牛人族と人馬族
デックアールヴの里にて出迎えたのは、族長アスラク。
会うのは二度目だが、とても印象が薄い。
なにせ、エストレイシアが強烈すぎたから。
その戦闘能力に指揮能力の高さ。
そして、その後の言動。
それに比べると、族長アスラクはとても影が薄い。
「久しぶりだな、アスラク。」
「はい、先のエルフとの戦い以来にございます。」
「だが、すまぬな。急に他の種族との会見を入れてしまって。」
「いえ。ですが、そのことに関連してお伝えしたいことがございます。」
「それは、至急のことか?」
そう確認するリュウヤに、アスラクは頷く。
そこでサクヤに視線を送ると、サクヤも"了解しました"と首肯したため、アスラクとともにその場を離れた。
☆ ☆ ☆
「陛下はどこまで聞き及んでおりますでしょうか?」
「俺が聞いているのは、牛人族と人馬族ということ。
気にかかるのは、エルフに対してやたらと怯えているということだな。」
アスラクはその言葉に頷くと、
「その件なのですが、どうやらエルフの国が絡んでいると思われます。」
「エルフの国?」
「はい。その国は、ここから東方に行った所にあるのですが、ここ数年、やたらと勢力を拡大しているのです。」
「エルフは基本的に森を住処として、国を作るようなことはないというのが、俺の認識だったのだがな。」
リュウヤの疑問に、
「基本的には、その認識で間違ってはおりません。」
そう答える。そして、
「ですが、あの地のエルフたちにとって、意識を変えさせる大きな出来事が、三百年ほど前におきているのです。」
「三百年ほど前?同じ頃に、人間たちの間で異民族の征服があったというが・・・」
「それに巻き込まれました。」
リュウヤの予想を肯定する。
「なるほど。それで、エルフたちも人間に対抗するために、人間に倣って国を作ったってわけか。」
敵に対抗するために、敵の体制を真似るというのはよくあることだ。
中華帝国の外周部の国々などはその典型だし、日本も遣隋使や遣唐使を通じてその体制を取り入れている。
征服しながら現地の体制を取り込む、モンゴル帝国のような例もある。
「征服された経験から、逆に自分たちが征服する、そんな変化でもしたのか。」
ロシアがあれだけの国土を持つまでになった理由の一つが、モンゴル帝国による征服のトラウマだという。
いわゆる「タタールの軛」と呼ばれるものだ。
征服され、蹂躙されたエルフたちが同様のことを考えたとしても、不思議ではない。
「牛人族や人馬族は、それに巻き込まれたというわけか。」
だが、それでも疑問は残る。
ただ征服されるだけなら、そこまで怯えることはないだろう。
ここでふと思い出すのは、ロシアに長い間トラウマを植え付けたタタールの軛。
モンゴルの征服は、それは苛烈なものだったと伝わる。
敵対した相手には、それこそ都市ごと破壊、皆殺しにしたのだとか。
三百年ほど前の異民族の征服も、同様のことをしていたのだろうか?
そして、その悪しき行動をエルフたちも倣ったのなら、そういうこともあり得るかもしれない。
あり得るかもしれないのだが、エルフは聡明な種族だともいう。
それならば、そんなことをしてどうなるのかは理解しているのではないか?
「それともう一つ。エルフの里に、そのエルフの国の者たちが入り込んでいます。」
交易のためかもしれない、アスラクはそう付け加える。
たしかに、エルフ同士なら交易や交流があるのかもしれない。
だが、リュウヤはなにか引っかかりを覚える。
何に引っかかりを覚えたのか、この時点ではリュウヤはわからなかった。
☆ ☆ ☆
牛人族と人馬族。
その代表者数名がリュウヤの前に現れたのは、昼過ぎのこと。
「庇護下に入りたいとのことだが、我が配下にはエルフもいる。
本当によいのか?」
その問いかけに、
「エルフの国の者でなければ、かまいません。」
異口同音に、そう答える。
そこでリュウヤは疑問をぶつける。
「なにがあったのだ、そのエルフの国と。」
牛人族と人馬族の代表は、互いの顔を見合わせる。
長い沈黙の後、
「一方的に攻撃され、殺されました。」
そう答える。
「要領を得ないな。それは戦争で、ということなのか?」
「違う!!あんなものは、戦争なんかじゃない!!」
「老若男女問わず、手当たり次第に殺して回ったんだ。
そんなの、戦争なんかじゃじゃないだろう!」
両者はそう叫ぶと、号泣する。
リュウヤは泣き止むのを待ち、
「俺はお前たちを受け入れる。だから、何が起きたのか話してくれないか?」
その言葉に、二人は少しづつ話し始める。