伝統を作る
リュウヤがハーディと話をしている頃、サクヤはマリーアと一緒にお茶を飲みながら話をしている。
会話の内容は、皇后としての振る舞いについてである。
リュウヤは、「帝」としての振る舞いがわからないと言っているが、実はそれはサクヤも同じことなのだ。
ただリュウヤと違うのは、もともと周辺国から一目置かれる存在であり、イストール王国との交流があったためにその宮廷マナーなどを理解していたことだろう。
リュウヤには、その素養そのものが無かったのだから。
だから、リュウヤはそのことに悩み、アデライードらに宮廷マナーを教授してもらっていたのだ。
そのリュウヤの悩みを少しでも解消できないかと、マリーアに相談を持ちかけたのだ。
「私たちの国は、それなりに歴史がありますから。」
マリーアにそう言われ、サクヤは若干の落ち込みをみせる。
「歴史」と言われると、生まれたばかりの国としてはどうしようもできない。
「生まれたばかりの国ということは、これから伝統を作るということでございましょう。
それを、リュウヤ陛下をはじめ、宮廷に仕える方々で共に考え、作っていくものではありませんか?」
その言葉に、ハッとさせられる。
「そう、ですね。あまりに状況が目まぐるしく変わるものですから、私もリュウヤ陛下も焦っているのかもしれません。」
サクヤは吹っ切れたような表情を見せる。
「それよりも、結婚式はどのように行われるのですか?」
「それは、龍人族の伝統的な形にしようと。
リュウヤ陛下も賛同していただいておりますので。」
「それがよろしいでしょう。
国の中核を担うのはどの種族かは、はっきりさせておく必要がありますから。」
今後、龍帝国の中核を担うのは、あくまでも龍人族であると示すことになる。
もっとも、リュウヤとサクヤの結婚式の場合は、これに五大神の聖女との絡みもあるから、完全に龍人族の伝統とはいかなくなるだろうが。
だが、それも継続していけば新たな伝統になるだろう。
「そうやって、歴史や伝統は作られていくのですよ。」
一朝一夕でできるものではないのだと、マリーアはサクヤを諭す。
「ありがとうございます、マリーア様。」
その言葉にマリーアは微笑を浮かべて、
「サクヤ様は、リュウヤ様とよく似ておられますね。
私のような目下の者にも、丁寧な言葉をかけてくださるところとか。」
「それは、リュウヤ様のいらした国の君主は、一般の方々にも親しく声をかけておられると伺いましたから。
リュウヤ様も、そのお方を意識して真似ておられると仰っておられましたから。」
自分もそうあろうと、意識しているのだろう。
サクヤとマリーアの会話は、今しばらく続くようである。
☆ ☆ ☆
リュウヤら一行は、皇宮への帰路につく。
海神の聖女シャーロットは、この地に建てられている仮設の神殿に泊まるという。
「では、また良き歌声を聴かせてくれ。」
そう言って、リュウヤらは神殿建設現場を後にする。
リュウヤの乗る「雪風」には、その後ろにハーディも騎乗していた。
その姿が見えなくなるまで見送り、シャーロットは皆の下に戻る。
「予想以上のお方です、リュウヤ陛下は。」
「まことに、そうでしたな。まさか、一国の主人たる御方が、下々の者たちにまで声をかけていかれるとは、思いもしませんでした。」
シャーロットの言葉を受け、エッケハルトがそう漏らす。
「まったくです。白エルフを側に置いておられるから、我ら黒エルフに偏見を持たれていると思っていたのですが、裏切られましたよ、良い方に。」
海神の神官衣を纏った黒エルフ、フマユーンが答える。
「自分の庇護下に入る者は、決して差別しないと言われておりましたから。」
他の国では、「ノロマ」や「木偶の坊」の代名詞ともいえるトール族も、この国では他種族と同じように働いている。
しかも自主的に。
他の国では考えられないことが、この国では起きているのだ。
「このような国がある、それがわかっただけで私は嬉しく思います。」
シャーロットの言葉には、15歳の少女とは思えない深い感慨が込められている。
それは、自身が被差別種族であったため。
「私たち海の民が、一時的にでも避難できる国。
内陸だから来るのは大変だと思いますが、希望を持てる国があるということを、もっと皆に広めなければなりません。」
シャーロットの言葉に、周りの者は大きく頷いていた。




