変化
移住団の第一陣が入植してより一ヶ月。
その後の入植は、さほど増加していない。一回で、せいぜい20人くらいの規模である。
第一陣の様子をうかがってから、それからでも遅くないという判断なのだろう。それに、そろそろ冬が来るため、食料や燃料、住居に不安があってもおかしくはない。時期的に、慎重さがまさっているというところか。
受け入れる側としては、その判断は有難い。あまり大規模に入植されても、対応ができない部分が多いのだから。
確認できている、現在の人口が約三千人。ほんのひと月前からすれば、倍近くの増加だ。人手が増えて嬉しい反面、食料の自給という面では問題が多い。イストールからの賠償という名目の援助のおかげで、なんとかなっているありさまなのだ。イストールにしてみれば、ここで貸しをつくっておこうという判断もあるのだろう。この借りがどれほどのものになるかは、現段階ではわからないが、台所事情を考えれば受けざるを得ない。
そしてこの一ヶ月で、様々な変化が起きていた。
パドヴァの王子王女たちの意識の変化。それが一番大きな変化かもしれない。
最初の頃は、不平不満、文句ばかり言っていたのだが、それが無くなった。それぞれ、きっかけがあったのだろうが、ユリウスの変化が最も影響したのかもしれない。
ユリウスも、他の者たちの例に漏れず、不平不満ばかりこぼしていた。
"なぜ、毎日のように視察に行くのか"
"あんな平民の声を聞いて、なんになるのか"
夕方に視察から戻り、あがってきた報告を聞いていれば、
"あんなことは臣下の者にやらせればいいではないか"
と、全てに不満をこぼしていた。
それを聞き、諭したのがグィードであり、古くから仕えていた老侍女だった。
「陛下の行動を見るのではなく、その先にあるものを見なければなりません。それができないならば、ユリウス王子に王となる資格はありません。」
とは老侍女の言葉である。
「この地には、王宮を掠奪した者もおります。その者たちは、この地を守るためならば、自ら剣を取って戦うでしょう。」
このグィードの言葉を信じられず、
「そんなことあるわけがないだろう。この地が危なくなれば、鉾を逆さまに突き立てるだろうさ。」
そう反論する。
「そんなことにはなりません。」
確信を持って、グィードは言う。
「殿下は、この地の民の目をご覧になられましたかな?」
「いや?」
「この地に来た者たちは皆、活力に満ちた目をしております。リュウヤ陛下が親しく言葉をかけ、時に激励し、時に苦労を労い、また時に感謝の言葉を述べられる。故に、民たちは陛下に報いんとするのです。」
「・・・・。」
「翻ってパドヴァ王国を省みてご覧なさい。誰が民に親しく言葉をかけられましたか?」
そんな者など居なかった。パドヴァでは、皆が王宮の奥にいて、それこそパーティー三昧だった。王族、貴族と平民は住む世界が違う。平民とは、王族や貴族に税を差し出す存在であり、搾取すべき対象でしかなかった。平民の暮らしなど気にしたこともない。その結果がどうなったのか?
歪んだ選民思想が根付き、それに優遇されていた魔術師たちも毒された。その結果、龍人族に喧嘩を売り、返り討ちにあって国が滅んだ。
「リュウヤ陛下は、王子たちが成長した後、パドヴァ王国を返すと仰られております。その時に、同じ過ちを犯すのですか?そんなことになれば・・・」
その時こそ、パドヴァ王国を完全に併呑するだろう。
行政機構をそのまま残してあるのも、国を返す時のため。無論、現段階で併呑できないという事情もあるだろう。だが、"次"はどうだろうか?その時になれば、この国も体制が整い、併呑出来るだけの力と人材を揃えているかもしれない。
パドヴァ王国を取り戻し維持する機会は、一度しかないのだ。
自分たちの意識を変えなければならない。
「学ばなければならないのだな、リュウヤ陛下に。」
ユリウスは呟く。
「この国は、丁度よいことに建国の真っ只中です。そこで学べることは、それこそ山のようにありましょう。」
「そうだな。」
ユリウスはグィードに向き直る。
「その時はグィード、お前にも力を貸してもらいたい。」
「御意に。」
グィードは、改めてパドヴァ王国の騎士として役に立てることに、歓喜した。
昼食を兼ねた会議。
ユリウスが発言する。
「この地には、民を慰撫するような娯楽がありません。」
だから、旅芸人の一座であったり、小さなものでもいいから劇団を招くことはできないだろうか?
劇場とまでいかなくても、小さな芝居小屋くらいなら建設できるのではないか?
「面白い提案だな。」
リュウヤは考える。実は、リュウヤ自身もそのあたりは考えていたのだ。この地には"文化的なもの"が無い。
絵画や彫刻ならば、ドヴェルグたちが作成してはいる。
だが、それ以外のものが欠落している。
音楽や芝居もそのうちの一つだ。
「旅芸人や劇団を招くのはいいが、その伝手はあるのか?」
リュウヤたちには、全く伝手が無い。そのため、なかば諦めていたことでもある。
「はい、伝手ならばございます。」
貴族の子弟の中に、その方面に伝手のある者がいるとのこと。
「ならば、ピエトロに書状を出し、招くとしようか。」
ドゥーマに芝居小屋の建設を指示する。
時間もないのだから、それほど大きくなくてもいいだろう。
「それで良いかな、ユリウス。」
「はい、ありがとうございます。」
そこへ遠慮がちに、最年少の王女マロツィアが発言する。
「御本が読みたいです。」
たしかこのマロツィアは7歳だったか。
本が読みたい、かあ。
それは、リュウヤにとっても懸案だった。
日本にいた頃、たらい回しにされていた親戚の家の微妙な空気が嫌で、学校の図書館や地域の図書館に入り浸っていたのだ。そのせいか、活字中毒ともいえるほどなのだが、龍人族やドヴェルグに本を書くという文化がない。文字はあるのに、それが残念で仕方がなかった。
パドヴァ王宮にあった本を持ってきたらよかったかとも思うが、文化財というものは動かさない方がいいと、現代人らしい判断を下したのだ。
「本の件ならば、解決すると思いますよ。」
サクヤはそう言うと、一通の手紙を取り出す。
「手紙を持ってきた使者の話では、魔術師学校の件とのことですから。」
その手紙を受け取り、目を通す。シヴァとの魂の融合のおかげで、この世界の文字が読めるのはありがたいと思う。
「移転の申し入れか。」
やはり、魔術師学校への風当たりが強くなってきたようだ。そのためにこちらに移転を申し入れてきた。
「サクヤ、移転を受け入れると返事を認めてくれ。それから・・・」
マロツィアを見て、
「マロツィアたちが希望する本を持ってくるように、と。」
顔がほころぶマロツィアたちを見て、
「わかりました。皆の希望を聞いて返信いたします。」
サクヤはリュウヤに一礼する。
夜。
一番大きな変化は、リュウヤとサクヤの関係だろう。
やるべき事を終わらせると、どちらともなく大扉の前に来て、ともに時を過ごすのが習慣となっていた。
話すことは、その日に起きた出来事だったり、他愛のないことだったり。時には寄り添うだけで一言も発することもない。ただ、共に過ごせることが嬉しく、楽しい。
日本において、リュウヤが望みながら得られなかった時間。
数少ない女性との交際。結婚話が出たこともあるが、リュウヤに両親がいない、そのことで彼女の両親から断られたものだ。そのためいつしか結婚を諦め、また女性との交際そのものを敬遠するようになった。
ただ、この幸福な時間を幾度も繰り返していきたい、そう願うばかりだった。