オスト王国からの使者
カルミラたちがサラミス王国を崩壊させた当日、リュウヤはオスト王国からの使者を迎えていた。
使者の報告では、ジギスムント王太子の即位式並びに、戴冠式は延期になったとのこと。
「そうか。状況は変わらぬか。」
使者、フリート・ペツネックは首肯する。
「全体の六割ほどは押さえておりますが、第二、第三王子派を倒すには至っておりません。」
その説明を受け、リュウヤは三国志を思い浮かべる。
魏・呉・蜀の三国鼎立の時代。
あの時代も魏は六割ほどの地域を制していながら、呉と蜀の連合を突き崩すことができず、長い対立の時代を作り出してしまった。
そこでリュウヤは考える。
あの時代は、どういうきっかけで鼎立が崩れたのかと。
諸葛亮が安定させて高めた国力を、その後継者の費禕はそれを引き継ぎ、来るべき決戦に備えていた。
だが、魏を討つための北伐を主張していた姜維らを抑えるなど、ここぞという機会を狙っていた費禕が暗殺されると、姜維を抑えることができる者がおらず、度重なる北伐で国力を消耗してしまい、蜀の崩壊へと繋がっていく。
「なにか良い策でもお有りでしょうか?」
ペツネックより声をかけられ、リュウヤはその思考を現実に引き戻す。
「無いわけではないが、お主も相変わらずだな。」
オスト王国との戦いで、講和交渉に随員として来ていたペツネックは、敵陣の真っ只中に在りながら直言してきたのだ。
その豪胆さをリュウヤは気に入り、スカウトしたのだが断られている。
「俺の考えを話すのは吝かではないが、場所を変える必要はあるだろうな。」
使者との謁見という、公的な場で策を教えるということは、内政干渉と取られかねない。
また、ジギスムント王太子派としても、他国の者から策を与えられたというのは外聞が悪い。
そのため、リュウヤはペツネックを伴って別室へ移動する。
私的な場であれば、多少の誤魔化しは効くのだ。
別室にて、リュウヤはペツネックに自分の考えを話す。
「決め手が無いのならば、決め手となる状況を作り出せば良い。」
そう前置きして、その策を話し始めた。
リュウヤの策は、大きく三段階に分かれる。
第一段階として、比較的小さい派閥である第三王子派を挑発し、出陣させる。
ただし、前提として第二王子派を牽制して、援軍を出させないようにする。
出てきた第三王子派とは、可能であれば戦って殲滅させるのが望ましいが、あえて戦わずに対陣するのも良し。
その際は、可能な限り長期の対陣に持ち込む。
無理に戦って損害を与える必要は無く、出陣と対陣により相手の資財を消耗させるのが狙いである。
第二段階では、十分に疲弊させた第三王子派に総攻撃を仕掛け、殲滅する。
第三段階で、第二王子派への攻撃を開始、撃滅する。
「大まかな流れとしては、そんな感じだな。」
「なるほど。」
「ただ、問題は王太子派にそれを実行できる将軍がいるかどうかだな。」
リュウヤの言葉に、ペツネックの言葉が詰まる。
詰まる所は、そこに問題があるということか。
いや、軍事に明るい者がいるならば、自分の策くらいは考えつくはず。
それができない時点で、そのことに考えが至らなければならなかった。
「そういえば、コスヴォル方面で戦った指揮官は、どうしているのだ?」
なかなか優秀な者たちだと、エストレイシアから聞いていたのだが。
「敗戦の責を取り、解任の後に蟄居していると聞いておりますが、それがなにか?」
「彼らを復帰させて、指揮をとらせるということは考えていないのか?」
その言葉に、ペツネックは虚をつかれたような表情になる。
「彼らが第二、第三王子派に走っていないのなら、登用する余地があると思うぞ?」
言われてみれば、たしかにその通りだ。
だが、問題はラスカリス候がそれを認めるかどうか・・・。
ラスカリス侯は、法であったり処罰であったり、一度決まったことを覆すことに抵抗を覚える性質なのだ。
それをリュウヤに言うと、
「ならば、誰かが代わりに泥を被る必要があるだろうな。」
あっさりと言われる。
ペツネックは考え込む。
そんなペツネックに、リュウヤはさらに言葉を続ける。
「担ぐ神輿は綺麗な方がいいが、担いでいる者が綺麗で居られるわけではないぞ。」
その言葉に意を決する。
「陛下であれば、どのようにしてその者たちを動かしますか?」
「それほど難しいものではないな。
第二、第三王子派に与していないということは、国王と国王が定めた王太子への敬意は持っているのだろう?」
ペツネックはここで気づく。
あの将軍たちには敗戦の責を許し、王太子派の正統性を訴えて帰属を促す。
より正確に言えば、挽回の機会を与えるということだ。
「武功を立てたならば、正当に評価して恩賞を与えると。」
ペツネックが、自分の意図に気づいたことに満足そうに頷く。
「ラスカリス候にそれができないなら、私がその泥を被りましょう。」
ペツネックの表情は、腹を括った者のそれに変わっている。
「ラスカリス候とジギスムント殿下に伝えてくれ。
人を出すことはできぬが、物資の援助ならできるとな。」
他国の介入があれば別だが、自力で統一しなければ後々に物議を醸すことになる。
「はい。必ずやお伝えいたします。」
物資の援助はあくまでも「貸し」である。
もちろん、ペツネックもそのことを理解している。
だが、人を出してもらうよりも周囲への軋轢は少ない。
それに、人と違って「購入したものである」と強弁することもできる。
翌日、ペツネックは帰国するが、この年の秋頃よりオスト王国の内乱は、収束に向けて大きく動き出すことになる。