表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍帝記  作者: 久万聖
450/463

セルヴィ王国の出来事

 リュウヤが視察に出る七日ほど前。


 セルヴィ王国王都ベオグラにある王宮にて、当人たちにとっては深刻な問題が起きていた。


 その発端は龍帝国に輿入れした第一王女アナスタシアからの手紙の、最後の文章。


 "追伸

 私もお母さんになりました。"


「うん?お母さんになりました?」


 お母さんになりました?

 これはどういうことだろうか?


 だいたいからして、輿入れした女性が故国に送る手紙というものは検閲を受けるものである。

 そうでなければ、どんな機密が漏れるか知れたものではないから。


 そういう王族の常識でみるなら、"お母さんになりました"という一文は、龍帝国がセルヴィ王国に伝えるべき情報といえる。


 ならば、そこから読み取れる情報は・・・。


「まさか、アナスタシアが妊娠?!」


 いや、アルセンの報告ではリュウヤは一六歳になるまでは手をつけない、そう言っていたはず。


 いや、アルセンの前ではそう言いつつも、本当は幼女趣味だったのではないか?

 そうでなければ、あれだけの美女に囲まれていながら、誰にも手をつけていない理由がないではないか!


 だが、ここで辛うじて理性が働く。


「いや、これは自分一人で判断しては間違うことになりかねん。」


 そう呟くと、


「王妃を呼べ。それからアルセンとマリーア、シニシャもだ。」


 アレクサンダルは、兄弟総出で対策をとることにしたのである。






 ☆ ☆ ☆






 最初に来たのは王妃エウドキア。


 今回、アレクサンダルに呼ばれた者たちの中で、唯一、龍帝国に訪れたことがない。


 それにも理由があり、同盟締結及びアナスタシアの輿入れの時には妊娠中だったため、身体の負担を考慮して同行しなかったのだ。


 その後は、出産と産後の体調を考慮されたため、まだ龍帝国へは行っておらず、リュウヤとも当然ながら面識はない。


 エウドキアは、夫アレクサンダルからアナスタシアの手紙を渡されて、目を通している。


 そして、やはり最後の文章に引っかかりを覚えているのか、凝視している。


「陛下、御呼びとのことでずが、何かございましたでしょうか?」


 続いてやってきたのはアルセンとマリーア。


 ふたりは、エウドキアから手紙を渡される。

 そのエウドキアから、怒りの感情が溢れていることに、一抹の不安を覚える。


「これは、近況報告ですね。」


 マリーアがまず目を通す。


 そこに、


「おお、兄者。

 急に来いと言うから、慌てて来たぞ。」


 息を切らすことなく、慌てた様子をカケラも見せないでシニシャが現れる。

 が、自分を睨むエウドキアの視線と、殺気の混じった雰囲気にシニシャは思わずたじろぐ。


「な、なにがあったのだ、兄者?」


 アレクサンダルは、アルセンとマリーアへと視線を向け、シニシャも彼らが手にしている手紙に気づく。


「何が書いてあるんだ?」


 早速、その手紙を覗き込む。


「近況報告、のようですけれど・・・」


 マリーアの返事。


「うん?カルドゥハルのドワーフ王に会ったことと、その王妃から孫娘のように可愛いがってもらえたのか。

 随分と嬉しそうに書いているな。」


 更に読み進めると、デックアールヴやリョースアールヴの里での出来事。


 そして、


「うん?あの戦闘狂、また戦いをおっぱじめたのか。」


 当人が聞いたら、間違いなく抗議したに違いない台詞を吐く。


「戦って壊滅させておきながら、エルフの子供達を保護するとは、随分と酔狂なことをするな。」


 そのうちの一人、エルフの幼女をリュウヤが養女としたことが記されており、


「アイツ、幼女趣味だったのか?」


 思わずそう呟く。

 その言葉に反応するアレクサンダルとエウドキア。


 特にエウドキアは、殺気のこもった視線をシニシャに送っている。


 エウドキアがシニシャを嫌う理由は、主にふたつ。


 一つはシニシャに王族としての責任感が見えないこと。

 無論、シニシャにはシニシャなりの責任感があり、務めを果たしているのだが、それがエウドキアの考えるそれとは大きく違うのだ。


 王族として、国王の側にあって支えるというのがエウドキアに考え、というよりも世間一般の考え方だろう。

 だが、シニシャはそういった型にはまらない。

 時には出奔までして、コスヴォル地方奪還のために奔走する。


 その功績を認めつつも、どうしてもシニシャという存在を王族として認められない。


 そしてもうひとつの理由。


 それは、愛娘アナスタシアの輿入れを勝手に決めた事。


 エウドキアとしては、他国に嫁がせるにしても最低でも正妻として。

 そして、成人年齢となる十五歳までは手元に置いて育てたかった。


 そのどちらの願いも踏みにじった、そのことへの怒り。


 それを理解していたからこそ、シニシャもなるべく王宮に寄り付かないようにしていたのだが。


「ん?"お母さんになりました"?」


 シニシャはそこで考え込む。


「いや、シニシャからリュウヤ殿が幼女趣味そういうしこうでないことは聞いてはおるし、アルセンからも十六歳になるまで手を出す気は無いと、そう言明されたことは聞いている。

 だが・・・」


 人とは変わるもの。気が変わって手をつけている可能性もあるのではないか?


 アレクサンダルはそう言外に言っている。


「それに、だ。他国に出す手紙の内容を確認しないわけがないだろう?

 ならば、それは我らに伝えるべき情報なのではないのか?」


 その言葉に、アルセンは唸る。


 アレクサンダルの言葉は、確かに筋が通っているように感じる。


「だが、本当にそうなのか確認せねばならないだろうな。」


 早合点ということもあり得る。

 確認もせず、下手に動けばかえって混乱することになる。


「ならば、誰を送る?

 それに、名目はどうする?」


 アレクサンダルの問い。


 あからさまに、アナスタシアの懐妊の確認などとは言えない。


 そこで目を向けられたのはアルセンとマリーア。


 ふたりの子供を連れて、従姉妹に会いに行くというのはどうか?


「つい最近も、それで行っているからな。

 名目としては弱い。」


 リュウヤが龍帝と称するようになった、その真意を知るためにその名目を使っている。


「なら、アナスタシアに我が国の産品を差し入れするというのはどうだ?」


 シニシャの提案。


「いや、それも弱いな。

 マリーアが行った時に、かなりの量を差し入れている。」


 アルセンが否定する。


「それならば、わたくしが参ります。

 産まれたばかりの妹を会わせる、そう名目を立てればよろしいでしょう。」


 エウドキアの提案に、


「ま、待て!」


 慌てるアレクサンダル。


「そうだぞ、義姉上あねうえ。まだカタリナに旅は早いだろう?」


 アルセンが兄を援護する。


「大丈夫です。龍帝国の岩山の皇宮まで、せいぜい三日でしょう?

 その程度なら問題にはなりません。」


「いや、五日だ。カタリナの負担を考慮するなら、それくらいの時間をかける必要がある。」


 即座にシニシャが修正する。

 まだ一歳と少しの赤子を連れて行くとなれば、最新の注意が必要となる。


「わかりました。五日ですね。」


 完全に自身が行く気になっている。


 こうなると、梃子てこでも動かないことを、三兄弟は知っている。


「仕方あるまい。シニシャ、お前に護衛は任せる。」


 アレクサンダルの言葉に、シニシャは抗議の声をあげかけ、思い留まる。


「わかった。だが、もしもの時のために、マリーアも一緒に行ってもらいたい。」


 シニシャは内心の思いを隠して、そう兄と弟に提案する。

 シニシャの内心としては、国内の雑事から逃げられる、その思いが一番強い。


 そして、義姉エウドキアをマリーアに押し付けて、自分は龍帝国でのんびりする。


 そう青写真を描く。


 アレクサンダルとアルセンは、エウドキアの相手をマリーアにさせることに同意する。

 シニシャに相手をさせて、ストレスを溜め込ませることに不安を感じたこともある。


「わかりました。私も同行させていただきます。」


 マリーアは子供達を連れて行くことを条件に、シニシャの提案を受け入れる。

 そして、


「それからシニシャ義兄上あにうえ様、しっかりと働いていただきますから、覚悟をしておいてください。」


 シニシャの目論見は、マリーアに読まれていたようである。


 軽く肩をすくめるシニシャだが、こうして龍帝国へ派遣されることが決定されたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ