ヌーッティの悪あがき
ヌーッティは不本意だった。
自分は龍帝国でも高く評価され、高い地位に就くことになるはずなのだ。
それなのに、縛り上げられた挙句に、まるで荷物のように乱雑に扱われるとは!
まあいい。
すぐに龍帝に取り入り、このような無礼な真似をしでかした者を罰してくれる!
そう考えをまとめて、龍帝なる者が来るのを転がされたままの状態で待つことにする。
どれほどの時間が経ったのだろうか?
ヌーッティが苛つき始めた頃、ようやく龍帝リュウヤが姿を現わす。
リュウヤを先頭にして、龍人族のシズカ、鬼人族のモミジ、デックアールヴのスティール、エルフのミーティア、五大神の聖女が続く。
さらに夢魔族、吸血鬼族、翼人族、リョースアールヴ、獣人族、エルフらの、主だった者たちが続けて入り、ヌーッティを完全に取り囲む。
取り囲む者たちの視線は、あくまで冷たく、そしてあからさまな侮蔑の色を見せている。
その予想を超えた物々しい様子に、ヌーッティの都合のいい考えが脳内から消え失せる。
「さて、この愚物をお前たちはどうしたい?」
冷たく言い放つリュウヤ。
「一刀のもと、叩き斬ってやりたいですね。」
そう答えたのはモミジ。
腰の得物に手を掛けており、許可ぎ出れば即座に行動するであろう。
「矢の的にいたしましょう。さぞや、皆の技量の向上に貢献することでしょう。」
とは、ミーティア。
彼女らしくない物言いだが、それほどに、この愚物によって引っ掻き回され、多数の同族を失ったことが許せないのだろう。
「ドワーフに預けて、鉱山労働でもさせましょう。
陽の当たらぬ地の底での労働、この者には最も相応しいかと。」
イルマリの言葉。
リョースアールヴもまた、この愚物に洗脳されたヴァンザントによる争乱で、多数の同胞を失っている。
リュウヤらのやりとりに、ヌーッティは慌てる。
このままでは、間違いなく殺されてしまう!
自分から出てきたのは、殺されるためではなく、自分の弁舌でもって能力を示し、取り入るためだというのに!
「おそれながら、龍帝殿。
わ、私は皆の暴走を止めようとしたのです!」
「ほう?」
「我が望みは、この地の安寧のみである、そう常々語っていたというのに、愚かな者たちはそれを無視して、争乱を引き起こしたのでございます!」
「なるほど。では、その間にお前は何をしていたのだ?」
リュウヤが話に乗ってきた、そう確信すると雄弁に語りだす。
「私は、皆を止めるべく必死になって説得にあたりました。
ですが、安寧をと唱え続ける私を疎ましく思った愚か者たちは、この身を捕らえると宮殿の奥深くに幽閉したのです!」
「・・・・・。」
沈黙して自分を見るリュウヤに、ヌーッティは勝利を確信したのかもしれない。
「龍帝殿は私を救ってくだされた。
よって、この非才なる身ながら龍帝殿にお仕えしたき所存にございます!」
「俺に仕える、か。仕えたとして、お前に何ができる?」
あとひと押し!
リュウヤの反応に、そう確信する。
「はい、龍帝殿を光神の化身と喧伝し、その権威を高めます。
そしてなにより、龍帝殿こそが絶対の正義であり、それに抗するのは絶対悪であると、周りに説いて回りましょう!」
一気に所信を述べ、ヌーッティは自身の勝利を確信し、恍惚とした表情を浮かべる。
それに対するリュウヤの言葉は、
「くだらん。」
の一言だった。
「は?」
なにを言われたのか理解できないヌーッティは、目をパチクリさせる。
「もう少し、面白い囀りを聞かせてくれるかと思っていたが、実にくだらん。」
「で、ですが龍帝殿・・・。」
「宗教的権威?お前は俺の後ろに控える少女たちを、何者だと思っているのだ?
お前が、宮殿の奥深くで侍らせている女どもと同じだと思っていたのか?」
「い、いえ・・・。
で、ではどのような方々で?」
「五大神の聖女達だ。
すでに、俺は五大神の聖女の庇護者という、絶対の権威を持っている。
お前が囀るような権威など、必要ないわ!」
「で、ですが、絶対の正義は・・・?」
「知っているか?
正義というのは、際限無く血肉を喰らう化け物のことをそう呼ぶのだと。
お前のような愚物が縋り付くような正義など、俺には不要なものだ!」
「・・・!?」
ここにきて、ようやくヌーッティは自分の見込み違いを悟る。
この龍帝リュウヤと自分では、その価値観があまりにも違いすぎる。
「せ、正義とは・・・」
なおも言い募ろうとするヌーッティに、リュウヤは宣告する。
「ドルアよ、この愚物の処分はお前に委ねる。
今の俺の心情に一番近い思いを抱いているのは、お前だろうからな。」
ヌーッティに憎しみのこもった視線を送っているドルアに、そう命じる。
「はっ!有難き幸せ!
ようやく、我が同胞の無念を晴らせる機会を得ました。
間違いなく、処分いたします!」
トライア山脈北方の、龍帝国に所属するエルフ達にとって、白の教団は自分たちを陥れ、争乱に駆り立てた不倶戴天の敵。
その首魁を自分たちの手で討ち果たせるとなれば、それは望外の喜びである。
ドルアはヌーッティを縛り上げている縄を掴むと、そのまま引き摺って行く。
「ご、ご慈悲を!」
ヌーッティの哀願に似た悲鳴を無視して、ドルアは引き摺って行くのだった。
☆ ☆ ☆
「あれほどの愚物だったとは、死んだエルフ達も浮かばれまい。」
とは、ドルアに引き摺られていったヌーッティを見送ったモミジの言葉。
そして、その言葉はこの場にいる全ての者の総意でもある。
リュウヤは椅子に座り直すと、大きく息を吐く。
「お疲れ様です、陛下。」
ミーティアの労いの言葉。
ミーティアだけでなく、皆が理解していた。
根切りという、らしくない命令を出したことによるリュウヤの精神的な負担の大きさを。
「いや。俺の命令を着実に遂行した皆にこそ、感謝する。」
リュウヤはそう返し、軽く頭を下げる。
それを見計らったように、
「陛下、トモエより念話にて連絡がございます。」
シズカがそう進言し、続ける。
「年端もいかぬ、子供と見られる集団を発見したが、いかがすれば良いのか、と。」
その言葉に、リュウヤは何かを言いかけて、違うことを口にする。
「それは、終結を宣言した後のことだな?」
「はい。あの愚物を捕らえた後のことでございます。」
「ならば、それらは各自の判断に任せる。」
リュウヤの返答を聞き、滅多なことでは表情を変えることのないシズカの唇が、僅かにほころんだように変化する。
"狙っていたな"
それを見て、リュウヤはそう判断する。
おそらくは、あの愚物を捕らえる前に発見していたのだろう。
そして、その処分が片付いて一息ついた頃合いを見計らって、報告を入れたのだ。
「シズカ、それに似た報告への対処はお前に任せる。
いいな?」
「了解致しました。」
シズカは一礼して、その命令が撤回されないよう、足早にこの場を離れる。
その行動の早さは、リュウヤに先ほどの疑いを確信に変えさせるに十分だった。
確信したとはいえ、リュウヤは何も言わない。
いや、言えない。
シズカをはじめとする、部下たちの気遣いを理解しているから。
そして、その様子を見て周囲の者たちは、それぞれに顔を見合わせて頷き、理解する。
もう、これ以上の死は必要ないのだと。




