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龍帝記  作者: 久万聖
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森の再生

 焼き払われた広大な森。


 それを前にして、ルーシー公国公使ナジェージダ公女は、龍帝国のその凄まじい戦闘力を感じている。


 そして、時に非情な命令を下すリュウヤと、その命令を忠実に熟す部下たち。


「凄まじいものだな。」


 いつの間に来ていたのか、兄であるヴァシーリーが横に立っている。


「お兄様が、国境の軍を指揮していらしたのですか?」


「お前の手紙を見て、な。すぐに公王陛下に掛け合って、国境警備の指揮を執ることになった。」


 ナジェージダの疑問に答え、


「これで、少なくとも我が国にとっての危機は去った、か。」


 そう呟く。


 たしかにそういう見方もできるだろう。

 エルフヘイムのエルフたちを生かしていたら、ルーシー公国にとっても災厄となっていた可能性が高い。


「だが、この広大な森をここまで焼くとはな。」


 かつては見渡せないほど広大だった森、その半分以上を灰塵としてしまっている。


 今だに燻る煙りと、焦げ臭い匂いが辺りを支配している。


 そして、ある方向を見る。


 そこには、リュウヤらがいた。






 ☆ ☆ ☆






 リュウヤの側にいるのは、モミジ、トモエ、シズカ、ミーティア、ナスチャ、スティールと、五人の聖女たち。


 そして、リュウヤへの報告のために出入りする者たち。


「陛下、保護した者たちは約二六〇名になります。」


 シズカの報告だが、予想以上に多い。


 そのことを口にすると、


「どこかに隠れていたか、安全のために隠されていたのでしょう。

 あのような者共でも、子供への情はあったのですね。」


 しれっと答えるシズカ。


「・・・、トモエはどうしている?」


「サクヤ様を迎えに出ております。」


 一番、ボロを出しそうなトモエは、さっさと外に出したということだろう。


「保護した子供達を、エルフの里に送ってほしかったのだがな。」


 この言葉には、シズカも少し驚いたようであるが、


「では、別の者に手配いたしましょう。」


 さらりと返答する。

 そして、リュウヤの意図を理解する。


 リュウヤは、トモエが「根切り」という命令をよく思っていないことを理解している。そして、シズカも同様であることを。

 だからこそ、シズカはトモエに協力している。

 たとえ、リュウヤの不興を買うことになるとしても。


 とはいえ、リュウヤは二人を、そして二人に協力する者たちを罰する気はない。

 ただし、したことに対しての責任を取らせようとはしている。


 今回で言うならば、二六〇名のエルフの子供たちを助けっぱなしにするのではなく、その後の面倒をみるという責任を。


「損な役回りですわね、陛下も。」


 思わず、そんな言葉が出る。


 根切りの命令を出した以上、リュウヤはおおっぴらに助命をすることはできない。

 そして、新しく庇護下に入った牛人族ミノタウロス人馬族ケンタウロスのこともあり、エルフヘイムの子供たちを、いくら幼いと言ってもリュウヤの口からは助けると言い出せない。


 たとえ本心では助けたくとも。


「気の利く、優秀な人材を部下にしているのは、幸運なことなのだろうな。」


 そんなリュウヤの呟きに、周囲の者たちの口元は緩む。


 気の許せる者たちの前だからこそ出せる、本音の呟き。


 そこにデリアとエイレーネがやって来る。


「サクヤ様が御到着なされます。」


「そうか。」


 リュウヤはサクヤと、なによりもリュウネの到着を待っていた。


翼人族おまえたちはこの戦いの間、働きづめだったな。

 あとは休むといい。

 夢魔族たちにも、そう伝えておいてくれ。」


 デリアとエイレーネを労い、休息を取らせる。


 退出しようとする二人に、リュウヤはふと思い出したように尋ねる。


「執事長はいたか?」


 その言葉に二人は顔を見合わせ、


「いえ、その姿を見ておりません。」


 そう答える。


 ギリッと、背後から歯を噛み締める音が聞こえるが、


「わかった。つまらぬことを聞いた。

 ゆっくりと休んでくれ。」


 リュウヤはそう締めくくった。






 ☆ ☆ ☆






「お待たせいたしました。」


 デリアとエイレーネが退がったあと、サクヤがリュウネと、その教育係であるツイリとシブキを伴ってやって来る。


 それに続いて入ってきたのは、トモエとタカオ。


「リュウネ、こちらに来なさい。」


「はい、りゅーや様。」


 リュウネは素直にリュウヤの元に来る。


 そのリュウネを持ち上げると、リュウヤは自分の膝の上に座らせる。


 それを見て、抗議の声をあげかける聖女がひとり。

 さすがに、見た目としては自分よりもはるかに幼いリュウネに、何も言えないようである。


 リュウネはリュウヤの膝の上に座ると、行儀よく自分の膝に手を置いている。


 その手を、リュウヤの手が包み込むように重ねられる。


「リュウネ。お前なら、俺がこの焼けた森をどのように戻そうとしているか、そのイメージが見えるな?」


 その言葉に、リュウネは目を閉じ、リュウヤと呼吸と自分の呼吸を合わせていく。


「はい、よく見えます、りゅーや様。」


 その口調も改まっている。


「リュウネも、しっかりと自分のイメージを作るんだ。」


「はい。」


 リュウネが作り上げていくイメージが、リュウヤへと流れ込んでいく。


「リュウネ。これから、リュウネの中に眠る魔力を引き出していく。

 その魔力で、森を再生させる。」


「わかりました、りゅーや様。」


 リュウネは身体の力を抜き、その身をリュウヤに預けるようにもたれかかる。


 ゆっくりと高まっていく、リュウネの魔力。


 魔力の高まりとともに、リュウネの身体が光り輝いていく。


 その魔力の急激な高まり方に、その場にいる者たち全てが驚愕する。


「へ、陛下!」


 慌ててやってきたのは、デックアールヴのカッレ。


「どうした、そんなに慌てて。」


 リュウヤはリュウネの魔力を制御しながら、そう尋ねる。


「は、はい。森の上空に、恐ろしいまでの黒雲が垂れ込みはじめております。」


「それなら、心配しなくていい。

 いや、森の中に入っている者がいるなら、早急に出るように伝えよ。」


「はっ!承知致しました。」


 カッレが走っていったのと、ほぼ同時だろうか。


 大粒の雨が降り始める。


 雨はすぐに土砂降りという言葉ではすまない、まるで東南アジアのスコールのような凄まじい降り方になる。


 一時間ほどして雨が弱まって来ると、灰の中から芽が出てくる。


 その芽が伸びていくところで、


「今のリュウネでは、ここまでだな。」


 そうリュウヤが口にする。

 その言葉に皆が振り返ると、ぐったりしているリュウネの姿がある。


「リュウネ様!」


 シブキがリュウネに駆け寄る。


「眠っていた魔力を無理やり起こしたからな。

 疲労感が激しいのだろう。」


 そう言ってリュウネを、シブキにあずける。


「ここからは、俺がやるとしよう。」


 リュウヤは立ち上がり、リュウネとは比較にならぬほどの魔力を行使する。


 伸びはじめた芽は、その成長を一段と加速させていき、瞬く間に若木へと成長していく。

 若木はより成長していき、大木になる。


 それは一本二本のことではなく、森の焼失した全域で起こっている。


 サクヤら龍人族にとっては、かつて見た光景。


 だが、龍人族以外の者たちには驚愕すべき光景。


「なんと凄まじい光景か・・・」


 モミジの絞り出すような声。


「これが、岩山の皇宮の周囲で起きていたのですね?」


 側にいるトモエに、確認するようにミーティアが話しかける。


「あの時に比べたら、まだまだ児戯のようなものなのかもしれないがな。」


 岩山の皇宮の周囲は、オアシスが点在するだけの不毛の地だった。

 それを豊かな大森林へと変化させたことに比べれば、元々豊かな大森林があった地を、元に戻すなど容易いことなのだろう、あのリュウヤにとっては。


 むしろ、龍人族にとっては途中までとはいえ、大森林の復活への端緒をつけられるだけの魔力を、まだ幼いリュウネが保有していることに驚いている。


「サクヤ様以上の魔力の持ち主ね、リュウネは。」


 シズカの呟き。


 サクヤはというと、シブキに抱き抱えられているリュウネの頭を撫でている。


「よく頑張りましたね。」


 とでも言うように。






 ☆ ☆ ☆






「このあたりで良いか。」


 そうリュウヤが口にしたのは、リュウネから引き継いで二時間ほどのこと。


 森は完全に再生され、そしてこの地では早すぎる満開の花々。


「リュウネのイメージが混ざってしまったな。」


 そう呟き、振り返るリュウヤの前には、一斉に跪坐く部下達の姿が広がる。


 跪坐いていないのは、既にリュウヤの力を知る龍人族のみ。

 その龍人族も、リュウヤの脇に控えている。


「どうしたのだ、一体?」


 リュウヤの言葉に、皆を代表するようにモミジが言葉を発する。


「我ら一同、改めてリュウヤ陛下に忠誠を誓い、非才なる身の全てを持ってお仕え致します。」


 呆気にとられるリュウヤだが、この場を治めるためにはモミジの言葉を受け入れるしかないことは理解できる。


「お前たちの忠誠、改めてこの場にて受け取らせてもらう。」


「はっ!有難き幸せ!」


 皆が、モミジの言葉を唱和する。






 ☆ ☆ ☆






「なんだったんだ、アレは。」


 アレとは、当然ながらモミジたちの行動である。


「目の前で、あれほどの力を見せつけられたのですから、彼女たちとしては当然の行動でしょう。」


 森を短時間で再生させ、そしてそれだけの魔力を使いながら平然としている姿を見て、畏怖の念を抱かぬ者はありません、そうサクヤに断言される。


 そんなものかと思いながら、リュウヤは天幕の中で、サクヤとの時を過ごしていた。






 ☆ ☆ ☆






 明日、エルフの里に向けて出発するための準備に取り掛かる者たち。


 その者たちの話題は、リュウヤの振るった魔法の凄まじさ。


 自分たちが火を付けて灰にした森を、半日掛けずに再生してしまった。


「リュウヤ陛下が敵でなくて良かったよ、本当に。」


「本当に、な。敵対なんてしてたら、どうなってたことやら。」


 そんな話をしている。


「そこ!手が止まってるわよ!」


 監督しているウッザマーニが注意する。

 だが、ウッザマーニ自身も彼らの思いを共有している。


「ルカイヤ様に報告しないと。

 リュウヤ陛下には、絶対に敵対してはいけないって。」


 と。


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