野営
翌朝。
ルーディとビルギッタの挨拶を受けて、二つ目の目的地である、デックアールヴの里に向かう。
道中に大きな問題もなく、行程は順調に消化される。
途中で野営をすることになっており、先行している者たちが野営に適した場所を確保している。
部下たちが野営の準備をしている中、それを見ながらリュウヤは思索に耽っている。
リョースアールヴの里を出る時、ビルギッタより言われたこと。
アスランが、自分に欲や野心がないことを不満に思っている、と。
わざわざ忠告をしたくらいなのだから、アスランにより注意を向ける必要があるだろう。
冥神ハーディに任せるだけでなく。
そして、"白の教団"なるカルトのこと。
かなり隙を見せているはずなのだが、一向に襲撃してくる気配がない。
最後にひとつ。
庇護を求めているという者たち。
エルフの里で会見しようと提案したのだが、直接やりとりをしているキュウビの手の者によると、エルフと聞いて凄まじいほど怯えているとのこと。
そのため、急遽デックアールヴの里で代表者と会見をすることになった。
「リュウヤ陛下。なにを考えておられるのですか?」
サクヤが声をかけてくる。
サクヤは、人前では"陛下"という敬称をつけてリュウヤを呼ぶ。
「明日、会見する者たちのことをな。」
キュウビの報告によれば、牛人族と人馬族とのことだ。
両方とも自分のいた世界では、気の荒い種族として知られる。
いや、牛人族の方は人語を解さない化け物として扱われることが多い。
人馬族にしても、気が荒く好戦的な種族とされる。アスクレピオスやアキレウスを教育した、ケイローンのような例外はあるが。
「牛人族は、温厚な農耕を主として行う種族です。
人馬族は、好戦的な種族ではありますが。」
そうキュウビから聞いている。
だが、その人馬族すらエルフに怯えるとは、いったいなにが起きたのか?
「会見の場からは、ミーティアらエルフは離しておかなくてはならないだろうな。」
「そうですね。ですが、なぜそんなにエルフに怯えているのでしょう?」
それが一番気にかかるのだが、
「それは、彼らから話を聞くことにしよう。」
それ以外に判断のしようがない。
そう答えるリュウヤだが、この夜、キュウビから予想外の報告を受けることになる。
☆ ☆ ☆
一際大きな天幕の中、リュウヤらはスティールらと明日の打ち合わせを行う。
そこには、執事長たるアスランも当然いる。
夕食を摂りながら、それぞれの報告と打ち合わせ。
全体を統括するスティールの説明は、簡潔であると同時に過不足なく行われ、その有能さを改めて示している。
また、リュウヤと馬車に同乗する者たちも、改めて確認する。
サクヤは当然だが、それにリュウネと五大神の聖女が同乗し、その周囲をモミジ指揮下の近衛隊が警護する。
上空をデリアとエイレーネの翼人族姉妹。
人数は不明ながら、キュウビ配下の天狗族が周囲を偵察している。
さらにファーロウら夢魔族も、翼人族とともに上空から偵察を行なう。
そして、ミーティアたちエルフは一旦、隊列から離れることになる。
それらの打ち合わせが終わると、完全に食事を楽しむ場となる。
そんな場から、アスランはそっと離れていく。
☆ ☆ ☆
野営地から離れ、アスランは手に持った羊皮紙を宙に投げる。
その羊皮紙は、羽を持った生き物のような姿へと変わると、何処かへ飛んでいく。
「符呪か。」
不意にかけられる声。
声の主は、
「モミジ殿。どうかなされましたかな?」
そうモミジ。
「中座したのが見えたからな。
なにをしているのかと興味があっただけだ。
執事長という立場の者が、一言もなく中座するなど考えられなくてな。」
符呪を使ったところを見られていては、下手な言い訳は通用しないだろう。
いや、下手な言い訳などすれば、その手に持っている大太刀により一刀のもとに斬り伏せられる。
迂闊だったとしかいえない。
自分の後をつけている者がいることに気づかなかったことに。
しかもモミジとは・・・。
そして今、モミジの間合いに入ってしまっている。
気づくのはキュウビが先だと思っていたのですけどね、そう内心で呟く。
魔法戦であれば、モミジに負けることはない。
だが、白兵戦となれば話は別だ。
アスランは、自分が戦士としても優秀なのは知っている。
鬼人たちでも上位の者でなければ、遅れはとらない自信がある。
だが、目の前にいるのは鬼姫。
いかに距離をとって戦うか・・・。
「報告をしているだけですよ。冥神ハーディ様に。」
自分でも苦しい言い訳だとは思う。
「ならば、黙って中座するような不審な行動はとらぬことだ。」
モミジはそれだけ言うと、踵を返して天幕へと向かう。
その様子を見て助かったという気にはならない。
むしろその真逆。
わざと見逃された。
その屈辱感。
そして、自分がなにをしようとしているかを感づかれている。
その牽制。
アスランは笑いがこみ上げてくる。
「私がすることなど、大したことではないと、そういうことですか、リュウヤ陛下。」
ならば、それを"大したこと"にしてみせましょう、そう決意を固めていた。