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龍帝記  作者: 久万聖
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リクハルド

リクハルドは夜通し走り、疲れた身に鞭打ち故郷であるエルフヘイムに辿り着く。


ふらふらになりながらも、リクハルドは家族の元に急ぐ。


「アーダ!スヴィ!」


家に駆け込むなり、愛しい妻と娘の名を呼ぶ。


「どうしたのですか、あなた。」


奥から姿を見せる愛しい妻。


「アーダ!急いで準備をして!」


「準備って、なんの準備なのですか?」


「旅の準備だ。急いでエルフヘイムを出ないと、奴らが来る・・・。」


「奴ら、ですか?」


「そうだ、龍帝国が攻めてくる。早く逃げないと、殺される。」


だが、アーダはおっとの訴えを一笑に付し、


「何を言っているのですか?あんな蛮族たちが、私たちの森の結界を破れるわけがないではありませんか。

それに、もし仮に結界を破ったとしても、光神ユリシーズの加護を受けた私たちが、負けるわけがないではありませんか。」


そう呆れたように言う。


「あれは、ただの蛮族の集まりなどではない!

正真正銘の化け物の集まりだ!

我らエルフが敵う相手ではない!」


リクハルドの言葉に、アーダは侮蔑の色を隠さない。


「いつから貴方はそんな臆病者になったのですか?

私の夫は、そんな臆病者ではありません!」


「アーダ・・・」


リクハルドは、愛する妻の様子に困惑する。


リクハルドの知る妻アーダは、とても理性的な女性であり、自分の言葉を頭から否定するなどということは無かった。

それが、目の前のアーダは自分を蔑むような視線を向けて、理性的とは思えない言葉を口にしている。


リクハルドが茫然とし、口を開くことができないでいる暫しの時間の後、家の外から声がかけられる。


「アーダさん!召集命令が発令されました!

大至急、王宮前の広場に行ってください!」


アーダが扉を開けると、外にいたのは完全武装した同胞エルフたち。


「パーヴァリたちが戻って来たんです。

蛮族の首魁を打ち倒すことはできなかったとのことなのですが、あちらから攻め込んで来ると。

この機会に打ち倒すべく、皆が集まっています。」


「そうなのですか?!私もすぐに参ります!」


アーダはそう返答するが、


「待て!!そのパーヴァリは、吸血鬼(ヴァンパイア)に操られている!!」


たまらず声をあげるリクハルド。

だが、彼の言葉が相手に届くことはない。

それどころか、


「リクハルド!パーヴァリたちから聞いているぞ!

蛮族の首魁に命乞いをし、我らを内から崩壊させるべく間者(かんじゃとなったと!!」


思いもしない糾弾に、言葉を失うリクハルド。


「そう。貴方が私たちに逃げようと言っているのは、それが理由なのね。」


アーダの冷たい言葉と、刺すような視線。

そして、


「リクハルドを捕らえろ!」


同胞であるはずのエルフたちが、リクハルドに襲いかかる。


家の中に入ってきたエルフ三人。


その三人による包囲が完成する前に、リクハルドは咄嗟に動いて隣の部屋へと駆け込む。

そこには自分が守りたいと願う、もう一つの存在がいる。

そう、幼き愛娘スヴィが。


駆け込んだ部屋には、幼き愛娘スヴィが眠っている。

物音に目が覚めた様子の我が子を抱き上げると、窓から飛び出し走り出す。


「スヴィー!!」


アーダの絶叫。


「追え!!裏切り者を逃すな!!」


そう口々に言い、追いかけていくエルフの戦士たち。


残されたのは、娘を連れ去られて空になったベッド。

それを見ながらアーダは、


「スヴィ、貴方を裏切り者の手から救ってあげるからね。

少しの間だけ、我慢していて。」


そう呟く。


その表情は氷のように冷たく、それでいて瞳は娘を連れ去られた憤怒に燃えていた。






☆ ☆ ☆






すでに夜通し走っていたリクハルドには、もはや残された体力は少ない。


それでも追手(おって)を撒き、また振り切って逃走を続ける。


愛娘を守りながらでは、戦いながらの逃走は難しい。


だから、最短距離を駆けることを選択した。


そして、それは間違ってはいなかった。


間違ってはいなかったが、それを読んでいた者がいる。


それは、伴侶であるアーダ。


「あなたなら、間違いなく最短距離を選ぶと思ったわ。」


その表情は消え去っており、それとは対照的にその瞳は憤怒に燃えている。


そして、アーダの周りには五人のエルフの戦士。


「スヴィを返しなさい。

そうしたら、苦しまないように殺してあげるわ。」


「渡せないな。この子の父親として、命が失われるのを見過ごすわけにいかない。」


リクハルドはアーダたちを見る。

全員、油断なく得物を構えている。

弓を構えているのが二人。

残りは剣を構えている。


リクハルドは行動する。


リクハルドの狙いは中央突破。


アーダがスヴィに拘っている間は、積極的な応戦はないという読み、それに賭けてのことだ。


その読みは半ば当たった。


中央突破を予想していなかったアーダたちは、応戦するのを躊躇った。


その隙をついて、リクハルドは囲みを突破した。


そして、射掛けられるであろう矢に対して風の障壁を張る。


だが、それは一瞬遅れたものだった。


弓を構えていた者の一人が、一瞬早く矢を放っていたのだ。


矢を受けた衝撃に転びそうになるが、なんとか堪えて再び走り出す。


その背後では、


「やったか!?」


「わからん!だが、手傷は負わせた筈だ!」


リクハルドが走り去った方向に向けて、血痕が続いている。


「血の量からすると、深傷を負っているはず。

後を追うぞ!」


アーダを残し、エルフたちはリクハルドの後を追う。


残されたアーダは、スヴィを取り返すことができなかったことへの怒りと失望に、立ち尽くしていた。






☆ ☆ ☆






森が終わり、平原へと入るところで大きな声で泣く幼子を最初に発見したのは、蜘蛛使いのナスチャとラニャだった。


「なんで、こんなところでガキの泣き声がしてるんだ?」


「ナスチャ、エルフが倒れてる!」


ラニャの視線の先には、胸を矢で貫かれたエルフが倒れている。

子供の泣き声も、どうやらそこから聴こえてくるようだ。


呼吸(いき)はあるけど、もう長くはないね。」


ナスチャの宣告。


「それと、追手がいるみたいだね。」


「そうみたいだな。」


ラニャの耳が追手の足音を確認し、ナスチャも使役する蜘蛛から伝達される。


そして、ナスチャの足元に矢が刺さる。


威嚇のつもりなのだろう。


「なんのつもりだい、これ?」


姿を現した五人のエルフに、ナスチャが問いかける。


「そこの者を引き渡せ。そうしたら、見逃してやらんでもない。」


リーダーらしき者の言葉だが、ナスチャはそれを鼻で笑う。


「ラニャ。人を呼んできて。助からないとは思うけど、何もせずに死なれるのも目覚めが悪いからね。」


「わかったよ。じゃあ行ってくるね。」


ラニャも、エルフたちのことなど気にしていない。


兎人の脚力を活かし駆け出すと、あっという間に姿が見えなくなる。


「お前一人で、俺たち五人を相手にするつもりか?」


多分に怒りのこもった声の、エルフのリーダーらしき者。


「名前くらい聞いてやるよ。名無しであの世とやらに行くのも嫌だろ?」


余裕綽々のナスチャの態度に激昂し、斬りかかろうとするが、身体が動かない。


「な、なぜ動かない!!」


口々に慌てたような様子で言う。


「アンタたち、ホントにエルフなのかい?

龍帝国(ウチのエルフたちなら、とっくに気づいてるぜ。」


気づいてる?

どういうことだ?


「糸?」


自分たちに絡まる糸に気づく。

そしてその糸を辿って視線を動かした先、そこにいたのは、


「デス・スパイダー!!」


「まさか、お前は蟲使い!?」


「ご名答。

だったら、もうどうなるかわかっているよな?」


ナスチャの冷ややかな声。


「舌を噛まれちゃ面倒だ。猿轡(さるぐつわ)を嵌めさせてもらうぜ。」


とは言っても、猿轡がないため蜘蛛に命じて口を閉じられないように糸の玉を作らせて、それを口の中に強引に入れる。


その作業をしている時に、二人の翼人族がやってくる。


デリアとエイレーネだ。


「なんだよ、二人だけか?」


「違うわよ。重傷者がいるからってことで、私たちが来たのよ。」


飛べる者が運んだ方が早いのは確かだ。


「後から、十人くらい来るわよ。」


「そうかい。じゃあ、こいつらを引き立てながら、ゆっくり向かうとするよ。」


そうすりゃ、どこかで合流するだろうと笑う。


デリアとエイレーネが、リクハルドとその娘スヴィを本陣へと運んだ時、リュウヤもまた本陣へと到着していた。

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