出発とフェミリンスの不参加
北方の領土へと行幸に出発する当日。
ウッザマーニら10名の竜女族を随員に加えて、総数1200名となった一向はトライア山脈のドワーフの王国カルヴァハルへと向かう。
カルヴァハルへの道は大きく整備・舗装されており、リュウヤらの乗る馬車の揺れも少ない。
これは、馬車本体そのものにもリュウヤが持ち込んだ知識が活かされていることもある。
リュウヤが持ち込んだ知識、それは板バネと呼ばれるサスペンションである。
それにより、衝撃を吸収させることで居住性と運転性を向上させたのだ。
本当は、スプリング式のサスペンションを導入したかったのだが、さすがのドヴェルグやドワーフの職人たちの技術も、まだそこには到達していなかった。
特に問題だったのが、スプリングの大きさと重量。
馬車に使えるほどの大きさと、車輪が耐えられる重量にできなかったのだ。
それだけではない。
馬車である以上、馬が牽引できなければならないのだが、スプリングが小型軽量化して尚且つ、強度を上げなければならないという、矛盾した要求に頭を抱えてしまっている。
リュウヤも、合金などの知識を出せればよかったのだろうが、さすがにそこまでの知識はない。
正確には、どの成分をどう配合するのか、その割合やらタイミング、温度といった知識がない。
それだけでなく、そういったことを職人に理解させることが上手くいかないのだ。
なにせ、科学知識というものが二十一世紀の地球よりはるかに劣っているため、そういう概念を理解させなければならない。
そして、リュウヤはその入り口のところで躓いてしまっているのだ。
ただ、ドヴェルグやドワーフたちも、鉄になにかを混ぜることで強度を上げつつ、軽量化することができるということは理解したようではあるが。
リュウヤの乗る馬車に同乗しているのは、サクヤとアナスタシアにリュウネ、ビオラとキュウビ、モミジとミーティアにスティールとアスラン。
「フェミリンス様は、今回は参加されませんでしたね。」
ミーティアの言葉。
「誘いはしたのだがな。」
だが、当のフェミリンスは、
「盲の者が同行しても、足手まといになるだけでしょう。」
と拒絶したのだ。
「陛下がそのようなことを気にしないことは、理解されていると思うのですが。」
ミーティアの言う通り、リュウヤはフェミリンスが盲目であることなど気にしない。
必要であるならば、フェミリンス付きの者を増やしてでも応じただろう。
「あまり、良い思い出がないのかもしれんな。」
盲目であるためにろくに仕事も与えられず、ただ閉じこもるしかなかった。
無論、この世界ではそれが当たり前の対応だったのだろうが、それでもそういう対応をされる側としては哀しみが残る。
「それに、今はたしかに忙しいのだろうからな。」
フェミリンスも今ではリュウヤの相談役という、いわば名誉職とでもいうべきものだけでなく、幼・少年期教育の統括を任されている。
現場そのものではレティシアらが奮闘しているが、彼女たちが安心して働ける環境作りに専念している。
そして、フェミリンスの役割として、学校に集められた者たちの中から魔法の素質を持つ者を見定めるというものもある。
「龍帝国の将来を担う者たちの教育に、相当なやりがいを感じているようでしたね。」
サクヤが、そうフェミリンスの様子を思い浮かべながら口にする。
「そうだな。やりがいある仕事に就けるというのは、本当に楽しいものだからな。
たとえ、一時は辛いことがあったとしても。」
リュウヤはしみじみとそう言う。
最初に就職した建設会社の仕事は、たしかに辛いものがあったが、社内環境が良かったこともあってやりがいも感じていたものだ。
「お前たちも、やりたいことがあれば言うといい。
全てを叶えられるとまでは言わぬが、それなりに協力は惜しまぬぞ。」
その言葉に、
「わかりました。その時は遠慮なく申し出させていただきます。」
スティールが皆を代表する形で、そう締めくくる。
そして、
「陛下。そろそろカルヴァハルに到着いたします。」
馬車に並走する近衛の一人が、外から大声でリュウヤに伝える。
馬車の窓からトライア山脈の方を覗き見ると、カルヴァハルへと至る城門が小さく見えてきたのだった。