エルフヘイムの戦い 中編
「パーヴァリはどこだ!」
戦闘の混乱の中、全身を傷だらけにした五人のエルフが龍帝国の包囲を破って中に入ってくる。
「お前たちは、リクハルドを追って行ったのではないのか?!」
顔見知りが敵中を突破してきてくれたことに、安堵の息を漏らす。
「リクハルドは死んだ。その娘は、我々が確保する前に敵の手に落ちた。」
「そうか。だがパーヴァリがどうかしたのか?」
「パーヴァリ達が裏切った。」
「なに?!」
「リクハルドの娘を取り戻そうと、潜入したんだ。
火の手が上がったと思ったら、すぐに結界を破られ、攻め込まれただろう?
不思議だとは思わなかったのか?」
「た、たしかに。だが、それだけでは・・・」
「吸血鬼だ。敵には吸血鬼がいる。
パーヴァリは眷属にされたんだ。」
「なっ!?」
「機会を伺っていた時に、奴らが話していることを聞いた。
パーヴァリに教主様を殺させろ、と。」
「早くパーヴァリを見つけ、殺らないと教主様が危ない!」
「パーヴァリはどこに!?」
確かに、教主様が殺されてしまえば完全に崩壊してしまう。
外の敵よりも、まずは身中の虫を排除しなければならない。
そう判断して部下を数人つけて送り出す。
これで一先ずは安堵する。
だが、それも長くは続かない。
龍帝国が押し寄せて来ているのだから。
絶望的な状況にありならながら、なおエルフヘイムのエルフ達は戦いを続けていく。
☆ ☆ ☆
「眷属どもが潜り込むのに成功したようでございます。」
バルバラの報告に頷くリュウヤ。
戦場の、しかも劣勢にある中での混乱。
そして、自分たちを支える絶対的な柱である教主の命がかかっているとなれば、冷静な判断などそうそう下せるものではない。
「あの、陛下。」
おずおずとビオラが話しかけてくる。
「どうした、ビオラ?」
「陛下は、もしかして神聖帝国も同様になさるおつもりなのでしょうか?」
「気になるのも無理はない、か。
今は俺の所にいるとはいえ、故郷のことだからな。」
リュウヤは呟き、ビオラはじっとその横顔を見ている。
「神聖帝国を、根切りにする気は無いな。
というよりも、する必要がない。」
ホッとした様子を見せるビオラ。
それに対して、
「それはどのような理由からでしょうか?」
そう問いかけるコルネリア。
「ビオラが、俺の所に来たからな。
そのせいで、神聖帝国の内部は割れた。」
人間至上主義を掲げ、人間以外の種族の絶滅を目指していたが、よりにもよって彼らが信奉する至高神の聖女が、人間以外の種族を含めた多種族混成国家の首領たるリュウヤの元に走ったのだ。
それは大きな混乱を呼び、それまでの教義への信頼を大きく揺るがしている。
「それと、コルネリアにアイシャ、シャーロットの存在もある。」
これまでの至高神神殿の教義では、聖女は人間族だけであるはずだった。
だが、現実には人間族以外に聖女は誕生した。
「だから神聖帝国は今後、一層の混乱と分裂をすることになるだろうな。」
その結果、神聖帝国相手に"根切り"をする必要は無いのだ。
言ってしまえば、エルフヘイムこと白の教団はある種の秘密結社であり、エルフだけであったことから、根切りがしやすかったとも言える。
リュウヤはビオラの頭に軽く手を乗せる。
「獣人族と神聖帝国との間で、停戦が定められているわけではないから、戦うことになる可能性は否定できない。」
至高神神殿の勢力が強い神聖帝国で、すぐに獣人族との停戦が成立するとは思えない。
そして、どんな組織にも強硬派というものは存在するのだ。
だが、分裂するのなら、これまで表に現れなかった穏健派と手を結ぶことだってできるだろう。
そう説明をすると、軽く頭を撫でる。
「はい。陛下のお言葉、理解いたしました。」
ホッとしたのか、ビオラは笑顔を見せる。
「あーっ、ビオラだけずるい!
私の頭も撫でて!!」
ユーリャが大きな声でリュウヤにねだる。
「あー、わかったわかった。」
めんどくさそうに、ユーリャの頭を撫でるが、
「なんかおざなりになってない?」
と抗議するユーリャ。
「なってない、なってない。」
「むーっ!絶対!面倒だって思ってる!」
断言するユーリャに、
「たしかに面倒だからな。」
と、口を滑らすリュウヤ。
「むーっ!!」
頰を膨らませて、リュウヤに詰め寄る。
その様子に、本陣内は笑いに包まれる。
そして、その笑い声にリュウヤはいくらか心が軽くなった気がしていた。
☆ ☆ ☆
モミジ指揮下の龍帝国軍は、確実に包囲網を縮めていく。
モミジの指揮の巧みさと、兵士の質の圧倒的な差によって、負傷者は出ているものの死者はまだいない。
モミジの用兵は、手堅いの一言に尽きる。
エストレイシアのような派手さは無いが、確実に一歩一歩進み、一切の隙を見せずに相手を叩き潰す。
今回のような殲滅戦では、間違いなくモミジが適任だったということだ。
「エストレイシア様とは別の意味で、戦いたく無い相手ですね。」
とは、本陣でリュウヤとともに戦況を見ているスティールの言葉だ。
「そうだな。エストレイシア相手では、いつ逆転の一手を打ってくるかわからない恐怖。
モミジ相手なら、確実に一歩一歩押し寄せてくる威圧感との戦いになるだろうな。」
リュウヤはスティールに応じながら、戦況を見守る。
☆ ☆ ☆
「皆は何をしておる!
あんな蛮族なんぞに追い込まれよって!!」
エルフヘイム最奥に造営されている宮殿にて、教祖ヌーッティはイライラしながら戦況を見ている。
「パーヴァリらが、龍帝国が攻めてくるという情報を持ってきたというのに。」
エルフとは思えぬ、肥満した身体を揺すり、傍に控えるパーヴァリを見ながら言う。
パーヴァリがもたらした、龍帝国が攻めてくるという情報は正しかった。そして短い時間とはいえ、できるだけの迎撃準備も整えた。
それなのにこの有様はなんだ!
ヌーッティはイライラしながら、室内をウロウロと落ち着きなく歩き回っている。
その室内には、ヌーッティお気に入りの女性たちと、その女性たちに産ませた子供達がいる。
リュウヤが見たなら、
「エルフも人間も、そういう立場になったらやることは同じなのだな。」
と皮肉ったに違いない。
人民寺院のジョーンズ、ブランチ・ダビディアンのコレシュ、ともに同じことをしている。
ただ一つ違うのは、他人の子供とはいえど戦場に送り込んだことだろうか。
一般的に、カルトというものはその教団内で産まれた子供は、外部との接触を徹底的に断ち、自分たちの中で守ろうとする。
だが、このヌーッティの場合、大事なのはあくまでも自分の子供だけであり、他人の子供は捨て駒でしかないのだろう。
ヌーッティは、強力な結界に守られたこの宮殿に籠り、龍帝国の攻勢をやり過ごすつもりでいた。
ここにいる女たちと、自分の血を引く子供たち。
それさえ居れば、後でいくらでも増やす事ができる。
いや、むしろ外にいる者たちは見捨てて、このままやり過ごした方がいいかもしれない。
優秀な自分の血筋を純化させることができたなら、このエルフヘイムのエルフたちはより高い境地へと辿り着けるだろう。
そう考え、密かにほくそ笑んでいた時、その思考は大きく現実に引き戻される。
「パーヴァリ、何処にいる!!
お前の裏切りは露見しているぞ!!」
その大声に、ヌーッティはギョッとした顔でパーヴァリを振り返った。




