そして、惨劇へ
リュウヤの前に引き立てられるエルフたち。
パーヴァリ、リクハルドら二〇名あまりの者たちだ。
メッサリーナらの幻術により、同士討ちをして死んだエルフの死体を数えてみたところ、合わせて五〇名ほどの部隊だったようである。
「たったこれだけで、我々に勝てると思っていたとは。」
スティールが呆れたように呟く。
「まったくだ。仮にスティール殿の網を潜り抜けることができたとしても、私たちがいるというのに。」
そう応じたのは鬼人のカエデ。
そう、リュウヤに仕える侍女たちにしても、一騎当千の強者が揃っている。
「相手の力量を知らず、己が力量も弁えずに戦う、か。
俺の世界にいた二千年前の兵法家の言葉なら、百戦百敗の戦い方だな。」
これは、孫子の「故に曰わく、彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば戦う毎に必ず殆し」をもじった言い方である。
もっとも、相手のエルフたちにはそれはわからないであろうが。
「二千年前の人間にも劣るとは、お前たちには大した価値も無いな。
たかだか三百年前の人間たちの国に隷属させられたのも、当然のことだったようだ。」
「な、なんだと!」
怒りを露わにするパーヴァリだったが、リュウヤは意に介さない。
「このエルフ及び、それを生み出した国になんの価値も無いが、今までのように好き勝手にされては鬱陶しいだけ。
これより、その根を断とうとしようか。」
その言葉に、
「すでにその準備は整っております。」
スティールが即答する。
もっとも、すでに最精鋭部隊をモミジが率いて進発している。
これは、この捕らえられたエルフたちへの脅しでもあるのだ。
リュウヤはスティールの言葉に頷くと、
「こいつらは、どう活用してやるのが一番いい?」
そう部下たちに問いかける。
それに応えたのは、リュウヤ付きの侍女であり吸血鬼のベアトリクスとバルバラの二人。
「私たちに預けていただければ、従順なる下僕として有効活用させていただきます。」
不敵に笑う二人の口から、犬歯が見える。
「!?」
「まさか、お前たちは!?」
「きゅ、吸血鬼か!?」
吸血鬼の言う"従順なる下僕"。
それは主人に対して、一切の反抗はもちろん自分の意思を示すことすら許されない、それこそ奴隷以下の存在になるということ。
「りゅ、リュウヤ陛下!!ど、どうかご慈悲を!!」
従順なる下僕となる近未来を予測してか、パーヴァリをはじめ、多くのエルフが額を地面に擦り付けて懇願する。
その中で、ただ一人だけ覚悟を決めた視線をリュウヤに送る者がいる。
自分たちがしてきたことを理解しており、それがためにこれからの運命を受け入れた、そんな瞳だ。
「ベアトリクス、バルバラ。あのエルフだけは残せ。
後は好きにしてかまわん。」
絶望の声をあげるエルフたち。
そして、意外そうな視線を送るリクハルド。
二十人近いエルフたちを、容赦なく引っ立てて行く二人に、リュウヤが声をかける。
「お前たちがやろうとしていることは、ある程度は予測している。
モミジやドルシッラに連絡はしなくてもよいのか?」
振り返った二人は互いの目を見た後、
「はい。連絡をしていただけるならば、その方がやりやすいかと存じます。
かの二人ならば、より効果的に対処してくださいましょうから。」
そう答える。
この二人も、モミジとドルシッラの能力を高く評価しているようだ。
リュウヤはメッサリーナに、配下の者を連絡に出すように命じる。
そして、残しておいたエルフに向き直った。
☆ ☆ ☆
正面からリュウヤと向き合い、リクハルドは強烈な圧迫感を感じる。
そして悟る。
この男は、絶対に敵にしてはならない存在だと。
「名を聞こうか?」
何気ない言葉。
だが、それに抗しようという気にはなれない。
「リクハルド、そう申します。」
素直に応じる。
「大した胆力、いや、諦観、達観とでも言うべきかな?」
「はい。私は、自分がしてきたことを理解しております。
ですから、今こうなっているのも因果応報というべきなのだと。」
「仲間たちは、そうではなかったようだがな。」
「たしかに・・・。」
リクハルドにはそう答えるしかない。
「それで、お前は自分の業が、自分にしか返って来ないとでも思っているのか?」
「!?」
「だとしたら、随分と甘い考えをしているものなのだな。」
「それは、いったいどういう・・・?」
「お前たちがやろうとしていたこと、やってきたことを、お前たちにしてやるだけのことだ。
簡単なことだろう。」
自分たちがやろうとしてきた、行ってきたこと。
それは・・・。
「エルフヘイムの者たちを、老若男女問わず皆殺しにすると?」
リクハルドの声は震えている。
「お前に家族、子がいるのかどうかは知らぬが、いるならばそれも対象となるな。」
「そ、それは、是非ともご慈悲を!
私の命と引き換えに!」
縋るようなリクハルドの声。
「お前は、自分が口にしたことを他者の口から聞かなかったのか?
そして、聞いた上でお前たちは何をした?」
「!?」
「牛人族が!人馬族が!
同じことを口にしたのではないのか!」
たしかにその通りだった。
両者とも、"子供達だけは"と口々に言っていたのだ。
それを、自分たちはどうしたのか?
せめてもの慈悲を乞う言葉を無視して、皆殺しにしてきたのだ。
それが、自分たちに返ってきただけ・・・。
リクハルドは力なく項垂れる。
「だが、俺はお前たちほど極悪非道でもない。
明日の日没、それがエルフヘイムとやらに攻め込む期限だ。
それまでに、やれるだけやってみるといい。」
「あ、ありがとうございます!」
縄を解かれたリクハルドは、すぐに駆け出して行く。
その姿が見えなくなったころ、リュウヤは大きく溜息をつき、
「あの男にとっては、より絶望を感じることになるだろうな。」
「それはどういうことでしょうか?」
となりに控えていたサクヤの疑問。
「あの男の望むようなことにはならない、そういうことだ。」
あのリクハルドというエルフは、思い知ることになるだろう。
自分たちが、自分たちの一族を守るためにしてきたことが、どのような結果を招くのか。
「同情はする。だが、それだけだ。」
淡々と、リュウヤは呟くのだった。