セリムの視察と、通商交渉
今回のオスマル帝国の使節団の名目は、友好親善であったりする。
そのため、実質的な代表であるスライマーンとその部下を除くと、龍帝国の視察がメインになる。
視察のは、ニルフェルのグループとテオドーラのグループに分かれる。
セリムは、一日置きにそれぞれのグループに加わることになる。
馬鹿馬鹿しいことではあるが、これも派閥を作らないための措置なのだ。
そのセリムが同行するのは、ニルフェルのグループである。
案内役は龍人族のカスミが任されている。
そのカスミを見て、セリムは固まっている。
「どうされました、セリム様。」
ニルフェルに声をかけられ、我に帰る。
「い、いや、龍人族の女性は、まるで天女のように美しいのだな。」
その言葉に、
「ありがとうございます、セリム殿下。」
カスミが謝辞を述べる。
だが、セリムはここで首を傾げて呟く。
「昨夜の晩餐会、サクヤ殿もいたのになぜ印象に残っていないのだろう?」
と。
☆ ☆ ☆
セリムが視察したのは、同年代の子供たちの通う学校だった。
今春、開校したばかりの学校では、本来ならセリムたちが接することのないであろう、平民の子供たちがいる。
「これは、何をしているのだ?」
セリムの疑問。
「ここは、子供達に文字の読み書きや、四則演算を教えています。」
カスミの説明。
「なぜ、平民の子供たちにそんなことをするのだ?
平民などに、へんな知識を与えることになるのではないのか?
それに、女もいる。平民の女に知識を与えても、なんの役にも立たないではないか。」
セリムの素直な疑問。
そして、この世界においてはこの認識が当たり前のことである、特に人間族にとっては。
また、リュウヤが最も苦心した部分でもある。
「同じことを言っていた者は、この国にもおりました。
ですが、リュウヤ陛下が教育することの利点を説き、開校することになったのです。」
識字率を向上させることで、法の施行や周知がやりやすくなる。
それは何も法律関係だけではない。
技術の継承であったり、知識の共有を行うことが容易になる。そういったことが容易になれば、時間に余裕ができる。
その時間を、新たな技術開発の促進に使うこともできるのだ。
それだけではない。
教育を施すことで、それぞれの者たちの適性を判断する材料ができることになり、人材登用もしやすくなるし、本人も自分の適性を知ることで、それに合った職業を選択することもできる。
それは、国の技術・経済発展を促すことになるだろう。
四則演算も同じことだ。
商売において騙されることがなくなり、経済を潤滑に動かす力となる。
日本の明治維新の原動力は、当時、すでに六割に達していたと言われる識字率と、一般庶民にも浸透していた高等数学(和算)によるものでもあるのだ。
「なるほど。聞けば、良いことずくめに聞こえるな。」
「必ずしも、良いことばかりではありません。
先程、殿下が申された懸念もございます。」
「それにはどう対処するのだ?」
セリムが勢い込んで尋ねる。
「ただ、良き政を行う、と。」
カスミの返答に、セリムは虚をつかれる。
「それだけなのか?」
「はい、それだけです。善政を布き、民を富ますことができれば、邪なことを考える者が増えることはない。
逆に、苛政を行い、民を苦しめれば、知識が無くとも邪なことを企み、実行するであろう、と。」
「・・・・。」
セリムはカスミの言葉に、幼いながらに思うことがあったようで、考え込んでいた。
☆ ☆ ☆
リュウヤとスライマーンは、シニシャを交えて交易に関しての条件を話し合っている。
これがまた、非常に多岐にわたる。
特に、直接国境を接していないため、通過する国々との間をどうするのか?
特に関税の問題。
というのも、関税とははっきりというと国内を通行するための通行税である。
そして、この通行税収入。大国に挟まれた国にとって、実はバカにならないほどのものなのだ。
それだけでは無い。
関税は、自国民を留まらせるためのものでもある。
勝手に他国へと行かれては、人口減少に繋がってしまうため、関税廃止にはどうしても及び腰になるのだ。
そうは言っても、リュウヤとしては関税廃止に持ち込みたい。
そのために、リュウヤは天狗族を使って、色々と工作をしていたりもするのだが、それをこの場で口にすることはない。
下手に外に漏れれば、失敗する可能性が高くなる。
「関税撤廃ですか?
大胆なことを言われますな。」
スライマーンは半ば呆れ、半ば感心している。
リュウヤのいう関税撤廃の利点は、大国にこそ大きくある。
なぜなら、大国というのはたいていの産物の生産量が多い。その大量に生産されたものが、小国に流れ込めばその国を経済的に破綻させることも可能なのだ。
それでも、そう言ってくるのは、商業の重要さを理解しているからに他ならない。
無論、リュウヤもスライマーンの言う大国の利点を理解している。
そして、必ずしも利点ばかりではないことも。
大国が、その生産量に物を合わせて売り込めば、強烈な反発を招くことになるのだ。
そう指摘され、スライマーンは唸る。
「やり過ぎは禁物、というわけですな。」
「その通りです。」
反対側にもう一つの大国がある場合、そちら側に追いやってしまいかねない。
それは、せっかくの緩衝地帯を手放すことになってしまうのだ。
「では、それについての詳細はいつ頃に決められますかな?」
このような重要な案件は、流石に一度持ち帰らないとマズイ。
スライマーンはそう判断したようである。
「来年の夏、八ヶ国を周ることになっております。
その後ではいかがでしょうか?」
約一年後ということになる。
スライマーンは暫し考え、
「わかりました。では、場所はこちらで決めてもよろしいでしょうか?」
場合によっては、八ヶ国の使節との交渉となる。
それだけの場所を用意できるのは、今回の利害関係国ではオスマル帝国しかいない。
「かまいません。そちらにお任せしましょう。」
これにより、今回の使節団の最大の懸案は片がついた。
「これで、大きな荷がおりました。
明日からは、若君と一緒にまわらせていただきましょうぞ。」
スライマーンはそう言って笑ったのだった。




