リュウヤとリクハルド
本陣に運ばれたリクハルドは意識を取り戻す。
「こ、ここは?」
「ここは、龍帝国軍本陣です。」
リクハルドの呟きに気づいた者が、そう答える。
「ス、スヴィ、俺の、娘は?」
「隣のベッドで眠っていますよ。」
かろうじて動かせる首を動かし、ベッドを確認する。
そこには、スヤスヤと寝息をたてている愛娘の姿がある。
「ぐ、軍の指揮官と、話はできないだろうか?」
「少し、お待ちください。」
そう言うと、その者はその場を離れていった。
☆ ☆ ☆
リクハルドを看護していたエイレーネが、この軍の指揮官であるモミジの元に報告に訪れたとき、そこには到着したばかりのリュウヤの姿があった。
「モミジ様、先程運び込んだエルフが目を覚ましました。
この軍の指揮官と話がしたいと、そう訴えております。」
「運び込まれたエルフ?」
モミジより先に、リュウヤが反応する。
「はい。陛下が解放した、リクハルドというエルフのことです。」
そして、運び込まれた状況を説明する。
「なるほどな。」
リュウヤの感想はそれだけだった。
「それで、傷の具合はどうなのだ?」
「治癒魔法を使ってはおりますが、肺を大きく損傷しており、長くはありません。」
「わかった。ならば、俺も行くとしよう。」
そう言うと、モミジを伴ってリクハルドの元に出向いた。
☆ ☆ ☆
リュウヤらが来た時、すでにリクハルドは虫の息だった。
だが、それでもリュウヤが来たことを知ると、その身体を起こそうとする。
「無理をするな。無理をしては、伝えたいことも伝えられなくなる。」
その言葉に従い、その身をベッドに横たえるリクハルド。
「龍帝殿、貴方にはわかっていたのだろうな、こうなることが。」
自身の命を削るかのように、リュウヤに話しかける。
「"わかっていた"ではなく、知っていたと言うべきだな。」
カルト教団において、その教義に疑問を抱くことは、裏切りと同義になる。
そして裏切り者には制裁を加えられるのだ、死という制裁を。
リュウヤが日本にいたとき、二十歳前に起きた「オウム事件」。
その教団で起きた凄惨な事件のひとつに、脱退希望者へのリンチ事件がある。
教祖、教義への疑問は、彼らにとって制裁に値する裏切りだったのだ。
オウム真理教だけの話ではない。
人民寺院事件もそうだったし、ブランチ・ダビディアン事件もそうだ。
宗教というものは結束を生む反面、行き過ぎれば排他的、排外的になる側面を有している。
それでも、コミュニティの結束で留まるのならばいい。
それが他者への攻撃性を有するようになると、地で血を洗う抗争へと発展してしまう。
代表的なものが、カトリックとプロテスタントの抗争であり、キリスト教徒による十字軍とイスラムの抗争になる。
日本でも、日蓮宗と一向宗(浄土真宗)の抗争があり、織田信長を「仏敵」と規定して戦った一向一揆もこれに加えてもいいかもしれない。
いずれにしても、外に向けて害意を明確にした宗教というものは、その根絶のために凄まじい量の流血を必要とする。
「なるほど、知っていたか・・・。」
ここで大きく息を吸い込もうとするが、傷ついた肺がそれを許さない。
リクハルドは大きく咳き込み、吐血する。
「頼める間柄ではないことは、十分に理解している。
娘を、スヴィのことを、貴方に頼みたい。」
リュウヤは隣のベッドに眠る、幼いエルフの少女を見る。
人間ならば二〜三歳くらいだろうか?
そろそろ物心がつく頃のように見える。
「わかった。最後の願い、叶えてやろう。」
その答えを聞くと、満足したのか穏やかな表情になり、身体の力が抜けていくのがわかる。
「ありがとう、龍帝殿・・・。」
それが、リクハルドの最後の言葉となった。
リュウヤは黙祷を捧げた後、モミジに命じる。
「この者を弔ってやれ。丁重にな。」
「はっ。了解致しました。」
モミジはすぐに行動する。
そして、エイレーネに対しては、
「デリアに、この娘をエルフの里に連れていくよう、伝えてくれ。」
そう命じたのだった。
☆ ☆ ☆
日没まで二時間。
リュウヤはモミジとともに、主だった参戦者を集めて準備状況の最終確認をしている。
参加しているのは、スティール、トモエ、シズカ。
遅れて参陣した秘書官長ミーティアと、天狗族族長キュウビ。
リョースアールヴの部隊を指揮するイルマリと、デックアールヴの部隊を指揮するカッレ。
そして、翼人族の四名と竜女族のウッザマーニ。
夢魔族のメッサリーナとファーロウ。
吸血鬼のバルバラとベアトリクス。
各々の準備状況を確認し、作戦の手筈を整える。
そして、作戦の最終確認が終わり、リュウヤが発言する。
「すでに伝えていることだが、改めて言おう。
今回に関しては、情けは一切無用だ。
老若男女問わず、根切りせよ。」
と。
☆ ☆ ☆
リュウヤが席を立ち、各々が険しい表情をしている。
「根切りとはな。」
トモエは釈然としない口調で、そう疑義を呈するが、それはこの場にいる者のほとんどが感じたことかもしれない。
「まだ貴女は、あいつらがどういう輩か知らないのだったな。」
モミジの言葉。
「戦いになれば、陛下の言葉が正しかったと理解するようになる。」
「どういうことだ?」
「あいつらは、決して降伏しない。
決して、な。」
トモエらが、モミジの言葉を理解するのは戦いも佳境に入った時だった。