東方諸国の疑念
「それで、お前は何をしに来たんだ?」
執務室にて、リュウヤはシニシャに問いかける。
「雑用から逃げるためさ。」
偽悪的な物言いをするシニシャに、
「答えないなら、帰国してもらうしかないな。」
そう話し、鬼人の侍女イチョウとカエデに、
「シニシャ殿は帰国なさるそうだ。丁重に、お帰りの支度をして差し上げろ。」
リュウヤに一礼して、二人はシニシャに近づいていく。
「ちょ、ちょっと待て!!話す、話すから勘弁してくれ!」
シニシャは慌ててリュウヤに向き直る。
「お前のそういう言葉は、シャレにならんのだぞ?」
そう文句を言いつつ、本来の目的を告げる。
「目的は、はっきりと言うのなら一つ。
お前は何をやろうとしている?」
「何を、とは?」
「俺は、お前とは腹を割って話せる間柄だと思っているし、それなりに理解はしているつもりだ。
だが、周りの奴らはそうはいかん。」
「・・・。」
「直近で言うなら、サラミス王国を潰しただろう?
うちの国も、ウリエ王の戴冠式に使節を出していたから経緯は理解している。
だが、そんな国ばかりではないのだ。」
「なるほど、な。」
「それだけではない。最近、"帝国"を称するようになっただろう?
それも、周辺国に疑心を生んでいる。」
「国の呼称に、大した意味はないんだがなあ。」
そうボヤキつつ、リュウヤはシニシャがここに来た理由を察する。
リュウヤの行動について、セルヴィ王国周辺七カ国が疑心を抱き始めたため、その真意を確かめるために来たのだろう。
そして、その疑心を晴らすためにアルセンが奔走し、国内にその疑心が広がらないようにするためにアレクサンダル王が、宮廷内を纏めている。
「まず、呼称についてだが、五大神の聖女がここに集まっていることは知っているな?」
シニシャは頷く。
「五大神の聖女が一つの国に集まることは、この世界の歴史上初めてのことらしい。
そして、その祝福を受ける者も。」
「たしかに五大神の聖女、全ての祝福を受けた者はいないな。」
いや、聖女一人の祝福を受ける者さえ、かなり稀な存在である。
先日のウリエ王の戴冠式において、聖女の一人であるユーリャの祝福を受けたことで、ウリエ王の格式は相当に上がったとも言えるのだ。
「そうなると、五人の聖女の祝福を受けるのに相応しい呼称が必要になる、そう考えたわけか。」
「聖女たちが、そう考えた。」
シニシャの言葉を、すかさずリュウヤが修正する。
「なるほど。聖女たちが考え、龍帝という呼称が生まれたのか。」
「断っておくが、そこに俺の意思は介在していないからな。」
自分の意思ではないことを、大きく強調する。
「だから、"帝国"というよりも、"龍帝が治める国"という程度の意味でしかないんだよ。」
その言葉に、
「そういうことか。」
と、シニシャは納得する。
皇帝と王、同じようなものと考えがちだが、その権威はまるで違う。
地域によって、多少の意味合いの違いがあるが、皇帝とは"王の中の王"であり、または"神により権威付けられた存在"だったりする。
中国ではより強い権威があり、"全宇宙の支配者"として天命を受けた者となる。
「全宇宙の支配者とは、何を馬鹿なことを」と思うかもしれないないが、"中華"という言葉は、全宇宙の中心という意味だったりするのだ。
「権威はともかく、領土を帝国と呼ばれるに相応しいほど、広げようとは思っていない。」
五人の聖女が集まっていることで、嫌でも権威づけられてしまうが、領土的野心は無い、リュウヤはそう断言する。
「それが聞けて良かったよ。」
シニシャも、ホッとしたように口にする。
そして、
「サラミス王国の件は、お前の為人を知ってもらう必要があるだろうな。」
「もっと交流しろということだな?」
「そうだ。」
オスマル帝国との戦いの際にも、リュウヤは戦陣に立ったわけではなく、内政に専念するため国内に留まっている。
出ていれば、少しは交流を持てたかもしれないが、それも今更な話しである。
「今年は立て込んでいるからな。来年、初夏あたりから各国に訪問するとしようか。」
もう少しすると、オスマル帝国の使節団がやって来る。
その後は、トライア山脈を越えた飛び地となっている領土への行幸。
それが終わるとサクヤとの結婚式。
その後は、雪に閉ざされてしまうため身動きが取れなくなる。
そうなると、やはり来年。
「その話しは、俺たちの方から流すか?」
リュウヤは少し考え、
「いや、それはやめておこう。申し訳ないが、セルヴィ王国は最後の訪問国にさせてもらう。」
「わかった。」
ニヤリと笑い、シニシャは答える。
最初の訪問国というのは、非常に大きな意味を持つ。
そして、訪問の順番も。
最後にセルヴィ王国への訪問となるのも、ひとつは信頼の証であり、もう一つは他の国々よりも突出して扱わないというメッセージとなる。
あまりに突出しすぎると、セルヴィ王国としても他の国々との交渉などに齟齬をきたしかねない。
目的を果たしたシニシャは、話を変える。
「サラミス王国は、この後どうするんだ?」
シニシャとしても、後始末をどう付けたのか気になるようだ。
「何もする気は無いな。」
「?」
「皆殺しにしたわけでも無いし、要人は残しているしな。
再興したければすればいい。」
15歳未満の者と、非戦闘員や戦意のない者は生かしている。
死んだのは、王宮守備隊と国王の近衛くらいであり、軍のほとんどは残っている。
あの国がしっかりとした体制をしていたならば、混乱はすれども、十分に立て直しは可能だ。
「生き残る道は、それなりに残していたのだな。」
「王宮守備隊とか近衛なんてのは、腕自慢ではあっても、実戦経験は少ないからな。
出張った者たちは手応えがないと、不満顔だったよ。」
リュウヤの言葉に、シニシャは苦笑しきりだった。