互いの方針
リュウヤとスライマーンは、晩餐会の後に一時間ほどの短い会談を行っていた。
その会談から戻ってきたスライマーンを、皇孫セリムが迎える。
「爺、どうであった?」
無邪気な笑顔を向けるセリムに、スライマーンはまるで自分の孫を見るような優しい目をしながら、
「底の知れぬ、とてつもない者でしたな。」
そう答える。
「爺の目を持ってしても、底が見えぬのか?
看破の魔法は使ったのであろう?」
「はい、もちろん使いましたとも。」
セリムの問いかけへの返答も、どこか祖父のような表情でしている。
「それでも、何も見えなかったのか?」
「ええ、見えませんでした。」
「そうか。爺に見えないとは、よほどの大物なのだな。」
「ええ、予想以上の大物でした。」
スライマーンは幼いセリムに、わかりやすく話している。
「じゃあ休むぞ、爺。一緒に休んでくれるのだろう?」
スライマーンが祖父のようなら、セリムはまさに祖父に懐いている孫のようである。
セリムを寝かしつけてから、スライマーンは窓際の椅子に座って考える。
会談は互いに秘書官を一人ずつ付いただけの、四人だけで行われた。
リュウヤには内緒で看破の魔法を使ったのだが、おそらくあの者は魔法を使用したことに気づいていたはずだ。
それにもかかわらず、なんら咎め立てすることなく会談を進めている。
それは、嘘を見抜かれてもかまわないということかというと、そうではない。
いや、看破の魔法対策をしていた可能性もあるが、あの男の態度からそのような対策をしていたとは思えない。
ならば、あの男は嘘をついていないことになる。
会談の内容を思い起こすが、あの男の言葉は一国の創始者とは思えない内容だった。
野心など無く、そして領土欲もない。
ただ、自国と同盟国の繁栄のみを考える。
あの男の言葉を要約するとそうなる。
「それが本当なら、やり辛くもあり、やり易くもある、か。」
やり易くもあるのは、こちらから刺激しない限りは無害であるということ。
やり辛いのは、生半可な駆け引きでは動かすことはできず、そして下手な駆け引きは敵対行為とみなされかねない。
そしてやり辛い理由はもう一つ。
あの男の言葉を信じる者は、なかなか居ないということ。
「しばらくは、自分が担当せねばなるまい。」
龍帝国との外交担当者。
あの男の言葉を信じることができない者では、下手な駆け引きや小細工を弄してしまいかねない。
そんなことをする者では、帝国西部国境の安寧を守れない。
「正直、公正、無欲、人としてならば美徳なのじゃがな。」
スライマーンはボヤく。
それが国の指導者となると、なんとやりにくいことか。
「国を繁栄させる、か。
そうなると、交易を中心に関係を結ぶべきか。」
この国が求める品物がなにか、今回持参した品々を見た反応から察するしかないだろう。
そして、滞在している間にこちらが求める品物があるか、見ていく必要もあるだろう。
「皇女殿下とも、話し合う必要があるな。」
共に来ているニルフェルとテオドーラの二人。
彼女たちにも、色々と動いてもらわなければならないだろう。
スライマーンは寝台で眠るセリムの寝顔を見ながら、より深く思考するのだった。
☆ ☆ ☆
スライマーンが思考している頃、リュウヤはリュウヤでサクヤとアデライード、フェミリンス、ミーティア、アルテミシアと、オスマル帝国との外交方針を定めるべく協議している。
「外交方針をとのことですが、スライマーン老、しいてはオスマル帝国を信用できるのでしょうか?」
アデライードの言葉。
龍帝国の事実上の宰相となっている彼女は、こうやって常識的な発言で、会話をリードしてくれる。
「信用できると、私は思います。」
ミーティアの発言。
本来なら秘書官であり、発言権はないのだが今回は認められている。
それも、先の戦いの戦後交渉で、スライマーンとの交渉の場にいたということが大きい。
「私も、信用できると考えます。」
同じ場にいたフェミリンスが同調する。
「その理由は?」
リュウヤの問い。
「オスマル帝国は、宿老の中の宿老と呼ばれるほどの人物を送ってきました。
それは、龍帝国を重視してのことと言えましょう。」
たしかに、それほどの人物を送ってきたというのは、相当なものと見ることができる。
「スライマーン老は、現皇帝アルダシール七世の教育係りでもありましたから、皇帝の信任の厚い人物でもあります。」
アルテミシアが、リュウヤの思考を読んだかのように言う。
「では、スライマーン老とオスマル帝国を信用するとして、どのようなことを中心に据えましょうか?」
アデライードが話しを進める。
「中心になるのは、交易だろうな。」
互いに敵対しなければ良い、言ってしまえばそれだけのことでしかない。
互いに国境を接しているわけでもなく、緩衝地帯となる小国家群があるため、直接的な戦争は起こしにくい。
それならば、交易を行うことによる利益を前面に押し出すことにより、安定させようと考えるのが利口というものだ。
なにより、通過することになる小国家群にも利益をもたらし得るため、繁栄を共有することによる安定という、リュウヤの狙いにも合致する。
「すると、龍帝国の方針としては、交易を中心に据えるということで良いのだな?」
リュウヤが確認する。
それに皆が頷く。
これにより、龍帝国の方針は決まる。
「後は、なにを出してなにを求めるか、だな。」
協議は、夜更けまで続いていた。