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龍帝記  作者: 久万聖
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それぞれの結末

 リュウヤらは、当初の予定であるエルフの里に到着する。


 そこで、白の教団ことエルフヘイムとの戦いに参加した者たちへ労いの言葉をかけ、そして二日間の休養を取らせることにする。


 もっとも、部下に休養を取らせてはいても、リュウヤ自身は忙しいものだったが。


 そして、虜囚となっているヌーッティは粗末な掘っ建て小屋に入れられ、晒し者になっている。


 晒し者になっているヌーッティの姿は、曲がりなりにも一国を牛耳っていた者の姿とは思えないほどやつれている。


 その目は窪み、口からはよだれが止めどなくこぼれ落ち、鼻水も出るがままで拭おうともしない。

 虚ろな視線で、発せられる言葉は音階もリズムも一定していない。


 そんなヌーッティを、エルフたちは遠巻きにして見ていた。


 わずかな期間での変わりようを訝しんだ、護送していたドルアから報告を受けたリュウヤは、


「ああ、それならドルシッラたちの仕業だ。」


 あっさりと答える。


「?」


「ドルシッラたちのグループは、今回ろくに活躍できなかったと不満でな。

 そこでヌーッティ相手に八つ当たりしているというわけだ。」


 それを聞いて、ドルア苦笑する。


「ドルシッラ殿たちがいたからこそ、我々の被害も最小で済んだのでしょうに。」


「俺もそう言ったのだがな。

 単独のグループで活躍していないのが不満らしい。」


 他のふたつのグループ。

 メッサリーナは本陣を襲撃したパーヴァリたちを相手に。

 ファーロウのグループは、エルフの里に入り込んだ者たちを相手にして、それぞれ戦果を挙げている。


 それが無いのが悔しいのだとか。


「なるほど。

 ですが、わずか二日であれほどになるとは、どんな悪夢や幻覚を見せたのでしょうか?」


「なんでも、エルフヘイムのエルフたちの死体を、延々と見せ続けているそうだ。」


「それは、たしかに効きますな。」


 自分の愚かな命令の結果を、延々と四六時中見せられるのだから、いかに図太い神経をしていようが、廃人となるのは早いか遅いかの違いしかないだろう。


「それと、陛下。

 あの愚物ヌーッティの処刑ですが、行幸が終わってから行う予定ですが、よろしかったでしょうか?」


 行幸というのは本来は慶事であるため、その最中に処罰するのは躊躇われるのだろう。


「それはお前たちに任せる。」


 そう返答し、その必要はないとは思われるが、


「だが、あの愚物ヌーッティに逃げられたりすることの無いようにな。」


 もはや廃人となっており、また部下たちには戦うことを命じながら、自身はあっさり投降したような者を、今更助けようとする者などいないだろう。


 だが、使い途があると判断する者が現れるかもしれない。


 ドルアに注意をするよう促すと、リュウヤはルーシー公国公子ヴァシーリーとルーシー公国公使ナジェージダ、プシェヴォルスク王国公使エミリアとの会談を行うため、席を立つのだった。






 ☆ ☆ ☆






 エルフヘイムの大人のエルフたちは全滅したと、そう捉えられている。


 もっとも、全滅と言っても本当に全てが死んでいるということは、まず無いのだが。


 それは、今回のエルフヘイムにおいても同様てあり、わずかながらも包囲網を突破して生き残った者がいる。


 ただし、突破したものの力尽きて倒れている者がほとんどだが。


 そして、その傷は刀傷や矢傷よりも、森に放たれた炎による火傷が多い。


 そんな中を、生きている者がいるか確認している者の姿がふたつ。


 ヴァンザントとアスランである。


 両耳を斬り落とされ、額に十字傷をつけられたヴァンザントは、リュウヤへの復讐のための同志であり手駒となる者を得るために。


 アスランはその目的のため、生命力とより強い魔力を持つ者を得るために。


 そうして集められた十五名のエルフ。


 集められたとは言っても、実際には少し離れた場所にある洞窟に寝かせられているだけ。


 戦闘の終結から二日経つが、目覚める者はまだいない。


「見込み違いだったか・・・」


 そう結論づけようとするヴァンザントに、


「もう少し待っても良いのではありませんか?

 どうせ、この雨では動けないのですから。」


 そう応じるアスラン。


 そう、この日はリュウヤがリュウネを伴って森を再生した日なのだが、そのことをまだふたりは知らない。


 "迂遠なことを"と、そう思うヴァンザントだが、たしかにこの雨では動けない。


「う、うぅ・・・」


 寝かしているエルフたちから、呻き声が聞こえる。


 一部のエルフが目を覚ましたらしい。


 一応、手当をしているとはいえ、火傷の痛みはなかなか消えるものではない。

 呻き声が出るのも当然というべきだろう。


 一人の呻き声が引き金になったのか、次々に目を覚ますエルフたち。


 だが、ひとりを除いて立ち上がろうとする者はいない。


 その、ただひとりの者。


「ほう。立ち上がったのは女か。」


 ヴァンザントの呟き。


「そ、その声・・・、ヴァンザント、だった、か。」


「ふん。一番重傷の、それも女だけが立ち上がるとはな。」


 その言葉に奮起したのか、他のエルフたちも身体を動かし始める。


 それでも立ち上がれるのは三人ほど。


 あとは、這うのがやっとという有様である。


「雨が止みましたよ。」


 洞窟の外からアスランの声。


「面白いものが見れますよ。」


 そう続けられ、興味が湧いたヴァンザントは洞窟の外に出る。


 そして、その目の前に広がる光景に、


「こ、これほどか・・・」


 絞り出すように声をあげる。


 そして、他のエルフたちも、歩ける者は足を引きずりながら、また別の者は身体を這いずらせて洞窟から出てくる。


 そして、目の前に広がる光景に息を飲む。


「あ、ありえない・・・」


「森は、焼けたのではないの・・・か?」


「あの、戦いは・・・、夢・・・、だったのか・・・?」


 いや、夢であるはずがない。

 そうでなければ、なぜ自分が重傷を負っているのか?


 ならば、目の前に広がる光景はいったいなんなのだ?


 焼けたはずの森は、今まで通りに鬱蒼と生い茂り、何事もなかったかのように鳥の囀りが聞こえてくる。


 何が起こったのか?


「ふふふっ、素晴らしい!!

 わずかな時間で、森をここまで再生されるとは!!」


 感極まったようなアスランの声。


 それを聞いたエルフたちは、


「まさか、これはあのリュウヤという男の仕業!?」


 ひとりがそう叫ぶと、その理解は全員に広がる。


「む、無理だ・・・。

 奴に戦いを挑むなんて、無理だったんだ!!」


 ひとりが絶叫する。


 それをヴァンザントは冷ややかに見ながら、


「かつて、俺はそのことを愚物ヌーッティにそう伝えた。

 その時、お前たちはなんと言って俺を追い立てた?」


 そう、リュウヤに敗れた後、両耳を斬り落とされ、額に十字傷をつけられたヴァンザントは、エルフヘイムにて訴えたのだ。


 "今はまだ早い、あと数年は力を蓄えるべきだ"と。


 そのヴァンザントは、


「裏切り者!」


「臆病風に吹かれた愚か者。」


 そんな言葉を浴びせかけられ、追い立てられたのだ。


「ヴァンザント、お前はこの後、どうするつもりなのだ?」


 比較的軽傷なエルフが確認する。


「決まっている。あの化け物と戦う。」


 実にあっさりと答えるヴァンザント。


「む、無理だ。これだけの力を持った化け物と戦うなんて、土台、無理なことなんだ!」


 そう言って逃げ出そうとする者が数名。


 だが、その者たちは逃げ出すことができなかった。


 それは、最も酷い傷を負っていた女エルフが、側にいたアスランの腰の剣を奪うと、逃げ出そうとした者たちを立て続けに斬り捨てたのだ。


 わざと剣を奪わせたアスランは、その女エルフの行動に笑みを浮かべる。


 立っているだけでもやっとだろう傷を負いながら、それだけの動きができる精神力。

 自分の目的に叶う存在かもしれない。


 改めてその女エルフを見ると、顔の左側は火傷によって爛れており、おそらくは左半身がそうなっているのだろう。


「戦う、手立てはある・・・、のだろう、な?」


 女エルフは、息も絶え絶えにヴァンザントに尋ねる。


「勝てるとは言わん。だが、一矢報いることはできる。」


 その返答を聞くと、


「それで、じゅうぶん、だ。」


 そう言い、


「私の名は、アーダ。あの・・・、化け物に、一矢・・・、報いるために、お前に従おう。」


 その言葉が引き金になった。

 生き残ったエルフたち十名は、ヴァンザントとともに行動することを誓う。


 その様子を見て、アスランはほくそ笑む。


 徐々にヴァンザントの勢力を拡大させ、封じられた先代のフェミリンスを探し出し、封印を解く。


 そうすることによって、敬愛する主君リュウヤに示すのだ。


「貴方がこの世界を支配しなければ、悲劇は繰り返されるのですよ。」


 と。


 ヴァンザントたちは、その先代フェミリンスの封印を解くまでの捨て石。


 せいぜい、それまでは夢を見ているといいのだ。


「ヴァンザント殿。皆にこれを。」


 そう言ってアスランは薬を渡す。


「なんだこれは?」


「アヘンですよ。強力な鎮痛薬です。」


「アヘンだと?」


 アヘンはたしかに鎮痛薬として優秀だ。

 だが、服用し過ぎればその常習性に囚われ、アヘン中毒に陥ってしまう。


「ええ。ここに長居はできないでしょう。

 龍帝国は終戦を宣言したようですが、落ち武者狩りをしようとする者どもはいるでしょうからね。」


 重傷者を動かすためには、強力な鎮痛薬であるアヘンは必要だ。


「有り難く使わせてもらう。」


 少し考えたヴァンザントは、そう答える。


 二〜三日は、自分が張る結界や罠で凌げる。

 だがそれ以上は難しくなるだろう。


 ヴァンザントが薬を受け取るのを確認すると、


「では、私は一旦戻ります。

 貴方に幸運があらんことを。」


 そう言ってアスランはこの場から消え去る。


 そして油断ならない同盟者を見送ったヴァンザントは、この三日後に皆を連れて旅立ったのである。




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