酒宴
今回引き連れて来た移住団は、約500人。内、100人は護衛の兵士たちだ。
事情があるとはいえ、人体実験に供された者たちを捕らえたことがあることで、居づらくなった者たちだ。その点では指揮したグィードも同様である。
30人弱が王族と貴族の子弟たち。そしてその世話役として執事と侍女たちが60人ほど。年配であるため、他に仕事を探せない者と、身分が低かったり貧しかったりで、実家を頼れない者たちだ。
あとは職業も様々な平民たち。純粋な労働力として期待できる者たちでもある。
それらの人材を適材適所に配置しなければならない。
だが、それはそれ。
今宵は酒宴を楽しもう!
乾杯の音頭はギイがとっている。
今宵はしっかり飲んで、疲れを癒す。
明日から、しっかり働こう!!
リュウヤはこの酒宴の前に、"無礼講"であると宣言している。
今後、無礼講などなかなか開けるものではないだろう。
そんなことは、自明というべきだ。立場というものも生まれることになるのだから。
イストールから来ていた者たちも、強制的に参加させられる。
「いや、私はまだ・・・」
抵抗虚しく、ドヴェルグたちに飲まされているのは、食料を運んで来た一団の一人として参加していたジゼル。
彼の年齢はまだ14歳ではなかったか?
地球ならほとんどの国が違法なのだろうが、この世界にそんな法はない。明日は二日酔いに苦しみたまえ。
他人事だから、リュウヤは気楽に考えている。
「リュウヤ殿、いえ陛下。こうして酒を酌み交わせるとは、思いもしませんでした。」
ジゼルの養父デュラスと差し向かいになり、リュウヤは飲んでいる。
「デュラスを出してくるとは、イストールの改革は順調なのだろうな。」
「やっと、ひと段落したところです。」
国王ラムジー四世派の更迭。それで済まない場合には粛清を敢行する。それに並行して、ラムジー四世に更迭された功臣や能吏の復帰。
やることは多いようだ。
「それにしても、この時期に食料を頂けるとは有難い。感謝する。」
リュウヤはデュラスに頭を下げる。
「いえ、あの宣言ですよ。」
パドヴァで行った宣言。シヴァを通じた念話は、イストールの国民にも届いていた。
「周囲の国々と軋轢を生むだろう、両王子はそう懸念しておりました。」
その懸念は正しい。この宣言を認めれば、自国からの人口流出を招きかねないし、奴隷制度のある国は奴隷の逃亡を心配しなければならない。
だが、リュウヤはその考えを一蹴する。
「善政を布けばいいだけだ。」
と。
そういった国々が、連合してきたら面倒なことにはなるだろうが、そこは「パドヴァ王宮の惨劇」が心理的な抑制を生むだろう。
二人はほぼ同時にジゼルの方を見た。
ドヴェルグたちに飲まされて、すでにテーブルに突っ伏している。
「ありがとうございます。」
唐突にデュラスが言う。
「?」
「ジゼルのことです。あれからよそよそしさがなくなり、私を頼ってくれるようになりまして。」
ある時、そのことを指摘したらリュウヤに諭されたと。
「ああ、あれは、昔、自分が言われたことだ。」
親戚をたらい回しにされ、最後に引き取った叔父の言葉。
この叔父は、龍弥が孤児になった時にも引き取ろうとしていたのだが、新婚で海外赴任ということもあって断念していた。5年後に改めて引き取ったのだが、その時にはすでに龍弥は少年らしくない少年になっていた。物静か過ぎ、遠慮し過ぎ、誰にも相談しない、心を開かない少年に。
進路の相談もなく、"家を出て中卒で働く"そう言ったとき、
「あのとき、引き取るべきだった。」
そうしみじみと言っていた。
「お前が、俺を頼ってくれるようになるには、時間が足りなさ過ぎた。」
龍弥が心を開くのに時間が足りなかった。そう悔やんでいた。そして、リュウヤがこちらにいる今、二度と会うこともない。
「そんな風になって欲しくなかった、それだけだよ。」
少し、しんみりとし始めたとき、
「何を辛気臭い顔をしておる!」
ギイの乱入である。
「さあ、しっかり飲め!」
二人のコップになみなみと酒を注ぐ。
「ドヴェルグ特製の火酒じゃ!」
バーボンのような味の酒だ。アルコール度数は、それよりも上かもしれない。
「酒の場でするなら、もっと明るい話にせんか。」
「そうですな。」
デュラスが応じ、リュウヤにとって触れて欲しくない話題を振ってくる。
「それでは陛下。王となられたからには、次は嫁取りですかな?」
思わず口にした酒を吹き出す。
「おう、そうじゃな。やはりそこは巫女殿が第一候補じゃろう。」
無責任に煽るな!そう言いたいが、むせこんでいるため言葉にならない。
「なんの話題ですかな?」
グィードがやって来て、話題に加わる。
「いや、陛下の嫁取りの話をな。」
「はて?龍の巫女殿が王妃ではないのですかな?」
昼間の様子を思い浮かべて言う。
「ちょっと待て、お前ら!」
リュウヤが抗議の声をあげるが、周囲の者たちに押さえつけられる。
「お前ら、王に対してなにをする!」
「今日は無礼講って、陛下ご自身が仰ってますし。」
あっさり反論したのはタカオである。
「あまり飲んでないじゃないですか。もっとグィッと飲んでください。」
無理矢理飲まされる。
アカギ、お前もか!待て、それアルハラ!!
言葉にならぬ声をあげて、リュウヤは轟沈した。