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龍帝記  作者: 久万聖
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竜女族の文化

 この夜、宿舎となっている建物の中では、夕食を兼ねた竜女族ヴィーヴルとの交流会が行われている。


 元々、この建物は西方へ向かうための拠点としていたものであり、広い床面積があるため竜女族たちが生活するだけの空間スペースがある。

 また、竜女族を受け入れるために補強もされているため、二階も居住できるようになっている。


 リュウヤとサクヤの前には、竜女族ケーサカンバリン氏族族長ルカイヤがいる。


「ルカイヤとこうして話すのは、初めてだな。」


 ルカイヤが来た時には、リュウヤはイストール王国のウリエ王の即位式に参列しており、またそれから戻ってからは互いに忙しくて、こうやって話をする機会がなかった。


「はい。我らとしても、もっと早くにしっかりと挨拶をしたかったのですが、今、この時まで遅れてしまったことをお詫びいたします。」


 彼女がこの地に来てから三ヶ月あまり。


「不便なこと、改善が必要なことはないか?」


「今のところは、そのようなことは感じておりません。

 ただ、今は夏ですので不要ですが、冬に備えた準備を早いうちから整えたいと思います。」


「必要なものがあれば、遠慮なく言ってくれ。」


「はい。わかりました。」


 そう頭を下げて返事をするルカイヤ。


「それにしても・・・」


 と、リュウヤはこの場にいる竜女族たちを見渡し、


「思ったよりも、皆の表情が明るいな。」


 そう呟く。


 特に若い者たちの表情が明るいように見える。


「そう、かもしれません。」


 リュウヤの呟きが聞こえたのだろう、ルカイヤがそう答える。


竜女族どうぞくで殺し合う必要が無くなったことが、大きいのだと思います。」


 確かに、それもあるだろう。

 だが、もうひとつ。

 安定した生活を送ることができるようになる、その安堵感。


 戦争というのは巨大な消費活動であるのだが、そこには、極一部のことを除いて生産性というものは存在しない。


 それは生活の困窮を招き、困窮は生活の安定を破壊、社会の安定をも破壊することになる。


 そこから脱することができると思えば、若い竜女族たちの表情も明るくなるというものだろう。


「陛下ぁ。」


 明らかに酒に酔っている竜女族の娘が、リュウヤのところにやってくる。


「このお酒も飲んでくださいよぉ。

 ここの人たち、このお酒の良さをわかってくれないんですよ。」


 若い竜女族の絡み酒に苦笑するリュウヤ。

 なみなみと白い液体ががれたカップを渡す、若い竜女族。


「もうっ!ラージュン!

 いくら陛下が無礼講と仰ったからって、ダメでしょう!」


「いいじゃないのよ、ウッザマーニ。」


 ラージュンと呼ばれた若い竜女族は、リュウヤにしなだれかかろうとするが、それは軽くリュウヤにいなされる。


「酒をすすめられることくらいなら、かまわんよ。」


 リュウヤはそう言ってカップを受け取る。


「陛下、いくら無礼講でも、ある程度の礼儀を弁えさせませんと・・・」


 普段のウッザマーニなら言わない小言を余所に、リュウヤは受け取ったカップを口に近づける。

 そして、その液体の香りに気づく。


「陛下!」


 なおも小言を続けようとするウッザマーニを手で制すると、


「これは、米から作った酒か?」


 懐かしい香り。


 そして、その液体を口に含む。


「はい!そうですよお。米から作ったお酒でーす!」


 ラージュンは、嬉しそうに言う。


「サクラ、お前も飲みたいのではないか?」


 護衛のひとりとして随行している、鬼人族オーガの女戦士に声をかける。


「は、はい!是非とも!」


 鬼人の女戦士はラージュンに、自分のカップを向ける。


「俺のいた国でいう、濁酒どぶろくに近いな。」


 これは米の品種の違いなのだろうか?

 そんなことを考えている横で、サクラがいい飲みっぷりを見せる。


「サクラさん凄い!さあ、もっと飲みましょう!」


 ラージュンは、サクラのカップになみなみと注いでいく。


「リュウヤ様。私にも少しいただけませんか?」


 隣に座っているサクヤが、控えめに口にする。

 そのサクヤに、自分のカップをそのまま渡すリュウヤ。


「お口に合いましたでしょうか?」


 ルカイヤの心配そうな言葉。


「ああ、久しぶりに飲ませてもらったよ。

 だが、盲点だったな。」


 オスマル帝国を無理矢理自分のいた世界に当てはめるなら、中東辺りになるだろうか。

 その中東からヨーロッパに広まった食文化のひとつが、米食だという。


 スペインのパエリアは、イスラム帝国による征服を受けた際に広まったものとされているし、ピラフの原型はトルコにあるという。


 ならば、オスマル帝国に米があっても不思議ではなかったということだ。


種籾たねもみはあるのか?」


 リュウヤの問いかけに、


「はい。ここでの生活が落ち着いたら、栽培を始めようと持ってきております。」


「そうか。今年はもう無理だから、来年から始めるとしようか。

 稲作をするのに適した場所を探さないといけないな。」


「はい。それでは、手の空いている者を調査に回します。」


「ルカイヤ殿。我ら鬼人族も協力するぞ!」


 サクラが力強く発言する。


 そして、リュウヤの隣で軽くむせているサクヤ。


「飲み慣れないと、そうやってむせることがある。」


 澄まし顔でいうリュウヤに、


「もっと早く言ってください。」


 そう抗議するサクヤ。


「でも、これが以前、リュウヤ様が言われていた"酒"なのですね。」


 かつて、カマクラを作って過ごした時のことを思い出したのだろう。


「ああ、そうだ。ただ、俺のいた国では無色透明な清酒が主流なのだがな。」


「無色透明、ですか?

 なにか、味が落ちてしまいそうな気がしてしまいますが。」


 ルカイヤの疑問。


「それは、好みの問題になるかな。

 飲み口はすっきりするぞ。」


 温めて熱燗あつかんにするも良し、冷やして冷酒として飲むも良し。

 楽しみ方は色々と広がる。


「まあ、米の生産が安定してからの話になるな。」


「そうですね。先走りすぎました。」


 酒談義の切っ掛けを作ったラージュンはというと、サクラと飲み比べをしている。


 そして、それを周りの者たちが囃し立てて煽っており、ウッザマーニは呆れ顔でそれを見ている。


「もう!初めて陛下がお越しになられたというのに。」


 ウッザマーニとしては、もっとしっかりした竜女族の姿を見せたかったのだろう。


「気にするな。むしろ、この短期間でここまで素の姿を見せてくれた方が、嬉しいというものだ。」


「そ、それはそうですが・・・。」


 そう不満そうな口ぶりのウッザマーニを横に、リュウヤは並べられた料理に舌鼓を打つ。


「竜女族の料理というのは、香辛料スパイスをたくさん使うのだな。」


「はい。オスマル帝国及びシンディス帝国は、多くの香辛料の産地でもありますから。」


「そういえば、スライマーン老が持ってきた手土産には、香辛料が多かったな。」


 ルカイヤの言葉に大きく頷き、オスマル帝国の使節団が持ってきていた手土産を思い出す。


「だが、米はなかったな。」


「それは、こちらの方々の主食が小麦だと聞いていたからでございましょう。」


 それならば、米を持ってくるようなことはしないだろうと、納得する。

 そのリュウヤの隣で、サクヤは口を押さえている。


「どうした、サクヤ?」


 リュウヤに声をかけられ、


「い、いえ、少し辛く感じられて・・・」


 その言葉にリュウヤは微笑を浮かべ、


「これでも、俺たちの口に合うように調節してくれているのだがな。」


 そう口にするが、その言葉にサクヤは驚いている。

 これで調節しているのかと。


「ダヒー(ヨーグルトの一種)を使った飲み物はないのか?

 あるなら、サクヤに出してやってくれないか。」


 その言葉にルカイヤたちが驚く。


「すぐにお出しします。ですが、リュウヤ陛下はよく御存知でしたね。

 もしかして、陛下のおられた世界で似たような物がお有りなのでしょうか?」


「ああ、俺のいた世界では、ラッシーと呼んでいる。」


「呼び方も、私たちと同じなのですね。」


 ウッザマーニは笑みを浮かべ、ラッシーを取りに行く。

 その後ろ姿を見送りながら、ルカイヤに問いかける。


「もしかしたら、竜女族には"カリー"なんて料理もあるのかな?」


「はい、ございます。陛下ぎ私たちの料理に御理解があると知っていましたら、お出しいたしましたのに。」


 残念そうなルカイヤの返答。


「リュウヤ様、カリーとはどのような料理なのですか?」


 ウッザマーニの持ってきたラッシーにより、口の中が人心地ついたサクヤが問いかける。


「数十種類の香辛料を使ったスープのようなものだ。

 使う香辛料の種類や分量で、それこそ無限に味を生み出せる。」


「リュウヤ様は、お作りにはならないのですか?」


「香辛料の加減や、組み合わせが難しいんだ。

 組み合わせを間違えれば、身体に悪い影響を与えかねないし、分量を間違えても、やはり身体に悪影響を与えてしまう。」


 だから、香辛料き対する深い知識が必要になるのだ。


「さすが陛下。単なる料理だけでなく、香辛料についても造詣が深くていらっしゃる。

 竜女族わたしたちからも、料理のできる者を皇宮にお出しいたしましょう。」


「有難い。だが、もらうばかりでは悪いな。

 なにかできれば良いのだが・・・」


「いえ、陛下は我らに平穏な暮らしができる地と、役職を頂いております。

 それなのにそれ以上など・・・」


 ルカイヤは辞退しようとするが、リュウヤはふとその視界に入った物のことを尋ねる。


「あれは、祭壇のように見えるがなんなのだ?」


「あ、はい。あれは我らの祭壇でございます。

 まだ来て間もないため、簡素なものになっておりますが。」


 簡素な祭壇の上にあるのは大きな箱のようなもの。


「あの箱のようなものの中には、遺骨か遺灰が入っているのか?」


「はい。ここでの暮らしが落ち着いたら、埋葬しようと、持ってきております。」


 それを聞いて、リュウヤは少し考える。

 そして、


「明日、あれを貸してくれないか?

 あの者たちの想いと、そしてお前たちのために少しばかりの助けにできる。」


 そのリュウヤの顔をじっと見つめ、


「わかりました。では明日、お願いいたします。」


 ルカイヤはそう返答したのだった。






 ☆ ☆ ☆






 出発前。


 リュウヤはルカイヤとウッザマーニを伴って、湖面・・を湖中央に向けて歩いている。


 湖に沈むことなく、湖面を動いていることにルカイヤとウッザマーニは驚いている。


 いや、驚いているのは彼女たちだけではない。


 湖面を歩いている、サクヤを除くその光景を見た全ての者たちが驚いている。


「サクヤ様は驚かれないのですね。」


 側に控えるサクラの言葉に、


「トモエとシズカから聞いておりますから。」


 そう、イストール王国王都ガロアにて、ガロア湖の湖面を歩いたことを聞かされているのだ。


「それにしても、リュウヤ様はなにをなさろうとしているのかしら?」


 サクヤの興味は、リュウヤが何をしようとしているのか、である。


 そのリュウヤはというと、ルカイヤから遺骨を受け取ると、それをそのまま宙に浮かべる。


 そして、二人に下がるよう命じ、十分な距離を取ったことを確認すると、いよいよ行動に移る。


 それは急激な変化となり現れる。


「珍しいです。戦い以外で、リュウヤ様が急激な変化をもたらすような力を使うなんて。」


 サクヤの呟き。


 その変化は凄まじく、リュウヤの周りは恐ろしいまでの魔力の高まりを、魔法を使えない者でさえ知覚できるほどだ。


 その魔力は凄まじい高温を生み、更に魔力は濃密になり凄まじい圧力を生じさせる。


 その超高温、超高圧力は次元の歪みを生んだかのように、中心にいるはずのリュウヤの姿を消していく。


 そこで何が起きているのか、誰にも伺い知ることができない。

 それでいて、誰もそこから視線を外すことができない。


 どれほどの時が流れたのだろうか。


 リュウヤの姿が再び見えるようになる。


 そこにあったはずの遺骨は、見えない。


「ルカイヤ、これを。」


 リュウヤから手渡されたのは、拳大こぶしだいの宝石。


「これは、まさか金剛石ダイヤモンド!?」


 ルカイヤの手のひらにある宝石を見て、ウッザマーニが驚きの声をあげる。


「ええ、間違いなく金剛石。でも、ただの金剛石じゃない。

 恐ろしいまでの魔力を込められた、金剛石。」


 ルカイヤはリュウヤを見る。


「その遺骨の主達の想いを、俺ができる限りにおいて形にした。」


 遺骨を炭化し、それを超高温、超高圧力にさらすことで人工的に金剛石を作る。

 それは現代地球においては確立された技術である。

 それをリュウヤはその魔力をもって成し遂げた。

 その遺骨の主の想いを封じて。


「いざという時に、その力を使うといい。

 必ずや、お前たちの力になるだろう。」


「は、はい。有り難く受け取らせていただきます。」


 ルカイヤとウッザマーニは、恭しくリュウヤに礼をする。






 ☆ ☆ ☆






 リュウヤらが皇宮へと戻るため、湖を渡るのを見届けたルカイヤは受け取った金剛石を祭壇へと安置する。


「遺骨の主の想い、ですか?」


 ラージュンの疑問。


「それを持ってみなさい。

 そうすればわかるわ。」


 ルカイヤのに言われ、ラージュンは金剛石を手にする。


 その金剛石から流れてくる想い。


「わかったかしら?」


「はい、ルカイヤ様。」


「私たちの安寧なる生活。それこそが彼女たちの想い。」


「では、リュウヤ陛下の言われた"いざという時"というのは、それが乱された時ということなのでしょうか?」


 ルカイヤは空を見上げ、


「そうなのでしょうね。その時が来ないことを望みますけれど。」


 そうラージュンに答えるのだった。


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