋で考え込んでいる。
鉄すら一瞬で蒸発するという超高温の炎を生み出す魔法。
リュウヤはその後にも、コルネリアに煽てられて幾つかの魔法を見せている。
たとえば電撃魔法。
これは攻撃のための魔法というよりも、相手を麻痺させて捕縛するためのものだった。
尤も、電撃の威力を上げれば相手を殺傷することも可能だということである。
さらに凍結魔法。
もう真夏になるというのに、空気すら凍りついたのではないかと思わせるほどの酷寒を味合わせてくれた。
それでも、あの男は力を抑えていると言っていた。
思い出せば思い出すほど、恐ろしく感じられる。
「何を考えておられます?」
いつの間に部屋に入ってきたのか、ナタリヤが目の前に立っている。
「私が近くに来ているのに、それに気づかないほど考え込まれているなんてらしくありません。
シニシャ殿下は、いつでも余裕ある態度でいてもらわなくては。」
その言葉に苦笑する。
「俺だって、考え込むことくらいあるさ。
特に、昼間のような光景を見せられてはな。」
「おそらく、いえ、きっとリュウヤ陛下お一人で、この世の全てを統べることもできるのでしょう。」
ナタリヤの言葉に頷く。
「間違いなく、それができるだろうな。」
だが、少なくとも今のところは本人にその意志が無い。
「あの男の部下には、一人で国を落とせる者もいるな。」
鬼姫モミジや吸血姫カルミラなどは、その最たる者だ。
いや、龍人族もその中に入るだろう。
「戦うおつもりですか?」
「まさか。
そんな大それたことなど、考えたこともない。」
それよりも、いかに敵に回さないようにするかに腐心している。
独断で、アナスタシアを側室として輿入れさせたのもその一環だ。
その当初の目論見以上に、リュウヤはアナスタシアを可愛がってくれており、その生家を攻撃するようなことはしないだろうことを確信させてくれている。
「こちらから敵対しない限り、セルヴィ王国を攻撃することはないだろうな。」
「それならば、今まで通りで良いでしょう。
むしろ、変に考えてしまっては悪い方に行ってしまいましょう。」
その言葉に、シニシャはハッとさせられる。
「たしかにそうだな。セルヴィ王国としての方針は定まっているのだ。
なら、あとはより強固な関係を作るだけか。」
「はい。」
単純明快な道を示したナタリヤの頭に、シニシャはその大きな手を乗せる。
その思わぬ行動に頬を赤らめるナタリヤ。
「一緒に飲むか?」
思わず出てしまった言葉に、シニシャ自身が驚く。
「はい!」
ナタリヤは心地良い返事をする。
「初めてですね、殿下が私とお酒を飲もうとされるなんて。」
「そうだったか?」
「はい、初めてです!
いつもは、私を子供扱いしていましたから。」
そういえばそうだったと思う。
ナタリヤはまだ十代後半、二十歳にはなっていなかったはず。
「なら、飲みすぎないようにしないとな。」
そう言って、シニシャはナタリヤにグラスを渡し、葡萄酒を注ぐ。
「この葡萄酒はかなり甘くて飲みやすいからな。
酒を飲み慣れない者には、丁度いいのだが飲みすぎるという欠点がある。」
そう言われながら、ナタリヤは葡萄酒に口をつける。
「甘い!これなら、いくらでも飲めてしまいそう!」
その言葉通りに、グイグイと飲み干していく。
その飲みっぷりに、シニシャは調子に乗って葡萄酒を注いていく。
このことにシニシャが後悔するのは約三ヶ月後。
そして、十月十日後に新しい命が産まれることになるのだった。
☆ ☆ ☆
その頃、リュウヤはというと一つの報告を受け、至高神の聖女ビオラを呼び出していた。
そして、その報告に登場した人物を自身の執務室に招き入れている。
その人物は、ビオラが入室するや彼女の前に平伏し、
「聖女様、貴女の下に仕えさせてください。」
そう訴えている。
ビオラはその人物の手を取り、
「エウァリストゥス司祭様、お顔をあげてください。」
そう促され、顔をあげたエウァリストゥスに、
「司祭様は、これまで私を導いてくださいました。
その司祭様が私と共に歩んでくださると言われるのなら、それを拒む理由などございません。」
その言葉に涙を流すエウァリストゥス。
その二人の様子をリュウヤは黙って見ていた。
☆ ☆ ☆
ビオラとエウァリストゥス、二人が落ち着くのを待って話しかける。
「これで、この地に至高神神殿が建設できるな。」
「はい。」
そう返事をするビオラと、
「この地に至高神神殿を建てても良いのですか?」
驚くエウァリストゥス。
それも当然で、龍帝国は至高神神殿を戴く神聖帝国と戦闘状態とは言わなくとも、神聖帝国と交戦中である獣人族の同盟者である。
それなのに、この地に至高神神殿を建てるのは同盟者である獣人族に対する裏切り、そう捉える者もいるはずだ。
「獣人族からは、そんな抗議は来ていないな。」
これは、リュウヤのもとにすでにビオラがいることが大きい。
そしてビオラの人柄。
彼女は龍帝国に来てから、ただの一度も他種族に対して差別的な言動をしておらず、分け隔てなく接しているのだ。
その姿を見て、龍帝国にいる獣人族たちも至高神神殿に対する見方を改めたのだ。
全ての至高神信徒が、人間至上主義ではないのだと。
だからリュウヤは釘を刺すことを忘れない。
「お前たちの行い一つで、この地でビオラが積み上げてきた信用、信頼を失うことになるのだと、確と心得よ。」
と。
「それから、ビオラにはすでに話しているが、この地での布教及び神殿建設の条件を、明日伝える。」
最後にそう伝えられると、二人は一礼して退室した。