スライマーン
再びシニシャがやってきたのは、帰国してから二十日後のことだった。
「戻ってきたぜ。」
と、まるで元々この国に住んでいたかのような挨拶をする。
ただし、来たのはシニシャだけではなく、シニシャ自身も柄に合わない儀礼用の軍装をしている。
一緒に来ているのは、オスマル帝国使節団である。
シニシャが正装しているのと同様に、リュウヤもまた正装をして迎えている。
案内役のセルヴィ王国軍の後から、オスマル帝国の軍装をした一団に守られた、一際目立つ外装の四頭立ての馬車が現れる。
その馬車から最初に降りてきたのは老人。
老人ではあるが、その纏う雰囲気は老人という見た目からは程遠い。
歴戦の強者とでもいうべきもの。
「あれがアルダシール七世の宿老、スライマーン老だ。
見ての通り、一筋縄でいく御仁ではない。」
隣に立つシニシャが、リュウヤに耳打ちする。
エストレイシアからも報告を受けていたが、予想を以上の人物だと理解する。
親・龍帝国として動き始めていたセルヴィ王国に道案内を頼む時点で、一筋縄でいかないことはわかる。
親・龍帝国ということは、反オスマル帝国ということであり、その中心になろうとしていたのがセルヴィ王国。
そのセルヴィ王国に道案内を頼むということは、この地域に対する敵意はないと示すことである。
だが、その使節団の様子を見ると、そんな生易しいものではないことがわかる。
敵意が無い事を示すために、装備は最小限にとどめられているのだろうが、それでも完全武装となれば、威圧感は相当なものだ。
そして、その護衛の兵士たち。
屈強という言葉でしか表せないような、そんな者たち。
「不死隊だ。」
シニシャが小声で言う。
"不死隊、ね"
リュウヤはそう呟く。
不死隊といえば、ペルシアのものが有名だろうか?
常に最前線にあり、戦死などで人数が減っても、すぐに補充されるために見た目の数が減らないため、不死の軍隊と恐れられたという。
「スライマーン殿、こちらがリュウヤ陛下でございます。」
シニシャがスライマーンに紹介する。
「これは、皇帝陛下御自ら出迎えていただけるとは。」
「皇帝ではないな。龍帝と呼んでいただきたい。」
「これは失礼いたしました、龍帝陛下。」
スライマーンは、言葉こそ謝罪しているがその表情は些かも変わらない。
握手している二人を見て、シニシャは胃のあたりを押さえながら、外交戦が始まっていることを実感する。
「アルセンに代わるべきだった。」
と、内心で呟きながら。
☆ ☆ ☆
スライマーンと共に来た随員の中で、異質な存在が五人いる。
そのうちの二人は、ニルフェルとテオドーラと言う名の女性。
そしてその二人の子供、デウレトとチチュクと言う名の少女。
もう一人は男子。その丁重な扱いから、身分としてはかなり高いと予想される。
「お初にお目にかかります、リュウヤ陛下。アルダシール七世の孫、セリムと申します。」
皇孫と言うわけか。そりゃ丁重な扱いにもなるな、そう考える。
それにしても、ニルフェルとテオドーラと言う名にも聞き覚えがある。
確かエストレイシアから報告された、ビンツア・パルメラ両王国に降嫁していた、オスマル帝国の皇女が同名だったはず。
そして、その娘らしき少女たちの名も、同様のものだったはずだ。
リュウヤ的に、非常に嫌な予感がする。
ちらりとシニシャを見ると、その視線に気づいたのかとても良い笑顔をリュウヤに見せる。
"このやろう"という感情が沸き起こるが、表情には出さない。
「こちらへどうぞ。」
案内をするため、声をかける。
この時、周囲に見えないようにシニシャの脇腹に肘打ちを入れることを忘れない。
そして、リュウヤは皆を案内しながら皇宮へと入っていく。
☆ ☆ ☆
この日は、互いの交渉担当者との顔合わせを兼ねての、晩餐会が行われる。
「堅苦しいのはごめん蒙る。」
と言っていたシニシャも、カエデとイチョウの二人に引き摺られて参加している。
そして、マリーアとその双子も。
龍帝国側からはリュウヤとサクヤ、アナスタシアは当然だが、アデライードにフェミリンス、エストレイシア、カルミラが参加している。
そして、特別に五人の聖女と、シヴァとハーディもこの席に呼ばれていた。
聖女たちが呼ばれたのは、
「王国から帝国へと変わられたようですが、その意図は奈辺にあられますかな?」
スライマーンの、この問いに答えてもらうためである。
王国と帝国、王と皇帝ではその言葉の持つ意味は大きく異なる。
皇帝とは、「王の中の王」であったり、「天命を受けた者」、またはある権威から与えられたものであったりする。
帝国とは、それ相応の格が必要であり、それは「国土の広さ」であったり、「国力」であったり、または「武力」であったりする。
龍帝国は、武力はともかくとして、国土の広さもなければ国力も、将来的なものはともかくとして、現状においてはそれほど大きなものではない。
「それ、は、五人の、聖女の祝福、を、得た者は、いない、から。」
智慧の神の聖女アイシャが、たどたどしい物言いで答える。
「だから、王の称号では不足であると私たちは考えました。」
アイシャを引き継いだのは、海神の聖女シャーロット。
「龍帝とは、多くの種族を束ね導くのに相応しい名称を、私たちが考え、シヴァ様の了承を得たもの。」
コルネリアが経緯を説明する。
「そこに、リュウヤ陛下の御意志はあられますかな?」
スライマーンの言葉に、
「ないよ、全然。」
あっさりと答えるのはユーリャ。
「内緒で進めたもん。」
「リュウヤ陛下の御意志は一切ないことを、私は自らの神に誓って断言いたします。」
ビオラがはっきりと宣言する。
「なるほど。龍帝であって皇帝ではない、そういうことですな。」
スライマーンは、その視線をリュウヤへと移す。
「オスマル帝国が何を懸念しているかは知らぬが、私の方には心当たりはないな。」
リュウヤの言葉に、スライマーンは目を細める。その言葉の真意を確認するように。
数瞬の間、緊張感が漂う。
その緊張がふっと緩むと、
「たしかにその通りですな。リュウヤ陛下には、野心が少ないようでございますな。」
好々爺とした表情でスライマーンは笑う。
これが合図であったかのように、晩餐会は和やかに進んでいく。
不死隊は、王や皇帝の親衛隊だったとする説もあります。




